泣いてるぞ
車からプラセオを下ろすと、台車を動かして3人でマリーの研究室に向かった。
マリーのラボに入ると、赤ん坊が泣いていた。しかしマリーは無視してディスプレイを見ながら研究に没頭していた。
「おい、泣いてるぞ」
俺はベビーベッドの中で顔を真っ赤にして叫んでいる赤ん坊を抱きあげた。
「子供は泣くのが仕事だって地球でも言うだろうが」
「しかしだな・・・」
俺が赤ん坊のキュリウムをゆっくり揺らすと、キュリウムは泣き止んで笑い出した。ウホーなんだこの感覚は!愛しくてたまらん!
「軍曹、顔がニヤけすぎで気持ち悪いぞ」
「うるせーよ」
「トミー、赤ちゃんはな、泣くことで体が鍛えられてるんだ。泣きすぎは問題あるが、泣かなすぎも問題があるんだ。適度に泣くのがいい」
「ソウニャノカニャー?」俺は子供に聞いてみた。「キャハハ」と笑っただけだった。
「マリーさん、プラセオを1個どこかに置かせてください」
「ここにか?」
「他に良い場所が無いので・・・」
「こっちだな」
マリーは大きなクローゼットを開け、プラセオはその一番奥に置かれた。床に下ろす時もドカンと大きな音がした。おかげで子供が泣き出した。
「そろそろ宇宙に行く出発準備だな」マリーが双子に言った。
「軍曹も手伝えよ」
「はいよ」
その時、扉が開いてテルルとマリーが入ってきた。
「あれ?」
部屋の中にもマリーがいた。白衣の下の来ている服が違う。
「留守番の私だ」
「はい?」
「子供は連れて行かないと言っていただろうが」
「でもそれって・・・」
「「いいんだ、黙れ」」
2人に同時に言われた。
「実験は成功した。本能に埋め込まれた人体作成作業の禁止だが、何とか出来るようになった」
「俺が操作しなきゃダメだったやつか」
「ものすごい恐怖だがな、頑張れば大丈夫になった。気絶も失神もしなかった」
「そんなに怖いのか」
「私はまだ体験してないがな」もう一人のマリーが俺の腕から泣く赤ん坊を取った。
「それでな、トミー」
「なんだ?」
「保険として体をスキャンさせてもらいたいんだ」
「保険?」
「私たちはこれから宇宙を目指すが、失敗して死んだ場合、もう一度やり直す」
「死ぬのか?」
「いや、でも宇宙だ」
「そうか」
「失敗しなくても、もう一人の私が育児ノイローゼになったらトミーを作るかもしれないから覚悟しておいてくれ」
「ははは、面白そうだ」
「その場合、スキャンされた瞬間に育児ノイローゼな私が目の前に立ってるからな、本当に覚悟してスキャンされろよ」
「イヤなんだが・・・」
「まあ、おそらく大丈夫だろう」
「それでな、もう食事はしたか?」
「さっき食べたが」
「これから1ハイドの間、全員断食する。水分も水を少量だけにしてくれ」
「なんでだ?」
「スキャンの準備だ」
「胃に物が入ってちゃダメなのか?」
「いろいろと理由はあるが、まあいろいろだ・・・」
「秘密なのか?」
「めんどくさいだけだ。データ量の問題とか作成時のカートリッジ容量の問題とか体の中の物質バランスの問題とか説明すると長いんだよ」
「聞かなくていい・・・」
「みんな腹ペコで起きるだろうが」
「そうだったな」
「1ハイドは地球時間で38時間ぐらいだな」
「長いな・・・」
「寝てていいぞ」
「そんなに寝れねえよ」
「好きにしろ」
「少佐、旅の準備手伝うぞ」
「いや、それはスキャンの後でいい」
「なんでだ?」
「準備してからスキャンするだろ、そうするとな、復活した場合、また準備しなきゃいけなくなるからな」
「そうなのか」
「深く考えなくていいぞ、それより育児ノイローゼのマリーを気にしてろ」
「うーん、それな・・・」
開いた時間を、俺とテルルはテレビを見て過ごした。アメリカの長いドラマだ。
録画されてるのをまとめて見た。38時間では最後までたどり着けないが、何でもよかった。
テルルはブツブツと文句を言いながらアメリカのドラマを見ていた。
「この人さ、いつも「俺を信じてくれ」って言って勝手なことしてさ、それで最後には「こんなつもりじゃなかったー」って言うのよね」
「そうか?」
「それに無人島無人島ってさんざん言っておきながらめちゃくちゃ人住んでるわよね」
「そうだな」
「牛乳って何よ、牛はどこから連れてきたのよ」
「搾りたてじゃないだろ」
「ドラマってすぐにタイムスリップするけどさ、惑星は宇宙空間を移動してるって分かってないわよね」
「どういうこと?」
「惑星の公転運動とか銀河の回転とかで私たちは常に移動してるってこと」
「まったくわからん」
「まあいいけど、学者として気になるわ」
「静かに頼む」
「ムキーーー」




