その26 『もう一つの夜(レパード編)』
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甲板にもたれ、眩しいだけの星を見る。白い吐息は、瞬く間に漆黒の空に攫われていった。
「……風が強くなってきたな」
夜風は、僅かな衣擦れも運ぶ。見やると、案の定翠の髪の少年がレパードへと足を運んでくるところだった。
「お前か? イユが聞いた足音というのは」
意外だったのだろうか、リュイスはきょとんとした顔を浮かべてみせる。
「えっと……、何のことでしょうか」
本当に分からないか、或いは分からないふりをしているのか、レパードには判断が付かなかった。
しかし、リュイスでないのであれば、不審な足音とやらが『あの女』の可能性もでてくる。
「分からないならいい。念のため、警戒しとけよ」
お前は狙われているらしいからな、と付け加える。
神妙に頷いてみせたリュイスだが、次の言葉は話を切り替えるものだった。
「それより、先ほどの……。少し、責めすぎじゃないでしょうか」
人の心配をする場合ではないだろうに、そう零される。その言葉で、ある程度聞かれていたことを察する。
「お前が優しすぎるんだ」
そのせいで誰かが用心深くならないといけないのだと、言ってやりたくなる。
「大体、どういうつもりだ」
何度か話し合ったことを、ついつい口に出してしまう。
「リアの件で懲りただろうが」
「……すみません」
繰り返し聞く謝罪だ。リュイスの悪い癖は、いまだに治らない。
だが、今回ばかりは謝罪ではすまない。
「考えなかったのか、セーレに危険が及ぶことを」
「……」
昼間と一字一句違わない台詞だと自嘲する。返ってきた言葉も案の定だった。
「それでも、放っておけなかったんです」
リュイスは、お人よしすぎるのだ。だからこそ、レパードの悩みの種となっている。尤もそれがなければ、レパードもセーレにはいないだろう。
だからこそ、馬鹿らしくなる。リュイスも昼間と同じやり取りをしたくて、甲板に出てきたわけではあるまい。
だが、どうしても一言だけ言ってやりたくなった。
「あのイユですら、レイヴィートにお前がいたことを不審がって聞いてくる始末だぞ」
どこまでお人よしでいる気なのだと。
「……リアの最後のお願いでしたから」
「裏切り者の、願いねぇ」
――――いい加減、正気になれ。
どこの誰が、死んだ奴の、しかも裏切り者の、かつての願いのためなどに、危険を冒して一人ででていくと言い出すのだ。リュイスでなかったら、レパードはレイヴィートに迎えになどいかなかっただろう。
しかし、何度問い詰めてもリュイスは折れるどころかむしろ頑固にお人よしを貫こうとする。
いまだに、昔のことを引き摺っているからだ。そうとしか思えなかった。
「裏切り者のせいで死ぬ奴がでたら、今度はどうするつもりだ」
「イユさんは、大丈夫だと思います」
「確証はないだろう。インセートまで大人しくしているとも限らない」
「ですが」
「俺が言いたいのは、イユが白か黒かという話じゃない。それを考えるのは俺の仕事だ。お前がやるべきなのは、『裏切り者のせいで死ぬ奴がでたら、どうするか』、だ」
少し考える素振りをみせる。言いたいことにようやく、気づいたようだ。
「……そんなことは、ないようにします」
さすがに懲りてもいたらしく、珍しく殊勝な意見がでた。
「前回みたいに、ダンマリはしないか」
異能者のリア。彼女は、イクシウスの関係者だった。その証拠をつかんでいたのに、リュイスは黙って見逃したことがある。
「はい」
全く、今はその答えで満足するしかないのだろうか。
リュイスの落ち込んだような顔を見ながら、やれやれと首を振った。
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