障害
DNA治療は徐々に世界に広がっていった。
各地でいろんな研究者が技術を応用して、様々な病気の治療法を確立していったんだ。
DNAの治療ってのは生まれながらの病気に強い。
施設に入っているような障害者の治療だな。体を動かせなくなるような脳の病気にも強いんだ。
リハビリに時間はかかるが、寝たきりで体の不自由な患者は徐々に動かせるようになった。
発達障害にも効果を発揮した。声の発し方や感情制御など、少しずつだが改善されていった。
腕や足は生えなかったが、培養液で腕や手を作り出し、移植する研究もされた。その研究が完成するまでにはかなりの時間がかかったがね。
刀でスパッと切られた時、すぐにくっつけたら大丈夫って話があるだろ?あれの応用で、結合部をスパッと切って作った腕をくっつけると腕が生えるのさ。
生まれながらの場合はDNAのいくつものスイッチを切り替えないといけないがね、徐々に神経がつながって動かせるようになる。
世界では、重病患者以外にもDNA治療が行き届くようになっていった。ありふれた病気の治療にも技術を応用するようになったのさ。ボケとかさ。
高齢で脳の働きが悪くなっているのもさ、高齢で元気な脳って人を探して、そのDNAを分析すれば違いが分かる。違いが分かれば治療して回復させることが出来るんだ。
さらに高血圧や、糖尿病や、貧血も、その辺の大きめな病院ならDNA治療ができるようになった。
体質改善ってやつだな。
たとえば、親戚みんな高血圧ってのがあるだろ?あれは遺伝だな。そして遺伝ってことは、DNAにそう書かれてるってことなんだ。DNAに書かれているのなら、書き換えることが出来るんだよ。
例えばそうだな、毎日家族で同じ料理を食べていても、ひとりは高血圧になって、ひとりは糖尿病になって、ひとりは貧血になることがある。
それは食べ物のせいじゃなく、DNAに最初から書かれているんだよな。
若いうちはスイッチがオフになってるから表には出てこないが、ある時スイッチが入ってしまうと、病気が表に出てくる。自分ではそのスイッチは動かせないんだ。
私たちは、そのスイッチを自由に動かせるようになった。とんでもないことだよ。
俺はあるとき、マリーに聞いてみた。
「体質を改善できるってことは、アレルギーも治せるし、運動神経が悪いのも治せるって事だろ?」
「その通りだ。運動神経が悪いのも、頭が悪いのも、記憶力が悪いのも、体が病弱なのも、胃が弱いのも、肝臓が弱いのも、何でも治せるって事だ」
「体質改善は、ちょっとやりすぎじゃないのか?」
「それで苦しんでる人がいて、治せる技術があったら、治すんだよ。医者はな」
「そういうもんか」
「そうなんだ」
「でも全部は治さないんだろ?」
「そりゃあな、よっぽど酷いのだけだな。生活に大きな支障が出ている場合ってやつだ」
「なるほどな」
「でもな、発達障害を治療するところで問題が出てきた」
「問題?」
「どこまで治療するのかって問題だ」
「どこまでってのは、どこまで頭をよくするかって事か?」
「いや、どのレベルの患者まで治療するかって問題だ」
「ちょっとだけ障害があるのと、ただのバカとの違いって事か」
「そういうことだ」
マリーと俺はその時も研究室にいて、お茶を飲みながら話していた。
近くにはテルルが長くて細いバスタブに寝ていて、蓋が少しだけ開いていた。テルルには栄養補給の点滴がされていた。
「例えばな、ほんの少しの障害がある子供は普通の学校で普通の友達と暮らすだろ?」
「地球ではそうだが、ここでもそうなのか?」
「そうだ。初めて地球のテレビを見たときは驚いた。同じ過ぎてな」
「不思議だな」
「そうでもないさ、それもDNAに書かれているんだ、きっとな」
「それで?」
「一般の学校に通う軽い知的障害の子が、成績が悪かったとする。そして、その子を治療したとする。すると成績は上がるわけだ」
「そりゃな」
「そうすると、クラスで最下位の成績の子供の親が言うわけだよ」
「何を?」
「うちの子もこんなに成績が悪いのは障害があるからです。治療してくださいって」
「はあ・・・」
「そりゃ、厳密に言えば、障害が無いとも言えないんだこれが」
「どんな障害だ?」
「記憶力障害や、注意力散漫や、いろんな場合があるから何とも言えないが、個性があるってことはDNAが他とは大きめに違うってことだからな、修正可能ではある」
「修正?」
「それを個性と呼ぶのかバカと呼ぶのかは、その親の考え方しだいとも言えるな」
「勉強はできないが、運動神経はバツグンってのもいるだろ?」
「そうだな。だけど、運動も勉強も、両方バツグンってのもいるだろ?」
「たしかにな。あれも遺伝なのか?」
「遺伝とランダムな変異と、まあ偶然って捉えてもいいがね」
「それで、頭の悪いのも修正したのか?」
「そこで長い間もめたんだよ。さっきのバカな子供を治療したとする。するとな、新しい成績のビリが現れるわけだ。その子の親も、うちの子もお願いしますって言うわけだよなきっと」
「そうか?」
「じゃあ何番目の子供まで修正すればいいんだって話になる」
「そうだな・・・じゃあテストの30点以下ってことにしたらどうだ?」
「31点の子の親が文句を言うだろうが」
「平均点以下は?」
「次のテストで平均点が上がるだろうが」
「うーん・・・」
「だから、答えが出ないんだよ」
ザバァァァァァァァ 後ろで大きな音がした。
テルルが起きた。
9か月は経っていなかった。8か月ぐらいだ。




