ボロン
「ねえ、ちょっと準備しながら話していいかしら」テルルが俺に言った。
「準備?」
「旅に出る準備よ」
テルルは両手を大きく広げた。
「旅?」
「お待ちかねの大冒険よ!」テルルは窓の外を見て俺にそう言った。
「別に待ってないけど・・・」
テルルはポケットから黒い板を取り出した。15センチぐらいの正方形の薄い板で、テーブルに置いてテルルが指で真ん中を触れると、パタッパタッっと4倍に広がった。折りたたまれていたらしい。
「あなたの。試作品だけどね」
テルルは俺に30センチに大きくなった正方形の板を渡した。プラスチックみたいな材質で、少し透き通っていた。
「これは?」
「モコソっていう機械。スマホみたいな物よ」
「でかいな」
「半分に折って」
大きな板を半分に折りたたもうとすると、真ん中でパキッと割れた。
「ごめん、壊した」
「壊れてないわ、大丈夫よ」テルルは笑って言った。「片方を、オレンジのが点滅してるほうを、目の前に持って行って、横にして」
テルルはメガネをかけるような仕草で説明した。俺は訳が分からずに、はじっこでオレンジがピカピカ点滅しているほうの板を目の前に持って行った。
すると板がシュンという音とともに変形してサングラスのようにオレの顔を覆った。かけ心地に違和感はなく、目の前が少しだけ暗くなった。
「おー、すごいな。それでどうする?」
「もう片方の手に持ってるやつを半分に割って」
「これか?」俺は半分になっている長方形の黒い片割れを、また半分に割った。15センチの正方形が2個になった。
「それを両手に持って、モード、日本語って言ってみて」
「モード、日本語?」
俺の視界に何やら文字が現れた。読めない字が空中に浮かんでいる。立体的に奥行きのあるアイコンも目線の横に浮かんでいる。ただ、何も意味が解らない。
「どお?」テルルは俺の目をのぞき込んだ。「起動してるわね」
外からも俺の目の前に表示されている何かは見えるらしい。
「すごいな、どう使う?」
「まだ簡単なことしかできないんだけど、徐々にバージョンアップしていくわ」
「簡単なことって、何ができる?」
「旅行の準備」テルルがクスクス笑いながら言った。
「それじゃあ、さっきソファーを作ったエレベーターの横の黒い壁を見てみて」
テルルがエレベーターを指さした。
「何かオレンジの枠があって、何かの記号が書かれてる」
裸眼で見たらただの黒い壁だが、このゴーグルで見ると違うらしい。
「右手を、モコソを持ったままね、右手をボロンに向けて」
「ボロン?」
「あの機械の名前」
「こうでいいのか?」右手をボロンに向けると暗いオレンジの枠が明るいオレンジになった。「お、何か反応した」
「その状態で、作成って言って」
「作成!」ちょっとワクワクしながら俺は言ってみた。「何かリストみたいなのが出た。読めないけど」
俺の1メートルぐらい先にオレンジのリストが出た。リストは空中に浮いている。
「それで、俺のバッグって言ってみて。左手のでリストから選ぶことも出来るんだけど、まだ読めないから音声指示ね」
「俺のバッグ?」
そう言った瞬間、奥の壁の黒い装置、名前なんだっけ、ボロンだ。ボロンが白く点滅して、俺の登山用リュックがゴトッと音を立てて壁から落ちた。さっきのソファーと同じだ。
俺は少し調子に乗って、こっちへ!と腕を下に振ってみた。しかし登山用リュックは床を滑らなかった。
「それは無理よ」テルルが笑って言った。「だって滑らせる装置が付いてないもの」
「なんだよ」俺は照れて笑った。
「あなたの身の回りにあったもの、たぶんそのバッグの中身は全部それで作れる。作るのならここのボロンで作って」
「他の場所にもこんな便利な機械があるのか?」
「あるけど、いろいろと制約があるのよ」
「好きには作れないってことか」
「あなたのモコソだと更に作れるものは少ない」
「よくわからないが、分かった」
俺はバッグの中身を思い出して、必要なものを取り出そうとしたが、何が必要なものなのかよくわからなかった。他の星に来た時の必需品って何だろうか。
俺は大きなレンズの一眼を出そうとしたが、迷ってやめた。大きすぎるし重いからだ。
かわりに小さなデジカメを出した。防水とか対ショックとかを売りにしている頑丈な奴だ。すごく気に入っている。
スマホも取り出してみたが、圏外だった。音楽を聴いたり写真を見たり、メモリーに入っているのは出来たが、クラウド保存の写真は見られなかった。圏外なのだ、当たり前だ。
それと下着。登山では、突然の雨はよく出くわす気象現象だ。山に行くときは雨合羽と下着は常に持っていくようにしている。常にリュックの下のほうに入っている。
思い出してボロンに向かって「チョコレート」と言ってみた。小さなチョコレートが出てきた。山に登る前にコンビニで買ったやつだ。レジの横に小さな四角いチョコがあって、遭難するような山ではないけれど、万が一のためにひとつ買っておいたのだ。
「テルル、これ食べていいよ」
テルルは自分のバッグ、明らかに地球とは形が違うが新人デザイナーがデザインしましたと言えば納得するぐらいの変さの自分のバッグに、自販機から箱入りの食料を詰め込んでいるところだった。
「何それ」テルルはこっちを見て目を輝かせた。「それはまさか!」
「チョコ」
「テレビCMで有名なやつじゃないの!」
「20円だけどな。昔は10円だったのにな」
「いただきます」テルルは俺の手からチョコレートを取って、包装を剥くのにちょっと苦労してからその黒い四角いのを口に入れた。
「うーん、あまーい」テルルは頬に手を当てて言った。
「そりゃチョコだからな」
「でも、変な味だわ。ラジみたい」
「ラジ?」
「豆」
「そりゃ、カカオ豆だからな」
「それより、手伝ってくれる?」テルルが空のバッグを俺に手渡した。「これに、この機械から缶詰を出して入れてほしいの。あと新しいバッグはボロンで作って」
「缶詰は、どれでもいいのか?」機械にはボタンがいっぱいあった。
「いろいろ。同じ味だと飽きちゃうでしょ?」テルルは重そうなバッグを両肩に担いだ。「私はこれを下に持って行って戻ってくるから」
「重いの俺が持つぜ」テルルは見た目より力が強いらしい。
「大丈夫よ、それにね」テルルは缶詰をひとつ空中に放り投げて、それをキャッチして言った。「気が付いてないようだけど、ここの重力は地球より強いのよ」
「そうなのか?」言われてみると少し体が重いような気がしてきた。
「1.2倍以上のはずよ。」




