今泉夫婦に会う。
雄二です。
葵が名古屋に遊びに来て帰ってから数日たったある日、俺はミッションを実行する。
葵がクラス会に参加しやすくするための根回しだ。
クラス会の幹事をしている今泉夫婦の「旦那」のほうに電話をした。
今泉は元気よく電話に出る。
「おおっ、菅野か?ひさしぶりだなー。
北海道から帰ってきたのか?
ということは、
やっとクラス会に参加できそうだな。
就職してからの第一回めのクラス会は盛り上がったぞ。
クラスの3分の2は出席したよ。
まあ、今回は、当日都合の悪いやつもいるだろうし、転勤で遠くに行ってるやつもいるし、どれだけ参加できるかわからないけど、地元でよく会うやつは男女合わせて、10人以上はいるから、たぶん、クラスの半分以上は確保できる。
そういえば、島田は連絡つかないんだ。2回とも欠席で返事だった。
近況には、遠い場所にいますとだけ書いてあったけど、
菅野知ってるか?
仲良かっただろ?」
「知ってるけど、いろいろ事情があるから、今度話すよ。」
「おお、そうか。それで、今日は何の用事だ。」
「ちょっと、相談したいことがあって、今泉夫婦の力を借りたい。
奥さんにも時間を空けてほしいんだけど、いいかな?」
「俺たち夫婦でよければ力を貸すぞ。」
「じゃあ、8月の土曜日に藤沢の飲み屋に二人で来てくれないか、予約と時間は俺の方で設定する。
相談の内容は会ってから話す。
実は名前は言えないけど、俺の知り合いを連れていく。
その知り合いに関する相談なんだ。」
「うーん、よくわかんないなあ。
うちの高校のOBに関することか?
俺たち夫婦に頼むってことは。」
「まあ、そんなところだ。
頼りにしてる。よろしく。」
「わかった。
頼りにされるのは悪くない。
オッケーだ。
沙知絵にも話しておく。」
交渉は成立した。
そして、8月のある土曜日、俺は、名古屋から、帰ってきて、葵を連れ出して、
藤沢のある居酒屋の個室に向かった。
葵は
「やっぱりやだなあ。恥ずかしい。」
と渋ってたが、
何とか言い聞かせて、居酒屋まで引っ張っていった。
そして、居酒屋の個室で俺たちは今泉夫婦と対面することになるが、
ふすまで仕切られた個室にはまず俺が入る。
葵には少し待ってもらうことにした。
「おおっ、今泉、高野、久しぶり。変わってないなー。相変わらず、今泉は目力が強くて、迫力あるな。
高野はやっぱ美人だ。大人の女って感じだな。」
今泉は、サッカー部のキャプテンで、男っぽく体格のいいやつだ。男気にあふれたやつで、ちょっと見るとヤンキーっぽいが心は優しい。
高野はバレー部で、当時はショートヘアの男っぽいスポーツ女子だったけど、スタイルがよく顔立ちの良い美人であることは有名であった。今ではロングヘアで、大人の色気にあふれている。
「おお、菅野。お前も変わってないな。懐かしいなー。
一緒に体育祭でリレーをやったのを思い出すよ。
授業も一緒にさぼったなー。」
「お久しぶり、菅野君。うん、変わってない。北海道暮らし楽しかった?
やっと、みんなに会えるわね。
それで、相談って何なの?
それから、一人知り合いを連れてくるって言う話だよね?」
「うん、ちょっと待って、今連れてくるから。」
ふすまを開けて、俺は葵を個室に招き入れる。
「あ、こんにちは。今日はよろしくお願いします。」
「おおーっ、
すごい美人だなー。
彼女か?」
「ほんと、きれいな女性ね。
もしかして、婚約者とか?」
「イヤイヤ、違うんだ。
彼女の顔を見て、気づかないか?」
「えっ、わからないぞ?
俺たちのクラスにはいない感じだから、ほかのクラスの子か?
それとも一個上とか、一個下かな?」
「もしかして、高校時代と相当イメージ変わっているの?
私も男の子みたいなショートカットから、ロングに伸ばしてイメージ変えたけど、うーん、誰だろう?
