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カルタータ  作者: 希矢
第三章 『烙印を隠せ』
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その28 『三日目(後半)』

 朝食の後は、リーサの手伝いだ。刹那たちとは別れ、リーサと二人だけで、動き始める。案内された一室は、狭い倉庫だった。そこに並べられた籠に入っていたのは汚れた衣服だ。

「イユも洗いたいものはない? 昨日まではマーサさんが持ってきて下さったけれど、本当は皆ここに洗い物を置くことになっているの」

「大丈夫よ。それより、どうすればいいの」

 洗濯には、水の魔法石を使うらしい。甲板に籠を運びながら、この量をいつも一人で運んでいるのかと驚いた。

「そうね。マーサさんは今、食器洗いに忙しいし」

「他の船員は? 暇しているんじゃないの」

「まさか。ちゃんと仕事をしているわよ。ほら、甲板掃除もしているし」

 ほら、と言われて開けられた甲板の扉。その先で、床を走り回っている男たちが見える。

「今日は天気が良いから、お掃除日和にお洗濯日和よ」

 大きな桶に魔法石が投げ入れられると、途端に渦を巻いて水が溢れてくる。そこに衣類を入れて、早速洗い物がはじまった。

「汚れがきついのは洗剤を使うから言ってね」

 冷えた空気のなかでの洗い物だ。リーサの指先は既に赤くなっている。隣で同じように手伝いながら、イユはリーサから説明を聞く。

「多分、午前はこれで終わってしまうから、午後からは船内の掃除をお願いね」

「廊下掃除ね」

 昨日手伝った床磨きを思い出して、イユは問い掛ける。

「船員の部屋は掃除しないの?」

「えぇ、そこは各自でやってもらうわ。それと、今日は食堂を中心に頑張りたいと思っているから」

「分かったわ」

 洗い物は終わる度、甲板に干した。物干し竿に、ピンとのばされた衣類が増えていく。手に取ったズボンを同じようにのばしていたとき、扉が開く音がした。振り返ったところで、見慣れない少女に声を掛けられる。

「こんにちは」

「こんにちは、レイファさん」

 リーサの返事に倣って、イユも挨拶を返す。

 レイファと呼ばれた少女は、この寒さだというのに短パンを履いている。そこから、褐色のすらりとした足が覗いていた。

 深緑色の髪を三つ編みにしているのが、とても目を引く。その髪が引き締まったウエストのあたりで揺れている。

「今日の洗濯は外なのね! 間違えて洗濯物を落としちゃだめよ。シェルがまた泣いちゃうわ」

「もう、落としませんよ!」

 リーサが敬語を使っているのと、レイファの大人びた雰囲気から年上なのだろうと察する。からからと立てる笑い声が、どこか小気味いい。

「落とさなくても、風は強いから。気を付けてね!」

「分かっています!」

 レイファは梯子を軽快に登り始める。三つ編みが、ぽんぽんと跳ねるように揺れていた。

「全く、すぐにからかうのだから」

 レイファがあっという間に小さくなっていくのを見届けていると、リーサに膨れた顔をされた。

「さっきの人は見張りの仕事をしに行ったのよね」

「そうよ。レイファさんと言うの。格好いい人でしょ?」

 先程まで膨れていたのに、今度は憧れの視線で同意を求められる。

「そう? まだよく分からないわ」

「そこは同意しておいてよ。あのすらっとした体型とか、褐色の肌とか、姉御肌なところとか格好いいじゃない」

 そういうものなのだろうかと、イユはよくわからずに唸った。

「それにレイファさん、凄く強いのよ。こないだだってイクシウスの人たちを相手に一人で立ち回ったって」

 それを言ったらイユも負けていない気もしたが、あえて突っ込まないでおくことにする。そこで張り合っても、しかたがないと割り切った。

「だから、見張りもレイファさんに任せておけば安心ね」

「イクシウスの奴らが来るかもしれないから?」

 リーサから「それもだけど」と補足される。それにより、レイファの話題から話は発展していった。

「空から魔物がくることもあるし、空賊も来るしね」

「てっきりこの船が空賊だと思っていたわ」

 素直にそう言うと、その感想が面白かったのか、

「そう思うのも無理もないわね」

 と笑みを向けられる。

「船長見ると勘違いするわよね。でも、私たちはギルド船よ。空賊ギルドもあるけれど、盗みはしないから安心して」

「ギルド……?」

 ちらっとレパードが『インセートはギルドの管轄だ』と言っていたと、思い起こす。

「あら、知らないの? そうねぇ……、どの国にも属さない民間組織、ってところかな」

 その言葉に、目が丸くなった。

「この船、民間組織だったの!」

「そこ、そんなに驚くところかしら……。でも、少し違うわ。ギルドのなかで特別に名前を借りているだけよ」

 リーサが言うには、世の中には職業毎に分かれたギルドという民間組織があるのだという。例えば、魔物退治を専門とする人々の集まり、島と島を行き交い商品を売りさばく商人たちの集い、古代遺物(アーティファクト)を発掘する集団などだ。中には人々の困りごとを解決する専門家なんてものもあるのだという。

