おやすみ
マリーが準備している間、俺とテルルはスポーツをしたりゲームセンターに行ったり地球のテレビを見てくつろいだり、色々なことをして時間を潰した。
テルルは時々、マリーに呼び出されて何かの治療をしているようだった。
テルルは地球のことを聞きたがった。
テレビを見ながら俺は答えられることは答え、知らないものは知らないと言った。
テルルの質問は鋭く、俺は地球人として何も知らないということを思い知った。
1メートルとは正確にはどのぐらいの長さなのか、1グラムは何を基準にして決めているのか、1気圧はこの星より強いのか弱いのか、俺が当たり前だと感じているものの中には、地球にいないと知ることができないものがあると知った。
テルルは教育番組でやるような知識はぜんぶ知っているようだった。そして俺はその知識すら無かった。
「マリーの準備が出来たら、私はけっこう長く眠るんだって」
「眠る?」
「眠って生まれ変わる」
「どういうことだ?」
「なくしたものを取り戻す。もうすぐだわ」
1週間ほどの時間が過ぎたころ、テルルの眠る準備ができたとマリーが言った。
最初に行ったマリーの実験室には、部屋の中央に棺桶のような細長いバスタブが置かれていた。透明な蓋があり、中には乳白色の温かい液体が入っていた。
「裸になってその中に入ってくれ、こちら側に頭を載せる台があるから、顔は水面の上に出してくれ」
「出て行こうか?」
「いいえ、ここにいて」
テルルは裸になり、乳白色の液体の中に静かに横になった。
「しばらく掛かる。そのまま待っていてくれ」
マリーは壁に並んだ機械をいろいろと操作していた。
テルルは不安そうに横に立つ俺を見ていた。
「私たちはね、最終進化の少し手前で、生殖能力を捨てたのよ」
「なぜだ?」
「完璧になるために。だけどそれはたぶん間違いだった。私はそう思ってる」
「俺にはよくわからん」
「だからマリーにお願いしたの。私の子宮を作ってほしいって」
「うん」
「そしたら、たぶん取り戻すことは可能だけど、赤ちゃんが第一次成長期になるぐらいの時間がかかるかもしれないって言われて、地球だと10歳以上かしらね、そしたら10年以上ね」
「長いな、そんなに眠るのか?」
「私がマリーにそう言われた時、それでもいいからお願いって言って、よしわかった、じゃあ厳密なシミュレーションをするからしばらく待ってくれって」
「厳密なシミュレーション?」
「とってもとっても難しいシミュレーションをして、時間の短縮方法とかを考えてくれて、そして、大丈夫だ、そんなに長い時間はかからないって言ってくれた」
「どのぐらいだ?」
「30ナトリぐらい眠るの。30ナトリは、地球だと、たぶん9か月ぐらい」
いつのまにか隣にマリーが立っていた。
「そしてこの計画にはな、お前が不可欠だった。地球の男がな」
「この星の男はどうしたんだよ」
「あれは腑抜けになっちまったからな」
「女が来たらどうした?」
「来ないわ、男を探すようにプログラムしたもの」
「最近じゃ男か女か見た目じゃ分からないんだぜ」
「そうね、運がよかった。あなたで良かった」
「そうだな、トミーでよかったな」
「私はね、子宮と一緒にあといくつか修正を加える。違うわね、修正したものを元に戻す。そしてそこには、恋愛感情も含まれる。そしたら、私はきっと、きっとあなたを好きになるわね」
「ならなかったらけっこう傷つくな」
「分からないわ、あなたは私を好きになってくれる?」
「もう好きになってる」
「本当?」
「マリーとのことは浮気にはならないのか?」
「まだあなたに恋してないんだってば」
「そうか、俺はマリーに協力する。それが俺をここに呼んだ意味なんだろ?」
「そうね、お願い。マリーと子供を作って」
「おう」
「その次は私ね」
「おう、待ってるぜ」
「おやすみ」
「おやすみ」




