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魚か

 車の後ろのスペースは運転席よりかなり床が低くなっていて、移動の際に大きめな段差を降りなければならなかった。

 段差の横にはちゃんと壁に手すりがあり、掴まれるようになっていた。

 段差を降りるとギリギリだが頭を天井にぶつけないで立つことができた。


 テルルは俺より少し身長が低かった。俺の前にテルルの後頭部がある。175ぐらいだろうか、女性にしては長身だ。地球人ならばだが。


 車の後ろには3人掛けのシートが3列、右側に前方を向いて並んでいた。路線バスの後ろの席のようなシートだ。シート横の窓は外から見たよりも大きく感じた。外の緑がよく見える。


 左側には木目のテーブルが壁に固定されている。テーブルから上は窓になっているが、天井から下げられた大きなディスプレイが3枚、窓の外の風景の大半を隠していた。


 その生活空間の後ろには50センチぐらいの敷居板が床から立っていて、その向こう、車の最後尾に黒いバッグが積み上げられていた。地下では暗くて気が付かなかったが、色の違うバッグも見えた。テルルの私物が入っているのかもしれない。


「この車はね、科学調査用の車だったの」テルルが振り向いて言った。顔がちょっと近すぎてドキッとした。


「長期の科学調査にも対応できるように、こうするとベッドにもなる」

 テルルがシートの横の小さなスイッチを押すと、シートはフラットなベッドになった。もう一度押すと元に戻った。

「3人寝られる」

「一緒に寝てもいいぜ」

「そういうのは言わないこと!」テルルはちょっと睨んで言った。

 俺は少し反省した。異星人に下ネタのジョークを言うのは少し早かった。


「科学調査用だったってことは、今は違うのか?」俺は心持ち離れて聞いた。

「今もそうなんだけど、もう誰も科学調査をしないのよ」

「なんでだ?」

「うーん、あなたには順を追って話したいのね、なるべく。あなたがちゃんと理解できるように」


「頭はあまり良くないんだが・・・」


「そこに座って」

 テルルは俺に、3列並んだシートの真ん中を指さした。

 俺がシートに座ると、テルルは後ろのバッグをゴソゴソして何かを取り出し、俺の横に座った。


「はい水よ」

 テルルはペットボトル?のようなプラスチックで出来た容器を1本俺に渡した。テルルは自分の分も1本持っていて、蓋の開け方を見せてくれた。

 容器の蓋を開けてひとくち飲んでみると、何の変哲もない水の味がした。


 前の席の背もたれには、針金で出来たような折りたたみのドリンクホルダーが付いていた。観光バスで見かけるやつだ。そしてテーブルも付いていた。新幹線についているようなテーブルが背もたれにピタッと畳まれていた。


「こういう便利な発明って、宇宙共通なのかね」俺はテーブルをパタパタさせて言った。


「さあ。でもトラン人も地球人も、違いは無いわよ」


「なぜ40光年も離れた星で進化したのに、同じなんだろう」



「ねえ」


 テルルは俺の質問には答えず、小さな箱を振ってガラガラと音を立てた。

 食料のパッケージではなく、プラスチック製の何かのケースのようだ。

 箱を開けると中には何種類もの丸い錠剤が入っていた。ケースの中は細かく区切られていて、カラフルな錠剤が部屋ごとに分けられていた。


 テルルはその中から黄色い錠剤を2個取り出し、俺に渡した。


「それ飲んで」


「・・・何の薬だ?」


「大丈夫、危険は無いわよ」

 テルルはそう言うと、黄色と白と青と、いくつかの錠剤を取ってまとめて自分の口に入れ、水で流し込んだ。


「これの効果は何だ?」やはり何か分からない薬を飲むのは怖い。


「地球ではこれを、サプリメントと呼んでいるわね」


「サプリ・・・サプリって言ったって、地球人が飲んでも大丈夫な奴なのか?」


「これは100パーセント魚から作られているから大丈夫。食べ物と同じよ」


「魚か・・・」俺は意を決してその黄色いサプリを飲み込んだ。ここは地球より重力が少し強いって言ってたしな。


「カルシウムか?」俺は聞いてみた。


「地球ではこれを、DHAって呼んでるわね」


「DHA?」


「頭のよくなるやつ」


「頭のよくなる・・・・」


「そんなに気にしないでよ、地球人の頭脳に期待はしてないから」テルルが笑って言った。



 


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