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「俺だけが全部覚えている~三年分の搾取を、事実だけで清算する~」  作者: ジキルぅ
第一章「搾取の記録」

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第1話「別れの夜、繋がる嘘」

俺の人生は、どこで間違えたのだろう。

篠原蓮は駅前のファミレスの窓際の席で、向かいに座る水沢麻衣の顔を見つめていた。付き合って二年。二十六歳の彼女は今夜も綺麗で、それがなぜかひどく胸に刺さった。

「ごめんね、蓮くん。もう限界なの」

「限界? 何が?」

「なんか……一緒にいても、ときめかなくなっちゃって」

ときめき。その言葉が宙に浮いたまま、蓮はコーヒーカップを持つ手を止めた。

付き合い始めた頃、麻衣はよく蓮の仕事の話を聞きたがった。新規開拓のアイデア、取引先の攻略法、数字の作り方。「蓮くんって頭いいよね」と言いながら、熱心にメモまで取っていた。

今思えば、あれは何だったのか。

「わかった」

蓮は短く答えた。引き止めなかった。泣きもしなかった。

麻衣は少し拍子抜けしたような顔をして、それでも「ありがとう、大人で助かる」と言い残してファミレスを出て行った。残されたコーヒーは、すっかり冷めていた。

蓮はしばらくそのまま座っていた。怒りを待った。悲しみを待った。でも来たのは、静かな既視感だった。

(どこかで、わかっていた気がする)

翌朝。

営業部のオフィスに入った瞬間、蓮の目に飛び込んできたのは給湯室の前で話す麻衣と黒川部長の姿だった。

部長が何か耳打ちすると、麻衣がくすっと笑う。その距離が、やけに近い。

(ああ)

蓮は何も言わず、自分のデスクに向かった。ログインパスワードを打ち込みながら、静かに思考が整理されていく。

三ヶ月前の火曜日、午後二時十五分。第三会議室。蓮が新規開拓の企画案を雑談がてら麻衣に話した。「面白いね、それ」と麻衣は言った。

その翌週の月曜日、午前十時の営業会議。黒川部長が同じ企画を「私のアイデア」として発表した。

一言一句、同じだった。

蓮が「それ、私が――」と言いかけた時、隣に座っていた麻衣が「蓮くんったら、部長のアイデアにインスパイアされたんだよね?」と笑ってうやむやにした。

全部、頭の中に入っている。日付も、時刻も、言葉も。

「篠原、昨日の報告書まだか」

黒川が後ろから声をかけてくる。

「今日の十時までに出します」

「十時? 九時にしろ九時に。俺が先方に持っていく前に確認が必要なんだよ」

「承知しました」

蓮は答えた。それだけだった。

その夜、スマホが鳴った。

母からだった。

『麻衣ちゃんから聞いたけど、別れたって本当? あんないい子、もったいないじゃない』

蓮は画面を見つめたまま、三秒ほど固まった。

麻衣が、母に連絡した。別れた当日に。

「……いつから連絡取ってたの」

『え? もう一年くらいかしら。あの子、お母さんのことすごく心配してくれてたのよ。蓮が仕送り減らそうとしてた時も、ちゃんと話してくれて』

仕送りを減らそうとしたのは、八ヶ月前のことだ。手取りの二割を毎月吸われている現状を見直したかった。その話を麻衣に相談した翌月、母から泣き電話がかかってきて、結局うやむやになった。

あれも、そういうことだったのか。

「そう。わかった」

『蓮、ちゃんと謝りなさいよ。麻衣ちゃんに』

「うん」

電話を切って、蓮はベッドに仰向けになった。天井を見上げながら、頭の中で記憶が自動的に整理されていく。

麻衣と付き合った二年間。話した全ての会話。母との三年分の通話記録。黒川に横取りされた企画の数と日付。

全部、ある。

一言一句、全部、頭の中にある。

蓮はそれを「普通」だと思っていた。誰でもこれくらいは覚えているものだと思っていた。

でも今夜初めて気づいた。

これは、普通じゃないかもしれない。

そして――これは、使えるかもしれない。

蓮は目を閉じた。怒りはまだ来なかった。代わりに、静かな何かが胸の奥で動き始めた。

翌朝、蓮はいつもより一時間早く起きた。転職サイトに登録した。副業の情報を調べた。投資の本を三冊、電子書籍で買った。

誰にも言わなかった。

ただ、静かに始めた。


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