 はじめはばらばらで、やっていることも千差万別な集団だったが、それらを結びつけた人物がいる。それがギルドの創設者である。今までの集団や集まりにギルドという名を与え、ギルド間で情報共有ができる仕組みを構築したのだ。

 そうすることで、一つのギルドでは手に余ることを他のギルドの力を借りて解決できるようになった。

 たとえば、商人ギルドが商売先で大型の魔物を偶然発見し退治を依頼する。すると、魔物退治専門家ギルドに連絡が行き、退治を行う。結果、商人ギルドは商売ができ、魔物退治専門家ギルドは仕事にありつけるようになる。

 今まで滞っていた世界中で起きていた問題は、ギルドの協力で解決していく。こうした積み重ねは意外なほどに効果的だった。初めこそは小規模だったギルドは、いつの間にか国という枠を超えて、互いに助け合うことにより急成長を遂げていったのだ。今では大きな力を持ち、生活に困窮した人々を救済する民間組織としての側面も持つようになったのだという。世界規模まで発展したそこに、リーサたちのいる飛行船『セーレ』は名前だけ借りている形だ。

「ギルドはね、政府では対応できないような問題を解決することもあるのよ」

 どの国にも政府はある。イユが知る限り、そこに所属しているのは貴族とも呼ばれる魔術師だけだ。彼らは自分より力を持つ存在を嫌う。だからこそ、イユは今まで逃げてきたのだ。

「政府は何か言ってこないの?」

「そこは国によるわね。イクシウスはギルドとは不仲だけれどシェパングはそうでもないのよ」

 政府がお手上げの問題を市民には内密に解決するといったこともあるらしい。幾ら頭の硬い魔術師でも、自分たちの困りごとを解決してくれる存在には表立って牙は剥かないのだと、複雑な心境になった。

 それはそれとして、ようやく合点がいく。空賊だと考えると、リーサのような一般人がいる説明がつかずわけがわからなかったのだ。組織ならば、まだ納得がいくというものだ。

 とはいえ、船長が龍族であることを考えると、余計に腑に落ちない部分もある。

 聞くと、「ごめんなさい」と謝られるので、どうやらそこからは聞いてはいけない情報になるらしいと解釈する。

「でも、ギルドを名乗る人が必ずしもいい人とは限らないから気を付けてね」

「どういうことよ?」

「ギルドの一番上の人って器が大きいというかなんというか、基本的に誰でもギルドという組織に組み込んじゃうみたいなの。だから、空賊だったり暗殺だったりが得意な怖い組織もいるのよ」

 前にね、と嫌な話を続けられる。

「頻繁に船に侵入されて襲われたことがあったから、あなたも気を付けてね」

「襲われたって、リーサが?」

「私は大丈夫だったけれど、数人が犠牲になったのよ。だから見張りをおいているわ」

 船の中にいれば直接的な身の危険はないと感じていたので、背筋が寒くなる。聞いていなければ、確実に油断している。

「さぁ、これで最後ね。少し早いかもだけれど、良い時間だわ。お昼ご飯を食べにいきましょう」

 物干し竿に最後の一着を干したリーサから、そう提案がある。話はここで途切れ、イユも気持ちを切り替えるように立ち上がる。優しい日射しと冷たい風が、干したばかりの衣類を揺らしている。延びた影が甲板にくっきりと浮かんで、離れなかった。


 食堂はまだ静かだった。ちらりと周囲を見渡したが、クルトや刹那はおろか、リュイスやレパードの姿もない。

「やっぱり、少し早過ぎてしまったみたいね」

 テーブルの配置が昨晩までのものに戻っている。リーサに促されて座ると、途端に空腹を感じた。

「ふふ、いらっしゃい。イユちゃん、リーサちゃん」

 声とともにやってきたのはマーサだ。テーブルの真ん中にバスケットが置かれる。そこにサンドイッチが入っていた。

「ありがとうございます、マーサさん」

「おかわりは自由よ。フルーツサンドもあるからいただいてね」

「フルーツサンド?」

 聞き慣れない言葉に戸惑ったのを察してか、すぐにリーサから解説が入る。

「パンに今朝食べた果物を挟んだ食べ物よ」

 果物と聞いて、イユは思わずサンドイッチの中身を確認する。パンの隙間から覗く赤い果物が、きらきらと自己主張していた。

「おかわり自由なのね!」

 フルーツサンドはただ果物がパンに挟まれているだけではなく、甘くて白いクリームが塗られていた。贅沢な甘さが、イユの口の中で溶けていく。無我夢中で食べたのは、言うまでもない。気付けばマーサはいなくなり、いつの間にか同じ席に刹那が座っていた。



