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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その68 『助けたい、助からない』

「……イユ」

 まどろみの中で、誰かが名前を呼んでいる。それを自覚した途端、イユの意識が覚醒した。

「イユ、起きろ」

 声とともにイユの目が開く。

「ここは……?」

 目の前にいたのはレパードだ。珍しくほっとした顔をしていた。

「森の一画だ。お前らが倒れているのを見つけた」

 それを聞きながら、体を起こす。

「動けそうなのか」

「大丈夫みたい」

 身体に痛みは感じない。それを確認しつつ、周囲を見回す。そこは遺跡ではなかった。スズランが生い茂っている。それにしては地面が固くて冷たいと感じ、見下ろす。土にまみれているものの、先ほどの遺跡の床と同じものがイユたちの周りの地面にだけ残っていた。法陣に似た紋様が描かれているが、青い光はない。叩いても何も反応はない。

 諦めて顔を上げたところで、視界の端に刹那が映った。見たところ、怪我を負っている様子もなく至って元気そうだ。やはり、岩の鳥は刹那のことは無視しイユたちのみを追いかけていたようである。

 刹那は何やら懸命に作業している。アグルに薬を塗っているようだと遅れて気がついた。その近くにはリュイスがいる。刹那の治療を手伝っている様子だ。

「皆、生きているのよね」

 アグルが死んでいたら、薬を塗りはしないだろう。希望を込めて聞くと、レパードが頷いた。

「アグルは重傷だがな」

「岩の鳥は?」

 イユたちのすぐ近くにいたはずである。地面にまだ遺跡の一部が残っている以上、遺跡から離れていないのだと解釈する。そうすると、ゆっくりと話している暇などない。堪らず立ち上がり、周囲を改めて観察する。どこに行けば安全か、探ろうとしたのだ。

「落ち着け。少なくとも俺は見ていない」

 レパードに言われたことと改めての観察で理解が及んだ。恐ろしいことに、今まで一度も来たことのない場所にいる。スズランが咲いている森のなかであることに変わりはないが、このような床があれば森を歩いているときに、いやでも記憶に留まったはずだ。

 イユに考えられる推察は一つしかなかった。

「……飛ばされたってこと」

 思いついた可能性だ。あの青い光はイユたちを見知らぬ場所まで一気に移動させた。幾ら古代(アーティ)遺物(ファクト)が発達しているとしても、そのようなことは可能なのだろうかと思い悩む。困った末、レパードに聞いてみるが、知らないと首を横に振られた。

「俺は一人はぐれていた刹那と合流してお前らを探していた。お前たちはここで仲良く倒れていたんだ。お前たちのいうような遺跡のことも知らないし、岩の鳥も見つけてない」

 恐らくはリュイスも似たことをレパードに告げたのだろう。けれど、レパードにしてみればそれどころではなかったようだ。

「正直焦ったぞ。アグルはあんな状態だし、お前らの意識は全然戻らないときた。運良く見つけられたからいいものの、それこそ魔物が近くにいたら三人ともやられていただろ」

 レパードの説明に、聞いていたイユの顔も青くなった。イユたちが飛ばされてからどのくらい時間が経ったのかは分からないが、三人ともが意識のない状態では確かに危険だ。発見したレパードの焦りは十分に察せられた。

「イユさん」

 手当が終わったのか、リュイスがやってくる。

「僕もわからないことだらけですけれど、まずはセーレへ戻りましょう。早くしないとアグルが……」

 リュイスの声には、焦りが感じられた。

「不味いの」

「怪我、ひどい……」

 刹那も立ち上がって、声を掛けてくる。腑に落ちないが、そういっていられないのも事実だ。

 立ち上がったレパードがアグルを背負いに行く。それから、

「こっちだ」

 と首で道を差し示した。



 岩の鳥との鉢合わせに警戒しつつ、森のなかを進んでいく。レパードの後ろを歩いているせいで、アグルの様子がよく見える。イユの上着に包まったアグルは、何故か小さく感じた。

