竜の帰還と、戦慄
数十頭の火竜を引き連れた巨大な古代竜が魔族領へ帰還したとき、待機していたサリエラは呆れ半分、歓喜半分の顔で空を見上げていた。
ズシンッ……!!
大地を揺らして古代竜が降り立つと、その背中からエルフの第一王女シルフィアをはじめとする奴隷たちが、次々と安堵の地へと足を踏み下ろした。
ブライス(古代竜)
『サリエラさん。約束通り、お土産です』
古代竜が巨大な前足をそっと開くと、そこには恐怖で完全に気を失い、ボロ雑巾のようになった奴隷狩り組織の幹部が転がり落ちた。
サリエラ
「あらあら、ずいぶんと上等なお土産じゃない。ふふ……魔法実験の検体にしつつ、脳の奥底まで洗いざらい情報を吐かせてもらうわ」
幹部の男は気絶したまま、ビクッと身体を痙攣させた。
奴隷たちの安全と幹部の引き渡しを確認したブライスは、魔素を霧散させ、元の半魔の姿へと戻る。
その彼のもとへ、泥で汚れてもなお気品を失わないシルフィアが、静かに歩み寄った。
シルフィア
「……あなたが、あの古代竜の本当の姿。エルフ国を代表して、心からの感謝を。恩人よ、お名前を伺っても?」
ブライス
「僕はブライス。ただの半魔ですよ。皆さんが無事で本当に良かったです」
シルフィアは深く一礼し、傍らにいるリエルにも優しく微笑みかけた。この出会いが、後にブライスにとってエルフ国という「強大な後ろ盾」を得るきっかけとなるのだが、今はまだ少し先の話である。
時を同じくして。
人間国の王都、王城の奥深くにある秘密の円卓会議室。
そこには、国の裏で奴隷売買の利益を貪り、軍事資金を不正に集めていた腐敗貴族や上層部たちが集まっていた。
重苦しい扉が乱暴に開かれ、青ざめた伝令が転がり込んでくる。
「ほ、報告申し上げます!! 南の国境付近に設営していた『拠点』が……完全に消滅いたしました!!」
「なんだと!? 莫大な資金を投じた対魔物用の結界があったはずだぞ!」
「魔族の軍隊が攻め込んできたとでも言うのか!?」
「ち、違います! 現れたのは数十頭の火竜の群れ……! そして、それを束ねる一頭の『赤鱗の古代竜』だったとのことです!」
「「「古代竜だと……!?」」」
会議室が、水を打ったように静まり返った。
おとぎ話にしか存在しないはずの絶対的な厄災。それが国境に現れたという絶望的な報告。
「遠方からの目撃者の話では、山のような巨体に真っ赤な鱗……そして、金と黒が混じった『金色の縦長瞳孔』を持つ化け物だったと……!」
「そ、そんな馬鹿な……。あの拠点の奴隷売買がなくなれば、勇者軍の裏資金も我が家の財政も底を突くぞ……!」
「資金どころの騒ぎではない! もしその古代竜がこの王都に向かってきたらどうする! 国が、いや、人間が滅ぶぞ!!」
自分たちの悪行が招いた結果だとは露知らず、人間国の上層部は底知れぬ恐怖とパニックに陥っていた。
さらに遠く離れた、人間国の辺境の街。
寂れた冒険者ギルドの酒場で、本来の勇者であるレオン(偽名:エルド)は、仲間たちとテーブルを囲んでいた。
「おいエルド、聞いたか? 南の国境付近で、とんでもないバケモノが出たらしいぜ」
「……バケモノ?」
「ああ。国境の森を丸ごと焼き尽くすような、巨大な『赤鱗の古代竜』が出たって噂で持ちきりだ。しかも、そいつに睨まれた奴は、恐怖で魂を抜かれるらしい」
「恐ろしいのはその目だ。目撃者によれば……真っ黒な白目に、『金色の縦長瞳孔』が光ってたらしいぜ。この世のすべての魔を煮詰めたような目だってよ」
ガタンッ!!
レオンは無意識のうちに立ち上がり、椅子を後ろに倒していた。
周囲の冒険者たちが驚いて彼を見る。
「お、おい、エルド? どうしたんだよ急に」
レオンの耳には、仲間の声は届いていなかった。
全身から冷たい汗が噴き出し、心臓が早鐘のように鳴っている。
(金色の、縦長瞳孔……? まさか……)
脳裏にフラッシュバックする、あの夜の森の光景。
冷たくなった孤児の亡骸を抱きしめ、ボロボロと涙を流していた少年。
そして、自分たちに向けられた、あの禍々しくも美しい「金色の縦長瞳孔」。
あの少年が、何の詠唱もなく放った七色の結界。
圧倒的で、底知れない、人間が到底敵うはずのない次元の魔力。
(間違いない。あの少年が……あの少年そのものが、古代竜なんだ……!)
勇者としての力を奪われ、空っぽのまま生きているレオンの胸の奥で、カチリと運命の歯車が噛み合う音がした。
恐怖か、それとも喪失感への答えを見つけた高揚感か。
レオンの震える手は、無意識のうちに剣の柄を強く握りしめていた。




