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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その70 『ロック鳥の羽根』

 水場といえば、セーレのある今いる場所だ。早速、船員たち全員による大規模な採集がはじまることになった。レパードが放送機器で詳細を話し始めると、時間を惜しんだのかわらわらと船員たちが甲板に出てきた。紫の髪をした見かけたことのない船員もいたが、声を掛けられる雰囲気でもない。一旦置いておくとして、レパードの指示を聞き続けた。

「……というわけだ。事態は一刻を争う。だが慎重に頼む」

 採集自体は、二人一組で行うようにとの指示だった。水場は船を一定以上動かせるほどには広く視界も悪い。周囲に魔物がいないことは確認済みだが、万が一に備えての対応だという。その為、イユにはリュイス、ブライトにはレパード、レンドには刹那がつくことになった。白い草を見つけたらすぐにブライトに確認してもらう手筈が説明されたところで、船員たちは順番に水場へと下り立っていった。イユもまたリュイスとともに、続いていく。


 水場を覗けば、スズランの合間に確かに小さな草花が生えていると気が付いた。探そうとしなければ気が付かなかっただろうそれらは、翠色ばかりだ。白いものはない。

「ブライト、これはどうだ?」

「それは違うねぇ。確かに似ているけど」

 レンドがブライトを呼びつける声を聞き、イユはちらりと視線を向けた。レンドが、確認したブライトに首を横に振られているところである。レンドの隣にいる刹那が、肩を竦めている。顔には出ていないものの、刹那からみて自信があったのかもしれない。となると、本命ではないとはいえ、白い草自体はあるのだ。

 振り戻ったイユは、再び手前の草を探る。隣にいるリュイスの髪色と同じ、やはりどれもが翠色だ。



「このあたりにはないわ」

 リーサが声を張り上げて報告するのが、耳に入る。リーサは飛行船のすぐ近くにいた。非戦闘員にはいつでもセーレに戻れるようにとの配慮だ。改めて知ったが、マーサとリーサは戦えないらしい。逆に致命的に下手だと言われていたが、クルトはナイフを使うことができるようだ。

「だめだよ。こっちも翠ばっかり」

 クルトから報告が上がった。イユの気持ちを代弁する内容だったので、つい頷いた。

「環境の変化で白色のはずが翠色になっているということは考えられないのかい」

 クルトの隣にいるはずのミンドールは、ちょうど霧に溶け込んでしまいその姿を見つけられない。けれど、ブライトへの確認の声だけは明瞭だ。

「ないとは言えないけれど、翠になった薬草に同じ薬効を期待してよいかどうかもわからないかな。最悪はそれを使うしかないから、一応あたしからは翠のものも確認するけれど」

 ブライトの返答には納得するしかなかった。イユはリュイスの手に白い草が摘まれているのを見つける。全ての草が翠色かと言われれば、そうではないのだ。僅かではあるものの、白い草はある。そうなると、探している『ロック鳥の羽根』にも確かに白色のものが存在するかもしれない。



 暫く採集が続いたが、一向に見つかる気配がない。あらかた探し終えてきたからこそ、イユは愚痴を言いたくなる。

「本当にあるのよね」

「さすがに嘘はつかないと思いますが……」

 リュイスの返答に、イユもそうは思った。

 だが、ここまで見つからないと他の水場を当たるしかなくなる。

「水場は、もう一か所あります」

 リュイスに言われてしまい、嫌でも思い浮かべざるをえなくなる。岩の鳥もといロック鳥が築き上げた岩山には、確かに水場があった。

 しかし、再びロック鳥と遭遇する危険性を考えれば向かいたくないのも本音だ。

「イユたちで最後だけれど、どう?」

 ブライトとレパードがやってくる。渋々言葉を発した。

「……ないわ。残念だけれどもう一か所をあたるしかない」

 セーレの周りを調べたことで時間はだいぶ過ぎている。腹を括るしかなかった。




 全員が向かえば、ロック鳥による犠牲者が出る可能性が高い。故に、次の水場に向かうのはイユとリュイス、刹那にブライトとレパードの五人になった。薬草を見つけるのに必要なブライトは言わずもがな、万が一、ロック鳥二体と同時に遭遇してもある程度戦えることを想定した人選だ。

