第27話 理学部見学
玲子ちゃん、のぞみと3人でぷらぷらと歩き、カフェには約束の10時よりちょっと前につけた。最近の外出はルドルフをいつも連れていたからなんか新鮮だった。ちょっと若返った気がする。それを口にしたら、
「私達まだ25だよ。ほんとに若いんだけど」
とのぞみが言った。
カフェの大きなガラス窓越しに、ルドルフ、修二くん、明くんの3人がいるのが見えた。向こうから気づいて大きく手を振ってくれた。
店内に入り、私達3人はみなコーヒーを頼んだ。修二くんと明くんはコーヒーをほとんど飲み終わっていたが、ルドルフだけはなにか食べていたらしい。
「なに食べたの?」
「エッグベネディクト!」
「おしゃれなもの食べてるねぇ」
「うん、おいしかった!」
一応修二くんに聞いておく。
「朝食ちゃんと食べさせたの?」
「うん、トースト食べたんだけど、メニュー見たら食べたいって」
「ふ~ん」
「ママ!」
「なに?」
「また数学教えてね!」
「う、うん、もちろんよ」
みんなが雑談する中、私はちょっと考えてしまった。ルドルフは私に数学を教えてほしいという。日頃新発田先生に教わっているが、もっと勉強したいということなのか。それともやはり親である私に教わりたいということか。もしそうだとしたら、私は家にいる時間を増やしてルドルフと勉強したほうがいいのだろうか。
『ママ、両方だよ。もっと勉強したいしママにも教わりたい。だけどママが研究できないのはヤだよ』
『今のままでいいってこと?』
『うん』
つい涙がでてしまい、玲子ちゃんに心配されてしまった。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。飲みすぎただけみたい」
修二くん、のぞみ、明くんは多分私とルドルフの心の会話の内容がわかっているだろう。やさしく私を見ていた。
私はこのカフェでどうしてもやりたいことがあった。
「みんなちょっと待っててもらっていい? ルドルフ、ちょっと来て」
私はルドルフを売店へ連れて行った。
「ぬいぐるみ、あかねちゃんにあげちゃったでしょ。もう1個買いなよ」
「え、あれは僕が勝手にあげちゃったから」
「ルドルフ、4人お揃いで持ってたほうが、みんな嬉しいんじゃないかな」
「そっか!」
ルドルフはさらに、まほみほ姉妹にあげたのと同じマスキングテープをあかねちゃん用に買い込んだ。さらにシマエナガ柄のタオルハンカチを4枚所望した。
カフェの席にもどるとルドルフは買い込んだものを並べ、これはあかねちゃんに、この色はみほちゃんにとか解説しはじめた。それを聞いていた明くんは修二くんに聞いた。
「おい、お前英才教育してるんじゃないだろうな」
「英才教育って、なんの?」
「いや、これ、ルドルフ、超モテモテだろう。このバランス感覚、少なくとも俺にはないぞ」
「俺もあるわけないだろう」
するとのぞみが、
「二人共、ルドルフに教わってれば、あんなに時間かかんなかったろうね」
と決めつけた。玲子ちゃんが、
「どういうことですか」
聞くので、のぞみは明くんがなかなか好きと言ってくれなかったとか、私が修二くんに扶桑女子大みやげのぬいぐるみをあげたとか話した。
「のぞみ、ちょっと待て」
私は口を挟んだ。
「扶桑のくまのぬいぐるみ、あんたも明くんにあげたでしょ。自分のことだけ言わないのずるい!」
すっかりカフェに長居してしまい、理学部棟にたどりついたのはお昼近かった。
はじめに3階にあがり池田研に行ってみる。池田研は無人だったが、あらかじめのぞみが鍵を借りておいてくれたおかげで中に入れた。
かつて私が使っていた机はカサドンが使っており、写真立てには真美ちゃんとの2ショットが飾ってある。それも二人が付き合う前、二人で夢の国に行ったときのものである。あの頃カサドンは恋に悩んでいたし今は遠距離恋愛だけれど、とりあえず幸せになって良かったと思う。
ルドルフは鋭い目で方方に置かれた教科書や論文を見ている。まだ自力で読めずくやしいらしい。
続いて2階へ降り、網浜研に行った。
「のぞみママ、実験室見たい!」
ルドルフの希望で実験室を見に行くことになったが、私はもちろん同行させてもらえない。私は網浜研のゼミ室で論文を読んでいることにする。
一行が出かけていくとき玲子ちゃんがルドルフに、
「ルドルフ、のぞみ先輩もママなの?」
と聞いた。のぞみが平静を装って、
「ママの友達だから私もママって呼んでくれるんだよね」
と苦しい言い訳をしていた。
ゼミ室で一人になった。論文を読んでいるとみんなには言ったものの、なんか気がのらなかった。窓から外をみると、観光客らしい人たちが地図を見ながら歩いている。ポプラ並木を見に行くのだろう。あとでルドルフも連れて行ってやろう。
考えてみれば広大な札幌国立大学のキャンパスで、私はほとんど理学部棟の近くしか行っていなかった。院試に訪れたときのほうがよっぽど動き回っていて、入学後は全然キャンパスの中を見ていなかった。自分がそこに所属してしまうと、いつでも見に行けるという気になってていた。そして気づいたら卒業していた。
なんでもキャンパス西側に広がる農学部の農場はラベンダー畑があり、人によっては富良野に行く必要なんかないとまで言う。この滞在中に行けるか、あとで修二くんに相談しようと思った。




