その69 『差し出された手』
ジェイクが駆けつけてきたのは、そのときだった。
「おい、船長はこっちか!」
「どうかしたのですか?」
ただならぬ様子にリュイスが問いかける。
「おお、リュイスでもいい! 聞いてくれ!」
ジェイクは、少し前に『邪魔だ』と言われて部屋を追い出された一人である。そうであるにもかかわらず、この大声と慌てようだ。
そこまでの大事があったのか、それにしてはリュイスでも良いとはどういうわけか。
理解できずにいると、その答えがジェイクの口から発せられた。
「あのブライトって魔術師が、アグルを治す方法を知っているんだとよ!」
その言葉に喜んでよいのか疑ってよいのか真剣に分からなくなった。
ジェイクの話では、こうだ。
アグルのことが気がかりながらも業務に戻るため、廊下を歩いていた。そうすると、ブライトのいる部屋から、何やら騒がしい音がする。
「うるさいな! どうしたんだよ!」
そう、つい声を張り上げた途端、ぴたりと部屋の音が静まった。
そこで、そういえば部屋の中にいるのは女だったと気が付いたジェイクは猛省した。
「いや、怒鳴ってごめんな。何かあったのか?」
なるべく誠意が伝わるように謝ったところ、部屋からぽつりと声がする。
「……お腹すいた」
「えぇと、食べ物か? ちょっと船長の許可とってくるけど今、それどころじゃなくてさ」
さすがに女の頼みといえども、仲間が大変なときに食事を持っていける気がしないと、ジェイクは考えたらしい。落ち着いてから持ってくると約束する。
「大変そうだけど、何かあったの?」
ブライトに問われ答えて良いものかは、迷ったという。何せ、部屋に軟禁されている形の相手だ。あまり情報を与えるべきではない。一方で、それぐらいの情報ならば良いのではないかとも考えた。
「仲間が瀕死の重傷でさ。見たことのない症状なせいで、ちょっとばたばたしているんだ」
「……それ、どんな傷?」
「あ、いや、正しくは傷というか、足から順に岩になっていく現象で」
ジェイクが簡単に説明すると、まさかの答えがあった。
「それって、本で見たことがあるよ。『石化』っていう現象。確か、薬の調合方法が……」
薬の材料が次々と挙げられて、たいそう飛び上がったらしい。慌ててメモをしてここまでやってきたということだった。
「……ジェイク、うるさい」
ちょうどジェイクの話が終わったところで、医務室の扉が開いた。医務室前で騒がしくするジェイクを注意するために刹那がやってきたのだ。
早速ジェイクのメモを見せられた刹那は、それを持ったまま引っ込んでいった。
「あの材料で、本当に治るのかしら……」
イユには残念ながら文字が読めない。ただ材料は複数あるのは分かった。
「医者の判断を待つしかないですね」
リュイスの相槌に、ジェイクが
「頼むぜぇ」
と祈る声を出す。レンドはぴりぴりとした空気を隠さず沈黙を保ったままだ。
長く感じたが、実際は数分程度のことだろう。刹那がようやく扉から出てくる。
「どうなんだ」
待ちきれない様子のレンドの問いかけに、刹那はメモを一同へと広げた。
「いくつかはここにあるもので足りる。けれど、これ。よくわからない」
読めないイユに代わり、リュイスが読もうとする。
しかし、ジェイクの走り書きは、右下がり気味に書かれているかと思いきや、その次の行は真ん中の文字だけ異様に下がっているなど、統一性がない。眉間に皺を寄せているリュイスを見るに、解読が大変そうだ。
「『スズランの葉』……」
「違う、その下」
下の項目と上の項目が重ならんばかりにくっついていて分かりにくいのが、そのやり取りからも察せられた。
そうしたちょっとしたやり取りの時間も、レンドにはもどかしいらしい。本人に読ませろよと、苛々した様子だ。
「『ロック鳥の羽根』……?」
ようやく出た言葉に、イユはげんなりした。鳥と言われて、思い浮かぶのは一つしかない。
「……あれに羽根なんてあったの?」
仮に岩の鳥をロック鳥と呼ぶと仮定して、イユにはあの鳥は岩の塊にしか見えなかった。岩の鳥に羽の形こそあれ、羽根のような柔らかな素材は連想できない。
