最終話 魔王は既に死んでいる
「――頭が高いな。誰の御前と心得る?」
アルナは頭上の不敬者を指差し、不敵に笑った。
『その顔、貴様はまさか……!』
突如、魔王の身体が見えない力で地面へと引き摺り堕とされる。
『な、なんだ?!』
「知っておるか? 万物には存在するだけで他の物を引き寄せる力がある。それはこの『大地』も例外ではない」
『このっ……かくなる上はこのまま魔王を討ち取ってくれる!!』
魔王は、堕ちる最中にアルナへ黒い稲妻を放った。
だがアルナは稲妻を片手で掴んで止めると、それを投げ返した。
「フィリアを守らねばならぬ故、貴様は片手で相手してやろう」
『な、嘗めるなっ!!』
アルナに瓜二つの魔王は、怒り猛った。
竜巻のごとき蹴り、山をも砕く拳、洪水のような魔法。
フィリアを小脇に抱えたまま、アルナはあらゆる攻撃をいなし防ぎきって見せた。
「この程度か? ならば見せてやろう、本物の魔王の力を」
そして――アルナはフィリアを抱えたまま、魔王を圧倒した。
ただの拳で国をも吹き飛ばせ、蹴りは天を割る。魔法は世界の法則そのものを書き換える。
殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る、蹴る、叩き割る。されど偽者が死なないように加減し、魔法で治癒する。
「この不敬者め。我の姿でなんだその体たらくは? ――〝解呪〟」
アルナがそう呟いた途端、アルナと瓜二つの偽者の姿にノイズが走り――そして、細身の男の姿が現れた。
「それが真の姿か。魔族ではないな?」
「お、オーニング伯爵?!」
フィリアが叫んだ。
偽魔王の正体は、エンディス領に隣接するオーニング領の主――オーニング伯爵だったのである。
「どうやってそれほどの力を得たかは知らぬ。だが、さしずめ魔王を演じることで予言を成就させ、混乱に乗じて国を乗っ取りでもしようとしたか。実に下らぬな」
「クソっ……なぜ勇者の血族が本物の魔王と……」
「ただの偶然じゃ。正体も今まで隠しておったしな。おっと、逃げようとしても無駄じゃよ」
オーニングの身体を黒い鎖が縛り上げる。
「殺すのは簡単じゃが、こういうのは人間の手で裁くべきじゃろう?」
「そうだね、そうしてくれると助かるかな」
それから2人は地上へ降り立つと、待機していたギュピター将軍に事情を話しオーニング伯爵を引き渡した。
「あ、我が予言通り復活した魔王アルナじゃ。よろしく頼む」
「は……?????」
……マジもん魔王アルナについては、一旦国王に報告し判断を仰ぐとのこと。ギュピター将軍は今後、慢性的な胃痛に悩まされることだろう。
そうして――オーニング伯爵は拷問にかけられた後に〝不幸な事故〟で亡くなった。
オーニング伯爵家は裏で人間に上位魔族の力を埋め込む等の禁術の類を研究しており、非人道的な実験も数多く行っていた事が明らかになった。
だがその事が世間に知られる事はない。
今回の事件は全て『魔王』が引き起こしたものとして知らされたのである。
そして――その〝魔王は勇者フィリアの手で倒された〟と。
フィリアはほどなく勇者として貴族に担ぎ上げられようとしていたが、国王の一存でそれは取り消しとなった。
その理由を知る者は多くはない。
そうしてフィリアは、今まで通りの日常へと帰っていった。
一方のアルナは――
――フィリアの自宅の玄関前で土下座を決め込んでいた。
「今まで騙していてすまなかった……」
「ううん、それはいいよ。ところでさ、なんで最初から助けてくれなかったのかな?」
「うぐっ……それはじゃな……」
フィリアに笑顔で詰められ、アルナは言葉に困る。
最初からアルナが出て偽魔王を倒せばフィリアが傷を負うこともなかっただろう。
しかし、だ。アルナにも考えがあったのだ。
「お主の覚悟に、水を刺したくなかったのじゃ」
偽魔王をフィリアがそのまま倒せれば、それでよし。フィリアは自信を持てて、更にアルナは魔王という立場を脱ぎ捨てることができる。
「だったらさ、影からこっそり援護するなりあったでしょ?」
「け、結界で街を守ったぞ!」
「それは助かったけど……」
と、言いかけたところで、玄関先の『聖剣』を飾るスタンドからひらりと古びた紙が落ちた。
「何これ?」
「壁との間に挟まっていたようじゃな。きっとルミレスのものじゃ! そうに違いない!!」
しめた! とアルナは追究を逃れられる事を期待し、フィリアにジト目で睨まれる。
「なになに……〝予言には続きがある〟――」
――魔王討伐から100年後、魔王を名乗る者が再び現れこの地に災厄を齎される。しかし、同時に蘇りし魔王アルナがこの地を守るだろう。
「なん、じゃと……?」
――そしてこの予言を、アルナ自身が見ている事だろう。驚いたかい、アルナ?
フィリアとアルナはぱちくりと瞬きをして、目を合わせた。
全て、全て、ルミレスの予言通り――
「くくっ……ぶははははっ!!!」
アルナは大きく笑った。それはそれは、腹の底から、胃袋を吐き出してしまうんじゃないかという勢いで大笑いした。
「アルナちゃん……?」
「ひー、こんなに笑ったのは初めてじゃ。まさか何もかもルミレスの掌の上じゃったとはな」
「お、怒ってる……?」
「いいや、吹っ切れたわ。我はまたしてもルミレスに負けたようじゃな。勝てぬわあやつには」
にんまりと楽しそうに、アルナは涙を拭う。
「またひいおじいちゃんか……」
「何じゃ、またルミレスと自分を比べておるのか?」
アルナはフィリアの眉間を人差し指で軽く弾いた。
「この魔王の心を融かし、絆した。これはルミレスでさえできなかった偉業じゃぞ?」
「そうかな……そうかも?」
「今ここにいる我は、ただのアルナじゃ。
魔王は既に死んでいる」
アルナは腕を組み、なぜだか誇らしげだ。
「お主こそが、魔王を打ち倒した真の勇者なのじゃ。お主も誇るがいい」
フィリアは凡人である。特別な才もなければ、神に愛された訳でもない。
されど、魔王を倒した正真正銘の勇者なのである。
「――ねえアルナちゃん。君さえ良ければ、ここで一緒に暮らさない?」
フィリアはアルナへ手を差し伸べる。
嘗て――アルナは、ルミレスに差し伸べられた手を振り払った。
もしもあの時その手を取っていたならば――
「……そうじゃな。人の一生ぶんくらい、囚われてみるのも良いかもしれぬな」
嘗て魔王と呼ばれた少女は、ただの『アルナ』としてこの地に根を下ろす。
それはフィリアの一生を見届けた後も続くのだろう。
ルミレスにはきっと、その事すらもお見通しだったに違いない。
――種が芽吹き、葉を繁らせ、花を咲かせる。そして枯れ果て、種をつける。
その種がまた芽吹き……花を咲かせ、その繰り返し。
アルナは、心に誓った。
――これからは儚く尊き花々の営みを見守り続けようと。
永劫のこの命が尽きる、その日まで。
渇きはもう、感じない。
お読みいただきありがとうございました!
フィリアくんちゃんの性別は読者の想像におまかせします。作者も決めてません。(百合好きの作者は女の子派)




