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夫婦の神生活  作者: 皐月猫
学習と経験
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供え物の準備

どこからか取り出した片手ほどの長さの刃がついた物。

手の中で何回転か回した後、熊に近づき先端を当てる。

腹を裂くと血が流れだし、何種類かの内臓があふれ出す。

僕の足先まで広まってきた血は時を遡るようにおもだるに近づいて、刃に浸み込んでいく。

色は赤に染まり、刀身も少しずつ伸びていく。

切れ味は変わっていないのか、長い刃で手足を切り落とす。

その度に流れた血が刀身の材料になっていく。

僕はおもだるの神器に目を見開いていたが、イザナミは普段と変わらぬ様子だ。

天之常立に用意した捧げ物には肉もあった。その時にこのやり方を見たのか。

段々と熊は萎んでいく。小屋から持ってきた大きな桶に肉が積まれていく。


「あの刃物はおもだるの武器ですか。動物を捌いている様子は初めて見ました。」

「あれはおもだるが手ずから打ったものだ。他の物と比べると切れ味はもちろん良く、性質も面白いものになっている。」

「性質ですか。血肉を欲するとかではないのですか。」

「意外と攻撃的な考え方をするんだな。俺が知らないだけで有るのかも知れないが、違うな。あれは使い手が切ろうと考えたものだけを切ることができるんだ。」

「切ろうと考えたものだけ、それは他の武器でも同じだと思いますが、違いがあるのですか。」

「いざなぎはあの矛以外に武器を使ったことはあるか?」

天沼矛(あめのぬぼこ)だけですね。それも地球を創った時のみで、何かを刺したり切り裂いたりはないです。」

「じゃあ分かりづらいかもしれないが、刃物は切れ味や大きさによって想像以上に深く広く切ってしまうことがある。そういった間違いを中身さえ知っていれば防げるんだから便利な道具さ。俺は嫌いだが。」

「おい、最後の一言は余計じゃないか?ほら切り分けたぞ。こっちの肉を使え。他の部位に比べ栄養が多く質も悪くないはずだ。」


毛皮のみになった熊の傍には肉の積まれた桶が2つ。

おもだるの示す良い肉は両手で抱えるほどの大きさで、布でくるまれている。

イザナミは布を一瞥した後、おもだるから渡された桶の片方を家の中へと運んで行った。


「おや、いいのか?こんなに良い部位を俺に捧げて。」

「いざなみが狩ってきたんだ、俺が決めていい事じゃないだろう。それに他で納得するのかよ。」

「そう言われると否定できないな。量が多いのも惹かれるが、結局は質だよな。せっかくだ、今晩は残りの部分を焼いてやれよ。」

「……用意しろって言ってるのか?」

「いざなぎといざなみは食べたいだろうよ。まさか果実だけで修業を終えるつもりか?」


最後まで聞かずにおもだるは家の裏へ去っていった。

オオトノ男神の抑えるような笑い声を背後に、イザナミの手伝いのため家の中に入った。


「置き場に困っているのか。」

「置き場と言うより、保存方法が分からなくて。……そういえば外で何があったんですか?ため息とか笑い声とかが聞こえましたけど。」

「肉の質や量の話をしていた。今はおもだるが焼く準備をしているんだろう。」

「焼く?もしかして桶いっぱいの肉を食べるんですか?」

「……おそらく。オオトノ男神が他の部分は今晩の食事にしようと言っていたから、決定事項とも言える。」

「あの男神が。それなら行いそうですね。」

「なんだ、俺の話か?」

「……オオトノ男神」


振り替えるとオオトノ男神が扉に寄りかかっていた。

僕は閉めていたはず。つまり開けてから、その場に立っていたんだろう。

……一切の音がしていなかったが。


「悪いな、勝手に開けちゃって。あいつの方に行っても、追い返されるからな。」

「そこまでは、されないのでは。」

「まあな。けど、近い事はされる。こっちの方が分かりやすい。」


イザナミが大きい方の桶を持って立ち上がり、僕の横に立つ。

その中は切り落としたときよりも減っているため、食事用の分だろう。

オオトノ男神は一度それに視線を落としてから、イザナミへ向き合う。


「しかし、こちらは手伝ってもらう事がありませんよ?」

「……みたいだな。」

「材料はありますし、作業の準備へ向かうべきなのでは?」

「ふむ。確かにな。」


しかし、オオトノ男神は動かない。

腕を組んだまま、僕たちを見ている。

暫くの間、外の音のみが家の中に響いていた。


「修行、どうだった?」


オオトノ男神から話を始める。

イザナミが僕の方を向く。

……今、聞くべきなのだろうか。

しかし神棚は完成はしていない。捧げものはあるが、整えてもいない。


またも静かな時間が訪れる。

二柱は僕の方を向いているが、何も言わない。見ているのみ、声をかける様子もない。


「……始めた時と比べると、慣れてきました。」

「そうか、それは良かった。」

「ですが、やはり……」

「ああ、やはり?」

「避けたり、捕まえたりは……できます。むしろ得意な方です。」

「だろうな。誘いの神、それは縁に関する神。俺にも知らされてる。」

「そう、でしたか。僕たちが苦労しているのはもう片方、雪の中での修業なんです。」

「具体的には?」

「鳥居をくぐり、一面が雪に覆われた場所で過ごす。そういう内容ですが……」

「イザナギと私では、あの男神よりも長く居る事が出来ない。そうでしょう?」

「ああ」

「なるほどな。つまり長く耐える方法を知りたい、と。」

「そうなります、かね。」

「安心しろ、悪い事じゃない。むしろ出来ないことを聞くのは当たり前だ。特に神々にとってはな。」


その時、家の外から僕たちを呼ぶ声がした。

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