「というより、羽根なんて飲んで大丈夫なのか」
レンドの疑問に答えられる者はいない。これはブライトの秀逸な嫌がらせではないのかと、つい考える。だがそうしたことをしてもブライトには一銭の得もないのも明白だ。
仕方ないと、イユはため息をついた。
「……本人に問いただしたほうが早いわね」
ジェイクにはレパードを呼んできてもらうことにし、一行はブライトの部屋へと向かった。レパードを待つ時間も惜しいので、早速扉越しの会話を始める。
リュックが扉をノックすると、
「はーい」
と呑気な声が返ってきた。
「先ほどの石化を治すという薬の件です」
「よくわからない材料があるのよ」
リュイスの言葉にイユが補足すると、ブライトから
「何でも言って」
と明るく答えが返る。
「『ロック鳥の羽根』とは具体的にどのようなものなのでしょうか」
ブライトは渋ることはしなかった。その気になればこの情報と引き換えに、外に出してもらうよう交渉することもできるのではないかと思ったが、そこまでは考えていないらしい。
「ロック鳥っていう鳥の羽根に似ている薬草のことだよ。ロック鳥というのは、岩でできた鳥のことかな」
聞けば聞くほど出会った鳥のことな気がしてくる。
「あれに羽根なんてあるの? 岩でできているのでしょう?」
「あるって言われているね。岩のごく隙間に白い薄い毛みたいなのが生えているらしいよ」
らしいということは、現物を見たわけではないようだ。
「薬草のほうは水場に多く生息しているらしいんだけれど、専門家でないと判断が難しいかもね」
似たような草はたくさんあるからと、付け足す。
ブライトの発言だけでは信憑性に欠ける。薬絡みに詳しいだろう刹那を見ると、その通りだと言わんばかりに頷かれた。
「……だが、お前なら分かると」
会話に参加してきたのはレパードだった。
振り返ると、近くにジェイクもいる。連れてきたらしい。
「察しがいいね。あたしは標本でだけれど見たことがあるから判別つくと思うよ」
「ブライト。薬づくりの経験は」
刹那の言葉に、ブライトは自慢げに告げる。
「あるに決まっているじゃん。あたしは天才魔術師だよ。媚薬に眠り薬、毒薬に何でもござれだね」
挙げる例にろくな薬がないのは、ふざけているのだろう。
「……ちなみに、岩になる症状は普通ならどれぐらい持つんだ」
レパードの質問に全員が静まる。一番聞かなくてはならない答えだ。
「人によるけれど一日から二日の間。心臓の位置まで石で固まったら終わりだと思って」
まだアグルの症状は足先だけで済んでいた。それにほっとしたところをブライトが刺す。
「ただし、石化が進みすぎると薬を飲んでも後遺症が残ることがあるよ。場合によっては、石になった箇所が一生動かなくなることも」
それはある意味で死よりも鋭い現実を帯びてイユに突き刺さった。
「時間が勝負だと言いたいわけだな」
レパードの確認にブライトから返事がある。
「その通り。船長の英断に期待するよ」
レパードは間髪入れず、鍵を開けてみせた。
「船長……!」
驚くレンドに言い切ってみせる。
「こんなことで嘘をついてもこいつに得はない。仮にここで脱走しても外が危険な魔物の巣窟じゃ意味もないしな」
レパードはそう答えると、今度は扉の奥にいるブライトへと告げた。
「出て来いよ。鍵は開けた」
少しして、扉が鈍い音を立てる。ゆっくりと開かれていった。
「いやぁ、久しぶり!」
その声とともに、見慣れた魔術師が姿を現した。どこか足がおぼつかない様子で一瞬ふらっとし、慌てて態勢を立て直す。皆が藁にも縋る想いで期待した魔術師の登場にしては、あまりにもなっていない。
「……何していたの」
おまけに気づく。ブライトの目元には、大きな隈ができていたのだ。
「ん、なんか寝付けなくて徹夜しただけだよ」
そう言って、ふわぁっと大きな欠伸をしてみせる。
――――本当にこの頼りなさそうな魔術師に任せて大丈夫なのか。
皆が一斉に仲間同士で視線を合わせたことにも気づかないようで、ブライトはガッツポーズをしてみせた。
「ではでは、人助けの旅に出掛けよーう!」
もちろん、誰もその声に続いて返事などしなかった。




