ショッピング
俺たちは途中で海沿いのショッピングモールに立ち寄った。
ショッピングモールは駐車場だけ掃除されていた。キレイに掃除された駐車場の横に、緑にすっぽりと覆われた建物があった。
入り口のガラス扉は割れていた。
「遠くから割れてるのが見えたのよ」テルルが言った。「ガラスを割ると防犯装置が作動する可能性があるんだけど、割れても放置されてるってことは入っても大丈夫ってことよ」
「侵入感知センサーとか、入ったら反応するのがあるかもしれない」
「それは無いわね、たぶん動物とかも入り込んでるし・・・」
「動物?」
テルルはキョロキョロと近くを見渡した。そして草むらに何かを見つけた。
「ねえ、そこの棒を取ってくれる?」
草むらの中に、のぼりの旗を立てる棒らしきものがあった。この店が元気に営業してた頃は、風に旗がパタパタと揺れていたんだろう。
「これでいいのか?」土台のようなものは無く、2メートルほどの棒が3本転がっていた。「全部?」
「2本でいいわ」
「動物対策か?」
「そうよ、怖いじゃない」
そして2人は割れたドアから恐る恐る店内に入った。床を棒で軽く叩いてみると「カーン」と店内に音が響いた。
「カンカンカーン」
テルルは棒を連続で鳴らした。耳を澄ましてみたが動物の気配は感じなかった。
店の中は、スーパーのように棚が並んでいて、レジのような場所もあった。天井は高く、太陽に向けて天窓がいくつかあり、そこから弱い光が斜めに差し込んでいた。右が明るく、左は真っ暗だった。
入り口付近の棚に近づいてみると、棚はほとんど空だった。
「何も残ってないな」俺は言った。「完全に閉店って感じだな」
「ここは食品売り場だから。こっちの奥に行ってみましょう」
テルルは右の明るいほうから通路を奥へと進んだ。
「地上ってのは、急に過疎化したのか?」俺は前を歩くテルルに聞いた。
「急にって?」
「たとえば、ゆっくり徐々になら、商品は全部持ち出してしまって、棚は全部からっぽだろ?」歩きながら見える棚には、少しだけ商品が残っている。
「閉店セールみたいなのはしたんだろうけど、売れ残りは処分しなかったようね」
「よくわからないな」
「そういう作業をする人がいなかったんじゃないの?」
「やっぱりよくわからないな」
人件費を払えなくなって従業員がすべて逃げ出したんだろうか・・・
「あるある!」テルルが興奮して言った。
テルルの前には服屋があった。赤い頭のマネキンが服を着て立っていた。
「服が欲しかったのか?」
「そうよ。替えの服が出せないし、あなたも着替えさせたいし」
「臭いか?」
「ちょっとね」
確かに俺も数日着替えていない感じだ。夜が無いから数日という表現は違うんだが、どうしても日数で考えてしまう。
「でも、あなたの匂いが気になるのはきっと、遺伝子が少し違うからで、動物的な機能のはずだから気にしないでいいわ」
「動物的?」
「フェロモンってやつよ」
「気にするんだが・・・」
「イヤな匂いではないけど、今の私には生殖能力が無いからね、そんなに気にならないの」
「すまん、変なこと言わせて」
「あ、そういう地球人的な意味合いではないのよ」
「うん?」
テルルはズカズカと店に入って言った。
「ねえ、男の人のコーナーはここみたい。下着とか地球とあまり変わらないから、好きなのを取ってくれる?」
「サイズは?」
「あーそうか、これがサイズね」テルルは商品をひとつ取って上に張られた小さなシールを俺に見せた。「この記号が多いほうが大きい」
「エルエルみたいな感じか」記号は2つ並んでいた。
「地球の服のサイズって何だっけ」
「S,M,L?」
「それで言えばこれはMだけど、あなたの体形がどのサイズなのか私には分からないから、適当に試着してね」
「金は払わなくていいのか?」
「捨てられた施設の捨てられた商品なのよ」
「わかった、気にしないことにする」
テルルは他のコーナーに歩いて行って、少しして大きめなバッグを持って戻ってきて俺に投げた。バッグは床を滑って俺の足元に来た。
「それにいっぱい入れて」
そう言うとテルルはまたどこかへ歩いて行った。俺はTシャツを探したが、Vネックしか見当たらなかった。丸首は無いらしい。あるいは流行ってないらしい・・・
下はトランクスみたいなデザインばかりで、驚いたことに赤しかなかった。トランクスは赤という法律でもあるのかもしれない。赤以外を履くと捕まるのかもしれない。
「あなたはなぜ赤くない下着を着用しているのですか、実にハレンチです。公序良俗に著しく反しています。よって実刑3年を言い渡します」とか女の裁判官に言われるのかもしれない。
あるいは、いやいい。くだらないことは考えないで詰め込もう。赤いトランクスを詰め込もう。
洗濯って概念は無いんだろうか。そんなことは無いだろう、文化はほとんど同じだろう。何枚トランクスを取ればいいんだろうか。
「なあ、何日分取ればいい?」俺は見えないテルルに聞いた。
「じゃあ10枚」少し間があってテルルが返した。「それと上に着るものも。徐々に寒くなるから」
寒くなる?寒い地域に向かってるのか。
それとも秋になるのか?
今の気温は20度ぐらいだろうか、ちょうどいい気温だ。今が秋なのだろうか、いや、木々は青々とした葉をつけている。それにだ、そもそも四季ってあるんだろうか。無い気がする。
俺は上着のようなデザインの服を探した。下着以外の服は全てハンガーのようなものに吊るされていた。折りたたんであるものはひとつも無かった。
俺は暖かそうな大きめのフード付きコートと、Tシャツの上に着る長袖を数着バッグに入れた。売り場には派手なデザインが多かったが、なるべく地味なのを探してバッグに放り込んだ。近くに靴下売り場を見つけて、それもバッグに入れた。足が臭いのはイヤだもんな。
「そろそろいい?」
戻ってきたテルルは、大きなバッグを2つ肩に掛けていた。そして紺のおしゃれな帽子を頭にのせていた。




