1ー2ー25 一筋の不安
主人公の考え方については好みが分かれると思います。そこを注意して読んでもらえると嬉しいです。
少しだけ空虚な思いに捕われながら、その思いとは逆に軽く感じる足に驚きながらネムルの元へ向かうと、眉間に皺を寄せて悩む蠱毒戦に手を貸してくれた面々がいた。
「……ああ、来てくれたのか」
「ええ、シルクに急かされましたから」
「急かしてしまいました」
シルクは微笑を浮かべた。
俺が来たことで何かが変わるわけではないかもしれない。だけど今の俺でも出来ることはあるはずだ。
「それでどうして浮かない顔をしているのでしょうか?」
「それはねぇ、いつの間にか家からお目当ての人物がぁ、消えてしまったんだよねぇ。裏を返せばぁ、ボクでさえ気がつけない魔法を使ったんだろうねぇ」
なるほど、悩んでいた理由は対象の人物がいなかったからか。突撃したわけではなさそうだよな。それならこんな裏路地ら辺で構えている必要もないし。
「……ユラは?」
「ああ、ユラ君なら街の外へ出ているよ。異変があれば即伝えてくるそうだけど……どうかしたのかな?」
考えろ。この少ない情報の中で。
俺なら追い詰められて打開出来る作戦を考えるとするなら何をする。……最大戦力の蠱毒は潰れた。それなら本陣からのヘイトはかなり高いはずだ。援軍を待つはず。
それなら時間稼ぎか。
でも兵士を連れて行っていないことはシャノンのマップで分かっている。兵士を使ってもSSSランクは止められないことは理解しているはずだから……。
「……もし転移魔法を使えたなら」
「領主家にそんな魔法を使えるわけがない」
「……使用人……ネムルの目をかいくぐってどこかへ飛ぶのなら……」
「……なるほどぉ。ヨーヘイの言いたいことが分かったよぉ。フックはぁ、もう少し勉強をするべきだねぇ」
「確証はないけど間違いはないと思う。ユラ次第だけど当たりなら返事は……」
いや、今はそれどころじゃないか。
もしそうだとしても時間に余裕はあるし準備は出来る。他のことを先に終わらせていてもおかしくはないはずだ。
「俺とフックさん、ネムルは領主家に突撃をしかけ、他の面々は森に調査を向かわせるべきです」
「……それが最良なんだな。分かった、信じてみよう」
思いの外、簡単に信用されたな。
もっと疑われてごねられてユラの報告を聞いてから騒がれるかと思ったんだが。……ネムルがいることも大きいのか。
「……俺は信じていねぇからな」
「ドット君も素直じゃないですね。まぁ気を悪くしないでもらえるとありがたいです」
「星の使いと魔倒、獣の彷徨の三パーティーに森の探索を任せます。もちろん、ギルドからの追加報酬はありますよね?」
「……俺の権限では」
「フック、目先の欲に囚われていたらぁ、先には進めないよぉ。もし駄目ならぁ、ボクも手を貸してあげるさぁ」
フックの言葉を途中で切ってネムルが畳み込む。依頼は任せてもお金に関してはすぐに首を触れないよな。でも、もしが本当なら街が滅ぶぐらいで済むだろうか。
少し悩んだ素振りを見せてからフックは片手を前に突き出す。その目に迷いはなくて先を見通そうと光を宿したものだった。
「……分かった。俺の個人的権限で全員に追加依頼を頼む」
「それでいいよぉ」
「はい、もし俺が敵なら準備をされてしまえば簡単に返り討ちにされてしまうものですから」
なにせ、うちの陣営にはネムルがいる。
それにランクが離れているとは言っても星の使いや魔倒、癪だけど獣の彷徨もいるからな。そう簡単にはやられないだろう。
「ここまで引っ張るんだ。相手がどんなことを考えているのか教えてくれてもいいだろ」
「……あくまでも推測ですよ」
そう、推測だ。
だけどこれほどまでに確信じみた推測はない。
「敵はスタンピードを利用するはずです」
「そうだねぇ、シルクが敵の中に魔物使いがいるって言っていたからぁ、それが一番安心出来るやり方なんだよねぇ」
「魔物とは言っても上の存在を使役さえすれば雑魚はついていきます。オーガナイトを使役していたことを踏まえればオークキングなら楽に使役出来るでしょう」
俺ならそれが一番安牌だ。
下手をすればこのスタンピードも時期がおかしすぎる。相手に都合が良すぎることを考えれば、スタンピードすら相手側の策略に思えてきた。
