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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第十二話 君が生きた証なんて言うふざけた定義
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 先生が口火を切ったのは、泣きやんで相当たってからだった。


「………男の子が訪ねてきました」


 何の話だ? と首をかしげる僕にはかまわず、ゆきこ先生は話し続ける。


「以前から、慧さんに会いたい、って、警察の方に言っていたらしいんですけど、埒が明かないって。

 もう無理矢理行くしかないって思って、って言ってました。――――それで、病院中聞きまわって私のところに、たどり着いたらしいです」


 話が見えない。

 ずび、っと鼻を啜った先生は、そんな僕を見透かしたように「それじゃあ分かりませんよね」


 そう言って、僕の背中から離れた。



「ごめんなさい、いっぱい濡らしてしまいました」

「少しは、どうにかなりました?」

「………はい。ありがとうございました」


 こんなときでも、きっちりとしている。そんな先生を、素直に尊敬している。


 僕は、そこまで大人になりきれていないみたいだから。



 先生はしばらく考えるように黙っていたが、静かに立ち上がった。取り残された僕は、その背中を目で追いかける。

 無言で先生は机の引き出しを開けた。

 先生が取り出したのは、白い布に包まれた何かだった。


「これを、彼からあなたに、とあずかりました」


 先生は僕を正面からじ、っと見つめて、言った。



 差し出された、その掌の上に乗った白い布に包まれた、「それ」をみる。


 なんとなく、かたちからそれが何なのかが分かってしまったような気がした。



 両手を差し出して、それを受け取った。白い布を無言のまま剥ぎ取った。

 その下にあったのは


「――――――――………っ――――――……」


 それはやっぱり、



「………こんなになっちゃってさぁ――――……」



 彼女の、ヘッドフォンだった。



 薄紫の、刺繍。確かにそれは、彼女のものの証拠だ。

 ただ、側面はひしゃげて、そのもとの形は影も形も無い。雫のものだろうか。血に、(まみ)れている。あんなにごつかったヘッドフォンが、途端に小さくなってしまったような気がした。

 苦しくなって、胸を押さえた。先生が気遣うように、僕の背に手を当てた。


 こんなに。どうして。


 苦しかったろう


 辛かったろう――――――



 最期の彼女の悲鳴が、聞こえてくるようだった。聞きたかった声。せめて最後、最期だけでもそばにいたかったのに。

 ずっと、守る、って。


 決めてたのに。


 先生が、呼吸を整える僕の背に語りかけた。

「彼に、会いますか?」


 必死に首をふる。

 彼が何なのか、知りたかった。そして、警察の人から、「僕に会いたがっている人がいる」って言われていたことを思い出した。

 ずっと、待たせてしまっていたのか。

 悪いことを、した。


 知りたかった。


 どうやって、彼女が終わりを迎えたのか。彼が知っているのなら、その口から聞きたかった。



 顔を上げる。ゆきこ先生は涙の跡が残る顔を、しっかりと僕に向けていた。



「やっと、人間らしい表情になりましたね」


 ―――――――え…――?



「ずっと、あなたが死んだ人みたいに“からっぽ”だったから……――逃げてたから。

 嫌で嫌で仕方がなかった。

 でも、もう大丈夫ですよね――――そんな顔できるなら、ちゃんとこれからも息、できますよね」



 何が言いたいのかは、もう、分かる。


 僕は目を細めて、頷いた。


 僕の、自嘲以外の、初めての笑顔だったかも知れない。



 それを見た先生は満足そうにうなずいて、「慧さん」

 僕の肩にそっと触れる。


「頼ってください。世界が怖いって、そうやって頭抱えてしゃがみこむんじゃなくて、私たちを頼ってください」


 お兄ちゃんでもいいんですよ。


「誰でもいい。でも、一人にだけはならないで」



「私たちはあなたたちの、あなたたちだけのためにいるんです。そのくらいに思ってくれて、想ってくれていいですから。迷惑なんて、ないですから」



 言葉が、乾き切った心に、甘い水のように染みわたった。


 僕は頷く。馬鹿みたいに。



 辛いのは。苦しいのは。


 僕だけじゃ、ないから。

 だから大丈夫なんてわけにはいかないけど―――――少しは楽になれるかな。



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