第47話 放射光利用施設内
現在日本最大の放射光利用施設は兵庫県播磨市にあるが、その基礎技術はここつくばでも作られた。いまでもつくばの放射光利用施設は現役で、どんどん実験が行われている。放射光用シンクロトロンは地上に建設され、直径100メートルくらいの楕円形の建物になっている。その入口で放射光利用施設のトップ佐々木恒男先生が笑顔で待っていた。佐々木先生に連れられて、放射光利用施設の会議室に入る。
一同着席したところで、佐々木先生自らレクチャーしてくれる。
「ここの施設ではとにかく強力なX線が利用できます。大学レベルのX線源でも時間をかければいろいろな解析ができるという意見もありますが、X線が強力であれば測定にかかる時間が短く、サンプルによっては分子の動きを追いかけることも可能なのです」
私は衝撃を受けた。いつも超伝導体とか反強磁性体とかを扱っているが、それは状態変化したあとの静的な性質を研究している。しかし生体中のたんばく質は動いているわけで、その構造を調べるには短時間で測定する必要がある。これは面白い。私は自分が扱っている2次元性反強磁性体の振る舞いの研究に、ここの施設が使えないか真剣に考え始めていた。
「唐沢さん、行きますよ」
私は佐々木先生に声をかけられた。
「はい?」
「あなたも中、見学するでしょう?」
「はあ、したいですが、今、ビーム出てますよね」
「もちろん。測定作業も見れますよ」
「あの、私のうわさ、ご存知かと思いますが」
「ああ、あの効果ね。パウリじゃあるまいし、そんなの気にすること無いですよ」
「いえ、実際東海村でも実験失敗しそうになってますし」
「結局大丈夫だったんでしょう、気のせい気のせい」
私は助けを求めて、修二くんや新発田先生のほうをみたが、なんかあきらめたような表情である。それを見て東海村勢が佐々木先生に説明したものの、まったく信じてもらえなかったという水面下の動きが理解できた。
「じゃあ行きますけど、どうなっても知りませんからね」
「はいはい、行きましょう行きましょう」
IDカードを機械に通して実験室内に入る。東海村で何回か中性子実験施設に入ったことはあるが、いずれもビームが止まっているときであり、実験中に入ることは初めてでちょっと緊張する。
実験室内は天井が高く、また屋外から採光もしっかりされ明るい。たくさんの機材が置かれているが中性子と比べてスペースの余裕がかなりある。これは放射線から実験者を守る遮蔽体のちがいだと思いつく。中性子線を遮蔽するにはホウ素をふくむ巨大な遮蔽体が必要だがX線はそれほど必要ではないのだろう。狭苦しく遮蔽体がつまった東海村の中性子施設はなんかほこりっぽいが、広々としたここは掃除しやすいのかなんかきれいである。真空ポンプや冷却ファンの音がたくさん重なってなかなかにうるさい中、カンカンと響く音は冷凍機の音だとわかる。冷凍機と言ってもこういうところで使われるものはマイナス260度くらいまで冷やすのだ。
ところどころに研究者が居て、なにやら作業している。忙しそうにやっている人がほとんどだが、佐々木先生が連れて行ってくれたところでは、作業服を着た30才くらいの女性研究者がセミナー参加者の質問に答えていた。いっしょにいるもう少し若い女性研究者は機械にかかりっきりになっていて、サンプルをセットして測定、すぐさまサンプルを交換と休む間もなくやっている。これはX線が超強力なためなのだとわかる。
何の測定をしているのかなと考えていたら、その研究者さんが急にバタバタし始めた。
「あの、ちょっと」
と、セミナー参加者に説明していた人に声をかけ、何やら深刻な顔で話し合っている。
「すみません、ちょっと実験にトラブルが起きてしまいました」
その人はそう言って説明を打ち切り、二人がかりで実験機材をバラし始めた。
私は修二くんと新発田先生の視線を感じた。ふたりともなんとも言えない表情をしている。私は佐々木先生に断って、実験室の外に出た。
放射線管理区域の外に出ると休憩スペースになっており、自販機があった。運良くバナナオーレがあるので購入し、ベンチに座ってゆっくりと飲む。
やっちまったなあとも思うが、私は悪くないとも思う。新発田先生や修二くんの話を聞かなかった佐々木先生がいけないのである。まあこんなこともあろうかと論文を持ち込んでいたので、私はそれを読みながら一行を待った。
しばらくしたらドヤドヤと一行が実験室からでてきた。一応作り笑顔で迎える。学生たちは満足そうな顔であるが、佐々木先生は渋い顔でそのコントラストに思わず笑いそうになった。事情を知る吉岡先生、新発田先生、修二くんは微妙な表情である。伊達先生は私のところにやってきて、
「木下くんから聞いてたけど、目の前で見るとなるほどと思うね」
とちょっと楽しそうにおっしゃった。優花とかのぞみとか、この話題になると面白おかしくこと細かに話すクセがある。念の為に釘を差しておく。
「優花に言わないでくださいよ」
「わかったわかった」