 昼食が終わってからは、いよいよ掃除である。食堂の掃除はマーサの指示から始まった。

「イユちゃんには、テーブルを拭いてもらおうかしら」

 やはり厨房の出入りは許されていないようだ。リーサが椅子を綺麗にしまっている間に、イユは言われた通りテーブルを拭いていく。二人で食堂を綺麗にしている間、厨房から水の音が聞こえてくる。マーサが食器洗いをしているのだろうことは想像がついた。

「一人で全員分は大変そうね」

「センさんもいるから一人ではないけれど、確かにそうね。せめて、ここの床掃除は私たちでしてしまいましょう」

 床掃除が終わった後は香水も撒いた。乾燥させた花の入った不思議な液体を撒けば、涼やかな花の香が一面に広がる。香りが強すぎないあたりに好感が持てる。これもクルトの手作りだと聞けば、その多才ぶりに脱帽するしかない。



 変化があったのは夕食だった。朝食と同じメンバーでテーブルを囲んでいると、レパードから連絡があったのだ。

「皆、聞いてくれ。知っていると思うが今朝からリバストン域に突入している。今はまだいいが、そのうち流れがややこしくなると飛行岩に衝突することが出てくるだろう」

 揺れるからな、と念押しされる。

「そうなったら、すぐに修理だ。いつでも動けるようにだけ、しておいてくれ」

 その場にいた全員から一斉に声が上がる。どれも承諾の声だが、具体的な掛け声は決まっていないようで、皆まちまちだ。リーサは静かに頷いており、クルトに至っては「へぇい」などと言いながら、被っている帽子をいじっている。

 やがて、それらが一通り静まると、レパードから付け足しがあった。

「あぁ、それと見張りを強化する。クルト」

 隣に座っていたクルトが大慌てで席を立つ。

「はい?」

「お前、昨日さぼっただろ。知っているぞ」

 昨日の見張りはクルトだったらしい。ということは、見張り台には一人も人がいなかったのだろう。イユは薄ら寒いものを感じた。改めて、昨晩聞こえた足音の正体に見当がつかないことに気が付いたからだ。

「だって、イユの靴を作っていたらつい」

 心配はすぐに吹き飛んだ。何を余計な言い訳をしているのだと慌てる。折角大人しくしているのにこれだとまるでイユのせいで見張りがいなくなったように聞こえてしまう。

「ちょっと! 私は関係ないでしょ!」

 騒ぐと、「うるさいお前ら」とレパードから文句が飛んできた。

「とにかくだ。これから念のためしっかり見張れそうな奴を複数人置く。寝ている間に飛行岩に大穴開けられて死んでいました、はごめんだからな。わかったか?」

 一同の掛け声は、今回はなかった。気になって食堂を見回すと、皆が一様に頷いている様子が見てとれる。おちゃらけていた人物は見張りのサボりで名指しされて大人しく座り込んでいる。そうなると、声を出す気にもなれないのだろう。

 空気を変えたのは、レパードの「以上」と言う言葉だ。途端に、がやがやした雰囲気が戻った。

 最も、周囲の騒がしさに釣られる気はしない。イユの気持ちは晴れないままだ。

「むぅ、むくれないでよ。これあげるからさ」

 クルトに夕飯のウインナーをもらいながらも、イユはレパードから視線がくるのではないかと内心不安でいた。



「それじゃあ、また明日ね」

「えぇ」

「リーサもイユも刹那も、おやすぅ」

「おやすみ」

 互いに声を掛け合いながら、解散する。刹那は仕事が残っているらしく、挨拶と同時に駆け込んでいった。クルトとリーサは、これで仕事も終わりらしい。ただ、二人の部屋は階段を上がった先だから、すぐに分かれることになる。

 イユは不安な気持ちを消せないまま、一人部屋へと戻る道を歩く。短い距離なのに、足取りが重いせいでやたら時間が掛かった。

 扉を開けると、今朝と変わらない自分の部屋に出迎えられる。綺麗にしたつもりだったのにどこか散らかったままのベッドを見ていたら、身体の力が抜ける感覚がした。

 それで、ほっとしている自分に気付く。確かにいろいろあったが無事三日目を乗り切ったのだと実感する。意外とあっという間だ。

 ベッドに腰を下ろしながら、衣類の汚れを確認する。


 今日はそんなに汚れていない。シャワーに入るのも今度でいいだろう。あそこにいた間は、シャワーを浴びること自体珍しいことだったのだ。それに比べれば、今の自分はずっと小綺麗である。


 そのようなことを考えながらそのままベッドに倒れるように横になる。

 そこに、控えめなノック音が聞こえてきた。


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