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1-2-22 蠱毒戦6

 さらに奥の扉に手をかける。


 ギギギと立て付けの悪い扉が開いていく音は恐怖を煽り、中の暗さも相まって薄気味悪さを倍増させた。実際、洋平には何の影響もないわけだが。


 入ってすぐに洋平に向かって数本の剣が飛んでくる。洋平は予想していたのか結界で攻撃から身を守り敵の血を吸わせたダーインスレイヴを構えた。


「手荒い歓迎だな」

「……まさか幹部を二人も倒すとは思わなかったぞ。ナットは非戦闘員とはいえ、あのゾンビを殺すか。まあ、いい。俺は蠱毒の」

「ああ、そういうのは要らない。グリナ、三番目の地位を誇る裏社会では知らない存在の方が少ない男、だろ?」


 それは全て鑑定眼による情報と今も脳内で話す存在から得た情報であったが、それを知らないグリナの表情は鈍る。名前こそ売れど顔は売らない。それが裏社会で生きるための鉄則のようなものだからだ。


 それをピタリと当てる洋平を見て少しだけ恐怖を覚える。いや、気持ち悪さと言った方が適しているのかもしれない。どちらにせよ、何か嫌なものを感じて武器を構える。


 二メートルはありそうな体とスキンヘッドという厳つさに合った両手斧を二つ持ち距離を詰めた。


「さて、俺はお前を倒しに来た。理由は分かるよな」

「……出る杭が打たれただけのことだ。それに俺は死ぬ気などさらさらない」


 不敵に笑う洋平に少しだけ怯えながらもグリナは言い切った。対して聞いた後の洋平の表情は至極簡単なもので、ただただ目を細めただけだ。まるで興味もないような目をしてグリナを見てから頭を搔く。


「俺がここに来た理由は簡単だよ。俺はお前らを雇った領主を潰すだけだ。意味は分かるよな? 大切なものを奪われそうになれば抵抗する。その敵が俺なだけだ。いや、俺達だったって言うだけだ」


 その目にはもはやグリナの姿は写っていない。道端に転がる石ころに目をやるかのように一瞥した後、ダーインスレイヴで一薙加える。


 一瞬、竜巻のように風が舞い上がった。

 その風はグリナの元へと向かいガードの構えを取る彼を切り刻んでいく。それでも大したダメージではないのか、舌打ちをして腰に下げた短剣を五本投げ込む。


 それは全て弾かれ地に刺さるがグリナは動揺することもなく肉薄した。スレスレ呼吸音すら聞こえる距離。洋平は少し相手が違うなと思いながら声を上げた。


「火槍」


 数にして数百。小さいながらにも集まればグリナよりも大きくなる火の槍が飛んでいく。方向はもちろんグリナの方で、グリナは考えた素振りを見せてから「ハッ!」と荒い呼吸をした。


 淡い半透明の光。


 日光のような、街灯のような明るさはなく本当にぼんやりと輝く程度の光だ。それに火槍が当たった瞬間に消えていく。例え囲まれ一気に放出されていても無意味、集まり大きくなったものでさえ無力と化す。


「チッ……」


 いや、さすがに無力化することは出来なかったようでグリナの頬を一筋の汗が流れる。軽く焼けた腕のせいや、火槍による炎の暑さからではない。もっと根本的なものからだ。


 ーー焦っているのかーー


 グリナはようやく理解した。


 ーー焦っているんじゃない、恐れているのだーー


 小さく呼吸する。

 だがそれすらもグリナにとっては煩く感じられた。大きな音、そのせいで敵に屠られる、殺られてしまう。


 そこにはもはや蠱毒の幹部としての、上位者としての尊厳などなかった。あるのは絶対的な恐怖だけ。払拭することすらままならない闇の中。


 そこでグリナは気付いた。

 終わりが迫ってきていることに。


「じゃあな」


 軽く頭を掴まれたような気がする。


 相手の強さを測れなくなった気がする。


 相手が強くなった気がする。


 怖い。


 それだけの感情に埋められながら無慈悲にも首は落とされた。洋平の目から涙がこぼれる。思えば殺人はこれが初めてだったと。


「……帰ろう」


 それだけだ。

 他に自分を救ってくれる選択肢はないような気がした。元の世界の言葉を借りるならば彷徨えるユダヤ人と言ったところであろうか。だがそこにあるのは差別でもなんでもない。ただ苦しみから救われたい子供のようにも見えた。