 空は既に暗く、白い月が浮かんでいるのが見てとれる。足の速さという点でもブライトを除く四人に白羽の矢が立ったのだ。

 ちなみにレンドを入れた数人の船員は他の水場を探しにいっている。そちらで水場が見つかれば、合図が送られることになっていた。

「ロック鳥が寝ていてくれると助かるんですが……」

「寝ていたら寝ていたらで、水辺にいることは確定じゃない」

 リュイスの願望をイユは切り捨てた。岩山は恐らくロック鳥の寝床なのだ。まだ餌を求めて遠くまで出掛けてくれていたほうが助かる、というのがイユの意見である。

「……出くわす前にロック鳥について聞きたいんだが」

 レパードのブライトへの質問に、イユは視線をブライトへとやった。ブライトはというと、眉間にしわを寄せて悩むような表情を作っている。

「うーん、あたしもやり合ったことはないけれどさ。文献では絶望的な記述しかないけれど、本当に聞く?」

 一斉に皆が互いの顔を見合わせる。その顔には、聞くのが怖いと書いてあった。

「弱点、ないの」

 刹那の質問は、最も欲しい情報そのものだ。

「体が岩でできているだけあって重いから、泳げないというのは聞いたことがあるよ」

 殆どの鳥は泳げないのではないかと思ったが、口にするのは憚れた。

 刹那から宣言がある。

「いざとなったら、水場に落とす」

「実際問題無理だろ、それ」

 レパードの的確な突っ込みを受けた刹那は、自覚がないようで首を傾げている。

「あー、でも、それで船には近づいて来ないのかもね」

 ブライトは合点がいったとばかりに頷いた。

「そうなると、今回の水場は浅いのかな」

 溺れる場所にわざわざ巣をつくる鳥はいないだろうということだ。だから、刹那の水場に落とす作戦は、セーレまでロック鳥を連れていかない限り不可能である。

「そもそも、ロック鳥が出ると知っていてあんたはこの島に私たちを案内したんじゃないでしょうね?」

 言わねばと思っていたことだ。口にすると、ブライトに目を丸くされた。

「いやいや! そんな危険なところだと知っていたらあたしもすすめなかったよ!」

「どうだか」

「今なんて一緒に死地に向かっているわけだし? そんな自ら首を絞めることしないよ」

 必死に弁明される。最も、言わんとすることは分からないでもない。故に、それ以上は責められなかった。

「皆さん、そろそろ近いです」

 リュイスの声に、全員が口を閉じた。イユの記憶でも、水場まではあと少しだ。息を殺して、草間を潜り抜ける。

 目を凝らした先に、岩山が見えた。

「イユの目から見てどう?」

 背後にいたブライトに尋ねられ、イユは目を凝らす。岩山は月の光を浴びてぼんやりと浮かび上がっている。昼間以上に、不気味に思われた。その手元には、水辺がある。霧が出ており、大変見にくい。更に目を凝らせば、白色の草が見えた。

