第55話 ルドルフの友達
目を覚ますと私はベッドに一人だった。不安を覚えて体を起こすとガウンを着たステファンが窓の外を眺めている。
「どうかした?」
「あ、おはよう」
「おはよう。どうしたの? 窓の外になんかある?」
「いや、夏だなって思ってね」
「なにそれ、新婚ボケ? 今日から離宮だよ」
「そうだね、あっちのほうがもっと涼しいかな」
私とステファン第二王子は仲間たちと一緒に昨日結婚式を挙げ、これから新婚旅行と避暑を兼ねてヴァイスヴァルトの離宮へ向かうのである。北国のノルトラントでも夏はそれなりに暑い。内陸部の低地になるととんでもなく暑い。難しく言うと気温の年較差が大きい。早朝こそ涼しいが昼は結構きびしい。離宮のあるヴァイスヴァルトは標高も高く、真っ昼間でも日陰に入れば過ごしやすいのだ。
「お目覚めでしょうか」
気がついたら部屋の隅にネリーが立っていた。王子と聖女の新婚カップルに、厳密な意味でのプライバシーなど無い。これについてはもう最初っから諦めている。実のところネリーには寝室でのできごとより恥ずかしいことを知られていると思う。ネリーはもともと離宮の女官であったが、私の身の回りの世話に専念するため辞職しようとした人である。現在私の身の回りのことをすべてお願いしている。ただ彼女のキャリアと宮廷の女官たちの恨みを買わないため、聖女庁に出向という形をとっている。
ネリーは2人分のお茶を窓際のテーブルに並べながら、
「まだ時間がありますが、朝食はこちらでおとりになりますか」
と静かに聞いた。
私は少し考えて、ステファンに聞いた。
「どうしよ」
「たまには、いいんじゃない」
「そうしよっか」
ネリーは静かにお辞儀して下がっていった。
時間になり窓際のテーブルに朝食が並べられた。パン、卵、ベーコン、サラダなど、この国の朝食は充実している。
「みんなはどうしてるかな?」
と言ってみたらネリーが、
「みなさん寝室でおすごしです」
と答えた。ステファンは笑って、
「あの勤勉な聖女様がベッドルームで朝食だろ、みんな真似するさ」
などと言っている。二人で摂る朝食は幸せだが、ステファンには悪いけど、何かが足りない気がした。もうひとり大事な人がこの場にいるべきだと思うのだが、それがだれだか私にはわからない。
普通の新婚カップルであればこのままベッドルームで昨夜のつづきという手もあるのだろうし、私もそうしたいが今日は離宮に移動しなければならない。パレードというわけではないけれど、どうせ路々には国民が待っている。せっかく待ってくれているのに私とステファンが幸せな顔を見せないわけには行かない。
着替えようと用意された衣服を見ると、水色のワンピースであった。
「あれ、略装じゃないの?」
と口にしたらネリーが、
「駄目です。聖女様の新婚旅行は公務ですが、国民には私的な幸せなご旅行と思ってもらわないといけません」
ネリーが「聖女様」と私を呼ぶのだから私はまちがっていて、ネリーの言う通りにするのがよいのだろう。
着替えて馬車が待つ階下へ降りると、フローラ、ケネス、ヘレン、フィリップ、ネリス、マルスが待っていた。気がつけば女子はみな私と同じデザインのドレスで、フローラがピンク、ヘレンは緑、ネリスは黄色でよく似合っている。みんないつも制服とかだったからなんか新鮮だ。それは男子どもも同じようで、ステファン以外みなデレデレしている。
みんなと普通に朝の挨拶をしたが、ネリスだけ、
「女子大、ありがとう」
と意味不明なことを言った。
そのうち国王ご夫妻やヴェローニカ様、ジャンヌ様などが見送りのため出てきてくれた。私は内心
「警備がめんどうなことになるから、見送りなんかいいのに」
などと不埒なことを考えてしまった。
いよいよ馬車4台連ねて出発だ。王宮から出れば、予想通り道には人々が溢れている。私達の名を呼ぶ声が聞こえる。私もステファンも笑顔で手を振る。ちょっと走ったところで、ステファンが私の肩を抱き寄せた。
私は本心から笑顔を浮かべていた。
陽光が陰った。人々が上を見上げている。
「ルドルフだね」
ステファンが教えてくれた。
「離宮まで護衛する気だろうね」
私もそう思う。私はもっと幸せになった。
王都を出て少し進んだとき、車列が急に止められた。
「どうしたんだろ? 予定にないよね」
私はそう言って、窓の外を見た。するとそこには離宮にいるはずのエリザベートが居た。
「聖女様、王都にお戻りいただけないでしょうか」
エリザベートは猛烈に急いで馬を走らせてきたのだろう、美しい彼女は髪も乱れ顔には土埃がついている。
「どうしましたか」
「はい、離宮の中庭、天文台付近に今朝、侵入者がありました」
たしかにそれは大事である。離宮の中庭は周りをすべて建物に囲まれているので、内部に侵入するには離宮の建物を通らないとできない。そもそも離宮は滞在者がいようといまいと常時厳重に警備されているから建物どころか敷地に入ることすら難しい。
「侵入者の情報を教えて下さい」
「はい、4人すべて女性、うち3人は子どもです」
「残りの一人は?」
「若い女性です」
「名前はわかる?」
「はい、尋問したところ、若い女性がレイコ、子どもがマホ、ミホ、アカネと言っております。聖女様とお話がしたいと言っておりますが、素性が明らかになるまでお会いしないほうがいいでしょう」
なんかひっかかる名前である。
ちょっとしてステファンが笑い出した。緊急事態に不謹慎である。
「ごめんごめん、アン、ルドルフだよ」
「ルドルフ?」
「うん、ルドルフが連れてきたんだよ、あっちから」
私は徐々にわかってきた。サーキットのキャンプ場で星を見て、私はこっちの世界を思い出した。その私の思考がルドルフに伝わり、またまたこっちの世界に来てしまったのだろう。なんとなく今朝夢でブラックホールに飛び込んだような気がしないでもない。ステファンが説明してくれる。
「ルドルフはあっちで友達を知ったんだよ。だから一人でこっちに来る気にどうしてもならなかったんじゃないかな」
「エリザベート、その子達はおそらく問題ありません。離宮につき次第会いますから、離宮にそのように伝えてください」
「わかりました」
気の毒だがエリザベートにはもうひと頑張りしてもらおう。
私は馬車を降りて、空に呼びかけた。
「ルドルフー!」
我が子はすぐにやってきた。
「あんた、責任とんなよね!」
「ウォウォウォーン!」
ルドルフは離宮の方向に飛び去った。
聖女様の物理学第4部 完
ここまでお読みいただきありがとうございました。杏たちはノルトラントに戻りました。
それで続きなのですが、もちろん準備はしております。ただ、個人的な事情で、しばらくしてから連載を開始しようと思っています。
というのは、実はこの1年間失業状態にありまして、雇用保険とアルバイトでなんとか食いつないできました。このたびご縁がありましてある企業に就職がきまり、当分仕事にエネルギーを集中しようと思っています。第5部はまだ数話しか書けておりません。仕事に疲れたとき気分転換に少しずつ書き溜め、きちんと目処がたった時点で掲載をさせていただきたいと考えています。
拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。やはり書いていて、読者様がいてくださるというのは猛烈に力になりました。好き勝手な内容を書いている私でも、本当にそう思いました。
できれば近いうちに、杏や修二とともにみなさんにお会いしたいと思っています。
それまで皆様、お元気で。