クラスが違うとよく知らない子いるからなあ。
お名前教えてくれる?」
「あ、すみません。葵っていいます。
苗字とか事情は少し飲んでから話しますけど、いいですか?」
葵ががまんできないといった感じで切り出した。
まあ、素面では話せないのだろう。
「なんか、事情がありそうだな。
よし、飲もうか?」
「そうね、葵さん、アルコールが回ったら、事情を話して。
相談があるんでしょ?」
そして、俺たちは乾杯をして飲み始める。
すぐに、高校時代の話と、最近のクラスメイトの近況で盛り上がる。
そして、30分ほどがあっという間に過ぎ、ちょとだけほろ酔いになったところで、俺が本題を切り出そうとしたとき、葵が自ら、今泉夫婦に話しかけた。
「今泉君、サッチン、
私の正体を話すから驚かないでね。」
「ええっ、私のことサッチンて呼ぶと言う事は私と仲が良かったってこと?
うーん、ごめん、
誰だか思い出せない。」
俺は思い出した。
葵こと正人は女の子と仲良くて、男なのに、ほかの女子と同様に、高野の愛称サッチンを使用していた。
高野だけじゃなく、女子はみんな愛称で呼んでいたのだ。
「えーと、
私の苗字は島田です。
元の名前は正人。
高校卒業して、女性に性転換したんだ。
今では女性として働いているの。
女性になってもう8年。
昔の友達にはなかなか言えなくて、
雄二にはこの春にカミングアウトしたばかり。」
「………」
今泉夫婦は絶句していた。
驚きで、言葉を失った。
10秒くらい固まったあと、高野沙知絵が口を開く。
「ええっ、ほんとに島田君なの?
すごい!
ふつうの女性にしか見えない。
完全に手術したの?
すっごくきれいだし。」
今泉が続く。
「おお、驚いた。男性の痕跡なんて、ないじゃないか?
どこからどうみても、女だ。
島田と言われれば、確かに似ているかもしれないけど、もう高校卒業してから、8年だ。
全然別人だよ。」
俺が追加説明した
「島田・・・葵は、手術で完全に女になっている。
家庭裁判所に申請して、戸籍も女性だ。名前も正式に正人から葵に変更している。
とりあえず、島田って呼ぶか、俺みたいに葵って呼んでくれ。」
高野が反応した。
「うん、サッチンって呼んでくれたから、あっちゃんって言うね。よろしくね。」
今泉は、
「俺は島田って呼ぶよ。よろしく。」
と続けた。
そこからは、話がヒートアップした。
夫婦からの質問が矢のように飛んできたが、葵は次から次へと返してく。
もともとは友達だったんだから、失礼な質問も平気で答えていた。
緊張していた葵も、だんだん心を開くようになり、女子生活についてバンバンと説明した。
今泉が俺たちの希望をまとめた。
「要は、島田が参加しやすいように根回ししてほしいということか?」
「そうね、なるほど、当日いきなり全員にカミングアウトはハードル高いものねー。」
しばらく考えていた今泉夫婦だったが、奥さんの沙知絵から、提案があった。
「あのさ、クラス会の前に、もう一度、あっちゃんと菅野君と会う機会を設けたいと思うの。
私、クラス会に出る女子のうち、3人ほどはしょっちゅう会っているんだ。その3人を集める。
そして、先生も呼び出す。
そこにあっちゃんと菅野君も来てくれる?もちろん、うちの旦那にも来てもらうから。
クラスのうちの7人が集まって、先生もいればちょっとしたミニクラス会でしょ?
そこでのカミングアウトで、みんなに今のあっちゃんの姿を見せて、そのあと、参加してくれる人には手分けして電話連絡して説明するの。すると当日のハードルはすごく下がるよ。どう?」
俺が、礼を言う前に、葵が返事をした。
「ありがとう。それでお願いします。私もみんなに会いたくなっちゃった。ううっ。」
葵は急に泣き出した。
「おい、大丈夫か?」
俺は、自然な感じで、葵の肩に手を回した。
すると、葵は俺の胸に顔をうずめた。
今泉夫婦がちょっと驚いたような顔になり、そのうち、ニヤニヤし始めたのには参った。
5分ほどたち、葵の元気は回復。
その後は、また元気よく飲み始め。いっぱい学生時代の思い出に浸るのだった。