「見つけたわ。……よりにもよってだけれど」

「というと?」

 イユの発言から大体察しがついてほしいが、レパードはどうもその先を言わせたいらしく促してくる。

「岩山のすぐ下。いっぱい生えている」

 けれど、イユの目でもその中に目的の草があるかまでは分からない。

 ブライトは、シェルから借りてきた双眼鏡でその場所を見つけたようだ。

「うわぁ……、重なりすぎて判別がつきにくい」

 うっすらと霧が出ているために、余計に分からないのだ。

「考えたくないんだが、近づかないと無理か」

「うん。まぁ、そうだね」

 近づくのは、薬草に詳しいブライトで確定だ。それと護衛兼見張り役に一人は欲しいと考える。

「悪いが、刹那。裏側を見てもらってもよいか」

 岩山は大きいため、背後の様子までは分からない。そのためにレパードは刹那に指示したのだろう。刹那はすぐに駆け込んでいった。

「また囮が必要かしら」

 恐る恐る聞くと、

「そうだな」

 とレパードが腕組みして考える仕草をする。

 ところが、ゆっくりと囮役を考えている暇はなかった。

「皆さん、待ってください」

 リュイスが呼び止め、レパードは顔色を変える。二人の表情から、ロック鳥が近くにいることが察せられた。

 そして、それに答えるように岩山のほうからけたたましい鳴き声が響いた。

「見つかった!」

 イユは岩山を凝視する。しかし、声だけで姿は見えない。

「違います、僕らが気付いたのはそちらではなくて……」

「言ってないで逃げるぞ!」

 レパードに引っ張られて、何故か岩山のほうへ行かされる。

 わけのわからないまま走ってから、振り返り絶句した。


 ――――赤い眼が森の奥から覗いていたのだ。


「見つかったなんて、聞いてなーい!」

 涙声で叫びながら、背後でブライトが必死に走っている音を聞く。念のため杖を持たせておいて正解だった。この状況ではブライトを守っている余裕はない。

「けれど、水辺の先にだって……」

 月の光に照らされた地面が陰り、イユは恐る恐る首の向きを変えた。

 案の定、岩山の天辺にロック鳥が大きな翼を広げて待っていた。赤い瞳がイユを凝視している。

 挟み撃ちという、絶望的な事態にたまらず呻いた。

「ちょっと、あたしたち全員が囮役になったなんて聞いてないんだけれど!」

 イユが怒鳴れば、レパードに喚かれる。

「俺らだって、いきなり見つかるとは思ってもいねぇよ!」

 イユはおろか龍族二人がロック鳥の気配に気づかなかったのだ。巨鳥の大きさとは裏腹に、ロック鳥には誰にも気づかれず身を隠す性質が備わっているのかもしれない。

 森にいたロック鳥が駆け出す一方、互いにぶつかる危険性を考えたのか、岩山にいる方は下りてこない。代わりに雄たけびを上げている。

 びりびりと肌が痺れるのを感じつつも、イユたちは岩山と森の狭間で、ロック鳥のいない方角へと向かって走るしかなかった。

 そうなると、水場のある草原を岩山をぐるりと廻る形で走ることになる。遮るものが何も無いそこは、ロック鳥には大変飛びやすい場所だ。

 イユたちが走っていると、途端に地面がすっぽりと影に覆われた。すぐに影はイユたちを追い越す。

 遅れて風に背中から煽られるのを感じたイユは、慌てて自分の足にブレーキをかける。

 間髪入れずに目の前に大きな影が降り立った。

 砂埃が舞い上がり、腕で目を守る。その隙間から、ロック鳥が長い首を回して振り返るのが見えた。『逃げるなよ』と、言っているように感じる。

「逃げるわよ、あたりまえでしょう!」

 精一杯の返答をしてから、向きを変えて反対側へ走り出す。暫くすると、水辺へと足が浸かった。足がつかなくなったらどうしようかと思ったが、ブライトの予想通りに浅かったようだ。水は膝下までだった。足が取られて動きにくいが、走り続ける。当然のように、戦うことなど頭に全く浮かばない。


 そうして少ししてから、視界に映っているのがレパードとリュイスだけであることに気づく。

 振り返ってブライトを探したが、背後にいない。まさかと思い目を凝らしたところで、見つけた。

 あろうことかブライトは岩山のすぐ下で薬草探しに勤しんでいる。確かに薬草が見つからない限り、一行はここから離れることはできない。それは分かるが、あまりにも無謀な行為だ。

「いくらなんでも危ないです!」

 リュイスも気がついたようで、イユの気持ちを代弁した。

 だが逃げに手一杯のイユたちには、ブライトを心配して戻る余裕はない。今まさに、ロック鳥の雄叫びを背中から浴びているところなのだ。

「避けろ!」

 振り返る余裕もなかった。イユはとっさに身を翻し、走った。そのまま地面は水辺から土へと移る。

 ロック鳥が水辺に突っ込んだことは、水しぶきがイユに降りかかったことで知った。自ら水に沈みにいくとは思えないので、この程度の水であれば全く平気なのだろうと思わされる。

 咄嗟に水しぶきから腕で目を守っていると、声が聞こえた。


「あったぁ!」


 思わす姿を探してしまった。

 感心することに、ブライトはこの状況下、呑気に両手を挙げて喜んでいた。


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