エレベーター
列車を降りてホームを出ると、車はまた大きな改札を通過した。
改札を通過し駅の外に出た。
そこには天井の高い広々とした空間があり、駅前のロータリーのようになっていた。
細長いバス停が8本並び、それぞれに行き先が大きく表示されている。
そのロータリーを囲むようにショーウインドウらしきガラス張りの店が並んでいたが、店の電気は消えていた。ショーウィンドウのガラスの向こうは真っ暗だった。
「ここは街か?」
パトロールがいたら、また隠れないといけないんだろうか、そう思って聞いてみた。
「ここは軍の敷地ですので、警察はいません。安心してください」プロメが答えてくれた。
ロータリーの先には大きなメイン通りがあり、一直線に高い天井と、その下に広い道路が続いていた。
メイン通りには大きな謎のビルが左右にあり、50メートル置きぐらいに交差点が続いていた。交差点の上には青い大きな案内表示板があった。そこには白く左右の矢印と、その上に行き先がトラン語で大きく描かれていた。
車はその通りを真っすぐに進んだ。
交差点で左右を見ると、どこかに続くトンネルが見えた。
「ここは夜側のほぼ中心です。この辺は全て軍事施設です」
「このトンネルは、みんなどこかの基地に続いてるのか?」
「大体はそうです」
「軍人もみんな仮想空間に行っちゃってるのか?」
「大多数はそうでが、数百人がまだ職務を全うしています」
「全員女性?」
「そうです」
「少佐は前に、DNAの強い改変は受けていないって言ってなかったか?」
「そうだ、軍人は人を殺せないと仕事にならないからな」
「男もか?」
「男も攻撃性を残してあった」
「男は起きてる管理者に志願しなかったのか?」
「軍人の男はな、仮想世界のゲームに真っ先にハマった。ジルコンが作り出す仮想世界に行ったまま戻ってこない」
「DNAを変えても変えなくても、男はダメなのか」
「男は心が弱いからな」
「そうか・・・」
車は駅前大通りをしばらく進み、左に曲がって小さなトンネルに入った。車はその一直線に伸びるトンネルをしばらく走った。
「このトンネルはどこに行くんだ?」
「私の研究室です」プロメが答えた。
「プロメのいた所って、大きな天文台だって言ってなかったか?」
天文台と言えば高い山の上にありそうなイメージだ。さっきのプラネタリウムもちょっとした山の上だった。星がよく見えた。
「これから地上に出て山を登るのか?」
「この辺は氷の世界です。雪はほとんど降りませんが、溶けませんので分厚い雪と氷が地上を覆っています。普通の車は走れません」
「山の上じゃないのか?」
「いいえ、山の上です」プロメが言った。「着きました」
車の前にオレンジの扉のエレベーターがあった。
大きめな扉で、車ごと乗れるエレベーターだった。小さなエレベーターホールのような空間があり、オレンジのライトがエレベーターのドアを照らしていた。
車が近づくとドアが開き、車はバックでその中に入った。
静かにドアが閉まり、エレベーターは上昇を開始した。
エレベーターは長い間上昇を続け、俺は何回か唾を飲み込んだ。その度に耳の中で大きな音がした。
「かなり高い山なのか?」
「かなり高いです」
「標高何メートルぐらいだ?」
「知りたいですか?」
「俺の伸長を179センチと仮定して変換するか?」
「いいえ、ネットを信頼して、地球と太陽との距離が1億5千万キロメートルと仮定し計算します」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「今登っている山の標高は、海抜で約1万6千メートルです」
「おいおい、1万6千って、エベレストが8千8百だぞ・・・」
「そうですね」
「空気無いだろ?」
「このエレベーターも上の天文台も、密閉して加圧してあります」
「気圧が変わっていってる気がするが・・・」
「地下と同じとはいきません」
「天文台は、建物の外には出れないのか?」
「出ないほうが賢明です」
「わかった・・・」
エレベーターが停止し、ドアが静かに開いた。
そこは薄暗い地下駐車場のような場所で、車が20台ぐらい停められるスペースがあった。青と灰色の迷彩の大きな軍用ジープと、小さな軍用ジープと、テルルと俺が旅したのと同じ車種の大きな黒い車が停まっていた。この救急車と同じ車種だ。
俺たちは空いているスペースに車を停めた。
車の外に出ると、駐車場はひんやりと寒かった。
どこかで暖房の機械が動いているのだろう。本来ならば寒さはこんなものではないはずだ。
地球で高度1万6千メートルと言ったら、生身で生きていられない世界のはずだ。
そういえばプロメが加圧していると言ってた。地下からポンプで空気を吸い上げているのかもしれない。
「少しだけここに滞在します。空き部屋ばかりなので、自由に使ってもらって構いません」
「ベッドで寝られる?」
「もちろんです」
「シャワーもある?」
「もちろんです」
「やったー!」テルルの声が駐車場に響いた。
俺たちは車から荷物を下ろし、プロメに続いて駐車場の横の細い階段を上った。
階段の上には木の扉があった。扉を開けると、そこは暖かい生活空間になっていた。
長い間使われていなさそうなキッチンがあり、大きめのダイニングテーブルとイスがあり、大きな冷蔵庫があった。
壁には写真や小物が飾られ、生活の匂いが残っていた。
この天文台で働くメンバーが肉体を持っていた頃は、ここが生活の基盤だったのだろう。ゆっくりとくつろげそうな大きなソファーもあった。
その広めのダイニングキッチンの左右には長い通路があり、プロメは左側の通路に俺たちを案内した。
廊下の左側にはドアが10ほど並び、プロメは手前から4つの扉を乱暴にバン、バン、バン、バン、と開いた。
「ご自由にどうぞ」
中は使っていない小さめの部屋だった。ベッドの上には毛布と布団が畳んで置いてあった。
「トイレとシャワーは廊下の突き当りです。私の部屋は108です」プロメが廊下の奥を指さした。「みなさんシャワーを浴びてください。同時に4人まで入れますのでトミサワさんは最後でお願いします」
「了解だ」
俺は1番手前の小部屋に入り、荷物を置いた。
部屋には丸い小さな窓があった。小さい窓は、船の窓のように頑丈そうな黒いゴムで固定されていた。加圧の問題なのだろう。
俺はバッグから着替えを取り出し、ダイニングのテーブルに座って女性陣のシャワーが終わるのを待った。