 命が平等、そうは思っていない。

 ただただ敵を、自分達を害するものを殺しただけだ。それのお陰で助かった人達だって、救われた人間だっている。


 普通の真っ当に生きる人からすれば蠱毒など百害あって一利なしだ。だから洋平は休まりたかった。この手に残る人殺しの感覚よりリコを撫でる方が心地が良かったから。


 後悔、そんなものは洋平にはない。

 配下だけでも十分な情報は得られるし、何より幹部の一人を捕縛している。倉庫の中には重要そうな資料が、ユラの手によって入れられている。それならば殺さなければいけなかった。誤って外に出た時に危害が加えられることは目に見えているのだから。


 そうして洋平は静かにユラに後始末を任せ部屋へと飛んだ。このまま倒れ込むわけにはいかない。体は敵の血で塗れとてもではないが綺麗とはいえない。


 洗い落とさなければいけなかった。


 面倒がりながらも汚れた布に水をかけ体を拭う。そこまでしてようやく洋平はベットに体を沈めた。


 いつか見た真っ白い空間。

 そこに洋平は漂っていた。


 方向感覚はあれどそれ以上の行動は出来ない。動かそうにも無重力にいるかのように回ってしまうだけだ。


『よくやってくれました』


 赤い炎を纏った大きな鳥が声を上げる。


 他は話さない。その代わりに首を縦に頷かせるだけ。


 洋平には意味が分からなかった。


 何をしたから感謝をされたのか。そして目の前の四体の存在も。


 だが代わりに分かることもある。


 四体には絶対に叶わない。圧倒的存在とはこのようなもののことを指すのか、と。


 例え誠也に対してでもそこまでのことは思わなかった。いや、本気を出せば、死ぬ覚悟でやるのならば可能性はあると考えていたほどだ。そんな洋平の心すら折る存在。


『その考えで間違いはありませんよ』

『……朱雀……様ですね……』


 朱雀は首を振った。


『朱雀で結構ですよ。こちらも洋平に多大な感謝をしているのですから』

『あのような世界の屑を消してくれたのだからな。最底辺の蠱毒の幹部とはいえ、死んでしまえばあいつらにも痛手だ』


 朱雀の言葉に大きな白い虎は声を上げた。


『……あいつら、とは……?』

『世界の悪の元凶だ。今はこれだけしか言えない。言おうにも情報規制を解く程の力は解放されていないからな。そのうちにもまた会えるだろう。その時にはもう少し話せるはずだ』

『ええ、時間がありませんので先にお話をさせていただきます。今回の件で白虎の加護が変異しました。つまりは強くなったということです。洋平にとっては苦であろうとも鍵となるものを破壊し続けてください。……これはお願いです。命令ではないので出来なければそれでも結構ですよ』


 その言葉に反論するものはいない。

 まるで洋平を親のように暖かい目で、それでいて優しい声と言葉で話を続けた。


『やらなくてもいいのですか……』

『確かに解放してもらえれば私達も動きやすいでしょう。ですがだからといって加護を持つ、大切な洋平を壊すつもりはありません』

『ですが……』

『先も言ったはずだ。やりたくなければやらなくてもいい、と。……すまないな、時間がないのだ。出来れば加護を持つ洋平に幸福になるように』


 白虎がそう話した瞬間に白い空間にヒビが入り始める。洋平は目を丸くしながらもその現象に見入っていた。


 大きな四体の影が眩んでいく。

 割れていく。消えていく。

 そのまま洋平は夢の中で意識を手放した。

三人称ラストです。

次回は後始末を挟んで強くなった白虎の加護の話、後は心境の変化とかですかね。


次回も2週間以内に投稿します。


ブックマークや評価よろしくお願いします。


ユダヤ人の件は消すかもしれません。

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