「セーレに戻ったら、アグルは助かるのかしら」

 観察し続けるのも嫌になり、隣の刹那に聞く。

「分からない。少なくとも、レヴァスに診てもらわないと、はっきりしたことは言えない」

「レヴァスはセーレにいる医者のことです」

 殿をいくリュイスから補足が入る。こくりと、刹那がそれに頷いた。

「傷によく効く特効薬は塗ったから、対処はした。後は専門家に聞くのが確実」

 刹那では専門家とは言えないらしいと解釈する。

「お前たち、休憩は大丈夫か? 大体、あと半分ってところだが」

 イユたちの体調を心配してか、レパードから声が掛かった。

「アグルが危ないんでしょう? 休んでいる場合じゃないわよ」

 言ってやるが、レパードには首を横に振られる。

「焦って行動した結果、余計に被害を増やすことはしたくない。お前らの話だと、魔物とやり合ったんだろう。無理に身体を動かして倒れられたら、他の奴らに負担がいく」

 レパードは口に出さなかったが、その結果セーレに辿り着くのが遅くなってしまっては元も子もないと言いたいようだ。

「平気。怪我もしてない」

「僕も大丈夫です。打ち身はありますが、遺跡にいる間休めたので」

「私も当然平気よ」

 全員の返答を聞いたレパードが再び歩き始める。後をついていきながらも、足の重さに気が付いた。怪我をしているわけでも疲労が溜まっているわけでもない。ただ、皆がアグルのことを考えているせいか、空気が重いのだ。さすがに耐えきれなくなり、リュイスに話を振ることにする。

「さっきの青い光は結局何だったのかしら」

「おそらく、古代(アーティ)遺物(ファクト)が生きていて、それを作動させてしまったのだと思います」

 前時代の人々は、魔術が使えない人でも魔術に似た力を使えるように、飛行石や機械を開発したと言われている。それは知識として知っていた。ただ、その説明で納得できるかどうかは別だ。

「あれも機械だというの。あんな、一気に私達を移動させるようなのも?」

「厳密にいうと、違います。『機械』は電気で動かしているもの、『気械』を飛行石だけで動かしているものとして、分けて呼びますから」

 リュイスの説明の後、刹那から補足がある。

「何によって動いているのか分かれば、『キカイ』」

 リュイスたちの見立てでは、青い光の起源となる古代(アーティ)遺物(ファクト)は何で動いているかよく分からないものだということらしい。

「細かいことはいいわよ」

 イユが聞きたいところはそこではないと言いかけたが、意外とこの話題はリュイスの興味を引いたようだ。

「以前、前時代よりも更に前の時代の古代(アーティ)遺物(ファクト)だけが、電気も飛行石も使っていない未知の力を使っていると聞いたことがあります。非常に古い時代らしく、その時代は奈落の海もなかったと言われています」

 と説明された。

「奈落の海がない?」

 イユに衝撃を与えた内容を、堪らず繰り返す。ピンとこない。もしそこに海がなければ地面は土だったということだろうかと、想像するので精一杯だ。

「はい。……その時代でしたら、何が起きても分からない程複雑な技術が使われている可能性はあります」

「つまり、遥か昔の遺産が生きていて、偶然私たちが動かしたっていうこと?」

「……それぐらいしか、僕には思いつきませんでした」

 リュイスの中でもしっくりはきていないらしい。だが少なくともこうして生きているのだ。狐に包まれたような気分だが、それにばかりは感謝しないといけないだろう。

「盛り上がっているとこ悪いが、ほらそろそろだぞ」

 レパードが首だけで示す。その視線を追った先、しばらくするとセーレが見えてきた。今日一日離れていただけなのにとてもほっとしてしまう。

 ヘリから乗り出したリーサが手を振っていて、生きて帰ってこられたことが無性に嬉しかった。



 セーレに近づいた途端、甲板にいたレンドが駆けつけてくる。

「船長、アグルは!」

 遅れて、ミンドール、ミスタ、ジェイクも走ってきた。彼らは先にセーレに戻り、待機していたらしい。

 その一歩後ろでは、リーサが心配そうな顔をしてぎゅっとバケツを握っている。

「見てのとおり重態だ。医務室に急ぐぞ」

 レパードの腕に抱かれたアグルは、イユの上着に包まって虫の息だ。


 レパードの後を追う形で医務室に向かう。医務室には既に情報が伝わっていたとみて、白装束の男が待機して待っていた。

「ここに寝かせてくれ、慎重に」

 レパードが言われたとおりに、複数ある真っ白なベッドのうちの一つへとアグルを寝かす。その間に刹那が医務室の奥へと駆け込んでいく。ばたばたとしている医務室で成り行きを見守るしかないのは、イユにリュイス、レンドにミンドール、ジェイクにレパードだ。リーサはアグルの部屋に行くと言って、途中で別れている。

