見晴らし
「ご飯を食べに行きましょう!」
女の喋る感じが変わった。
さっきまでは日本語をがんばって話している感じだったが、肉体を得て何か変化があったらしい。
「ご飯を食べるためには、一番上の階に行かなければならないの。だから、エレベーターに乗る。こっち」
女はまた壁に向かって歩き出した。
床をよく見ると、何か文字が書かれているのに気が付いた。ほとんど消えているが、これが施設の位置を示しているらしい。何の変哲もない壁に見えるが、床にいろいろと文字が書いてある。
女が壁の一部に触れると、壁が音もなく開いた。中は小部屋で、エレベーターに間違いないっぽい。
「乗って、早く」女が急かした。「ルーアビカ」
女が知らない単語を言うと、エレベーターの扉が閉まり、足にズンと重さが加わった。上昇しているらしい。
「ルーアビカは食べる場所って意味。ねえ、日本語では食べる場所の呼び方がいろいろあるでしょ?」
「食堂?」
「食堂、それにレストラン、飲食店、台所、軽食屋、喫茶店、定食屋」
「最近じゃフードコートとかラウンジとか」
「それは知らないわね」
「これから行く場所は食堂?」
「何かしら」彼女は少し考えてから「わからないわ」と言った。
エレベーターはすぐに一番上の階についた。
扉が開くと、そこは高級ホテルのラウンジのような広い空間に、机とイスが並べられていた。右には長いカウンターテーブルもあったが、そこにイスは無く、テーブルの向こう側には自動販売機のような機械が並んでいた。絵と文字が書いてあり、ボタンがいくつも付いていた。
そして部屋の奥はガラス張りになっていて、外の景色がよく見えた。夕焼け空のような赤っぽい空と雲が見えた。
「なあ、ここはどこなんだ?」
自動販売機の見慣れない文字、さっき見た機械操作の時の謎の文字。日本ではないらしいが、英語でもロシア語でも中国語でもアラビア語でもない。
「ここは、トラン」
女は短くそう言って自販機の前に歩いて行った。
「トランって何だ、そんな国は聞いたことないが、ヨーロッパか?」
俺は彼女の後ろをついていった。
「トランは星の名前」彼女は一つの機械の前で少し悩んで、ボタンを押した。「あなたも何か食べて。お腹が痛くなったりはしないはず。さっき対策をしているから」
「星って何だ、俺は宇宙人に連れ去らわれたのか?」
「私と同じものでいいかしら。口に合わなかったら別のを試せばいいし」
彼女はトレイに乗った食べ物を2つ機械から出した。ボタンを押した機械の下の部分が開いて、グラタンのような見た目の食べ物とスプーンが出てきた。
「なあ、君は宇宙人なのか?」
彼女は他の自販機も操作して、グラスに入った飲み物とポテトフライのような長細い棒がたくさん入った器も機械から出した。金を入れるような動作は無かった。
「はい、これ持って」
彼女は食べ物が乗ったトレイを片方、俺の前に置いた。俺の分だ。
彼女はトレイを持ってガラス窓の近くの席にスタスタと歩いて行った。俺は自分の分のトレイを持って彼女の後を追った。
「なんだここは・・・」
窓の外には夕焼け空があって、見下ろす眼下には、広大な森が広がっていた。
自分がいるのはビルの30階ぐらいだろうか、けっこう高い。そして、同じようなビルがいくつも森から飛び出している。
ビルは全て斜めに立っていて、倒れないようにいくつかの太い柱がつっかえ棒のように、斜めのビルを支えている。
一番近いビルと自分のいるビルの間には、森を引き裂くような一直線の道路が通ている。その森の切れ目に違和感があった。
「なんで木も斜めなんだ?」
幹の見える木は、すべてビルと同じに斜めに立っているように見えた。同じ方向に。
「太陽」
彼女は短く言った。彼女はもう席について食べ物を食べ始めていた。グラタンのような器は空になっている。そしてフライドポテトをポリポリと食べている。
それを見て、俺も腹が減ってきた。トレイをテーブルに置いて席に着いた。
俺は彼女の食べているフライドポテトを見て、同じものを口に入れてみた。きゅうりのような青臭さがあった。きゅうりを油で揚げた感じだ。ジャガイモよりも水っぽい、というか油っぽい・・・食べれなくはない。
「太陽ってどういうことだ?」
「太陽のほうを向いているでしょ?」
「今はちょうど太陽の方角に伸びてるように見えるけど」
「このトランには地球のような夜は無いのよ」
「夜が無い?」
「チョウセキロック」彼女は言った。