もしスタンピードすら相手の策略なら俺で対処出来る相手ではない。それでも今回の攻撃はかなりの痛手になっただろうし、もし俺の推測が正しかったとしても蠱毒の増援はまだまだ後だ。良くも悪くも中心都市はここよりもかなり遠い。こっちの増援も望めないけど相手も同様だ。
「俺なら時間稼ぎのためにスタンピードを利用して蠱毒の本部と合流して潰しに行きます。ただ相手が力を貸すとは思わないので一長一短には考えられませんけど」
「なるほど……すまない、考えが至らなかった。確かにそれなら調査は必要だな」
「フックさんは部下のことばかりで時々、本当に必要なことを見失うんですよね」
「……善処する」
家というか宿屋は大丈夫なはずだ。
少し色を付けてアルフに金貨一枚を渡してミラが二人を護衛すること。そしてアルフ直属の部下にも協力を仰いでいる。その時に一悶着あったけど「直接ぶつかりあわなくていい」と言ってみると信用された。本当にこの世界の人達の信用の仕方がよく分からない。
『フックならまだしも商人として名高いアルフに認められたのです。素直に喜べばいいじゃないですか』
そんなものかな。
うん、そうだな。やったやった。
そんな馬鹿話をシャノンとしている間に三パーティーは調査に出たようだ。報酬が出ることから夜からの出勤でもいいらしい。本当に社畜の鏡だと思う。いや、休みは自由に取れるからそれは違うか。
「それじゃあ俺達も進むとしますか」
「そうだな。今なら話をつけることも容易いはずだ」
一筋の風が頬を掠める。
進めようとする足が重い。
それでも進ませなくてはいけない。
進めば俺の求めるものが得られるかもしれないから。
人生は短いなんて誰が言ったのか。
今の俺にとっては、いや、転移する前の俺でも人生は長いと思った。将来が晴れやかであるならまだしも、家庭環境に恵まれているならまだしも、俺はその二つとは相容れない家庭に生まれていた。
今となってはどうだ。
死んで復活してまた死ぬ。よくある能力で俺は何を得て何を失っている。大切な仲間や捨てきれなかった愛情、そして何にも変え難い淡い恋心。ワガママで捨てようとしたそれらをまた拾おうとしている俺はどれだけ強欲なんだろうか。
今、今、今。
俺が生きる世界に過去はない。
別に世界は美しいなんて憂うつもりもないけど、ただ本当に今は生きていたいと思っている。もう一度、朝倉さんに会いたいし誠也兄とも仲直りしたい。そして、今度こそ幸せに生き続けたい。俺の願いはただそれだけだ。一番難しくて誰もが求める、抽象的な強欲の塊が俺を突き動かすエネルギーなんだ。
俺は大きい領主家の扉を蹴り上げる。
距離を一気に詰めたので兵士が何かを言う前に行動出来た。ああ、分かっている。俺は官軍ではない。別に正義でもない。ただ幸せを奪おうとするヤツらを根絶やしにするだけ。
「何を……!」
「黙れ」
兵士の腹を殴って気絶させておく。
二次元だけの話かと思っていたけど実際出来るみたいだ。八つ当たりでしかないけど少しだけ気分と頭がスッキリした。こんな奴が幸せになっていいのか、と少し思ってしまったけど搾取される人生を回避するためには仕方がない。
少し勘違いしている人達が俺の事を馬鹿にするかもしれない。それなら人生を変わるか? 俺の代わりに何もかもを壊される人生を送るか? この先も続くかどうか分からない幸せに縋るくらいなら、いるかどうかも分からない神様に縋るくらいなら俺に出来る最低限のことはする。それだけの話だ。
「……すごいな」
「まだまだだよぉ。ヨーヘイはまだ本気じゃない」
この程度に本気を出してしまえば死んでしまうかもしれない。そこは過信とかじゃなくて事実そうだから他に言いようがない。
俺は最前線で奥から出てくる兵士達を倒しながら奥へと進んだ。もちろん、逃がす気もない。咄嗟のことで首謀者は逃げてしまったけどシルクの願いも叶うかもしれない。それならこれで良かったはずだ。だけど領主を逃がすメリットはない。だからシャノンにバッチリ追尾してもらっている。
詳しく話を聞いて罰を決めないと。
少なくとも首謀者は国家転覆罪になるだろうから生きてはいられないだろうな。領主もお家取り潰しが最低限度の罰かな。
蠱毒戦前に奴隷商に向かった理由の明記がなかったのでこの話で挟んでおきました。まだまだ続きそうなんですよね。……いや、領主の話に方がついたら2章にいけるんですけど……まだまだ道は長そうです。