 白装束の男は、金糸のような流れる金髪に、空色の瞳をしていた。面長で、四十代ぐらいの年齢に見える。その手元は、休まることなく動き続けている。

 ベッドに横になったアグルを見ながら何事かを指示すると、それを受けて刹那が薬品を持ってくる。

 緊迫した空気のなか、見守るしかないのは歯痒い。しかし、下手に入り込んでも邪魔してしまうと分かっている。

 じっとしていると、医務室の独特の匂いが鼻についた。奥には小部屋があり、ちらりと窺う限りでは薬品棚が並べられているようだ。そこから薬品の匂いが漂ってきているのだろうと推測する。

 刹那が普段ここに閉じこもって白装束の男、――――恐らくはレヴァスという人物――――、と一緒に仕事をしていたらしいことは想像できた。

 ふいに、痺れを切らしたのかレパードが口を開いた。

「レヴァス。アグルの状態はどうなんだ。助かりそうか」

 レヴァスと呼ばれた白装束の男は、一切レパードのことを見ずに言葉だけは返す。

「急患がいるときに僕に話しかけるのは君の悪い癖だよ、船長」

 口調は優しいしおっとりしているが、その手は止まらない。余裕がないことが察せられた。自覚があるのか帽子をくしゃりと潰して暗い顔を隠すレパードに、レヴァスは視線だけはアグルに向けたまま続ける。

「応急処置が良かった。腹の傷はどうにかなるだろう。問題は……」

 レヴァスはアグルの靴を脱がせ始める。

 すぐに露になった現実にイユは息を呑んだ。同じように医務室にいた誰かから悲鳴のようなうめき声が溢れた。アグルの肌が、あの岩の鳥と同じようなごつごつした肌触りのものになっている。

「肌が徐々に石になる症状。これは僕にはお手上げだ」



 数刻後、どうすることもできないままイユたちはじっとしていた。邪魔だと言われて、医務室からは追い出されている。その廊下で、イユとリュイスと、レンドが、ただ待っていた。レパードとミンドール、ジェイクは先ほどまでいたが、他の仕事も山積みなのだろう。どこかへ行ってしまった。刹那は今も、レヴァスと一緒に医務室だ。ちなみにリーサはアグルの衣類を医務室に届けに来たあと、シーツの替えを持ってきて、今度は汚れたシーツを洗いに行くと言って出ていった。手伝いたかったが、何故か動く気になれなかった。

「……本当にどうにもならないのでしょうか」

 肌が石になるという、謎の症状。あれは毒なのだろうか。一体アグルはいつまで持つのだろう。それすらも今のイユたちにはわからない。誰もリュイスの質問に答えられないまま、沈黙だけが過ぎていく。

「あの魔物を倒したら、解けたりしてな……」

 レンドが何を思ったのか、ナイフを取り出す。

 刀身を眺めるレンドに、不気味な雰囲気を感じる。イユは異能者施設に居た頃の女の存在を思い起こす。あのときと同じ死の気配が掠めた気がした。

「無茶なことを考えるのはやめて下さい」

 同じことを考えたのだろう。リュイスが止めに入る。

「無茶? そんなのはやってみねぇと……」

「あいつらは、つがいだった」

 有効な事実を叩きつけてやる。レンドは実際に岩の鳥を目にしているのだから、それが二体いると聞き動揺しないわけがなかった。


「……それでもお前らなら、人外のお前らなら」


 あまりに都合のよい発言に、苛々とした。

「あんたね! 私のことでさんざん揉めておいて、危険な魔物がでたら、手のひらを返して『助けてください』とか言うつもり?」

 レンドの目つきが変わるのを捉えた。ナイフを持っているのも忘れたのか、手を振り上げようとする動作に見入る。

 隣のリュイスが動きかけた気配を感じつつ、イユには何もできなかった。怖かったわけではないはずだ。ただ、口とは別に身体が固まっていた。咄嗟のことに反応ができなかったのだ。

 レンドはそこで急に腕を下ろすと、

「……悪い」

 とだけ吐き捨てた。重たい空気がさらに重くなる。そう思うのならばどこかへ行ってくれればよいのだが、レンドは頑なにこの場から離れようとはしなかった。


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