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それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第八話 運命の曲がり角
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038


「………くん、決めた」


 背後から彼女の震える声が聞こえて、僕はキャンバスから顔を上げた。

 振り返る。

 彼女が紫苑を抱きしめたまま、そこに立っていた。


「決めたよ、私………」



「歌う。歌うから―――――お願い、見ていて」



 手に持っていた、絵筆をパレッドに置く。絵具で汚れた顔をタオルで拭う。

 そして、僕は立ち上がって、紫苑と彼女の前に立った。


「……君の選択を、僕は尊重する、って決めてた。だけど……」


「嬉しいよ」


 多分、ここで僕は笑ったのだろう。

 彼女がほっとした表情を見せて、ありがとう、と紫苑を抱き寄せた。じゃあ、と、何を言うのかと思えば、彼女は表情を引き締めた。

「……くん、家事は大体出来るから、お掃除の仕方、教えなきゃね」


 …………それだけは勘弁して下さい。



 § § §



 それから、何をどうしたらいいのか、二人で真剣に話し合った。膝を突き合わせて、本当に、真剣に。


「僕に紫苑の世話ができるかな」

「おっぱいはどうしたらいいんだろう」

「また生活リズム崩れて、体調崩したりしないかな」

「どうしたら一緒にごはん食べられると思う?」


 この問題たちを解決するのは、容易なことではなかった。ただ、彼女が前向きになってくれたことが嬉しくて、眠気も忘れて、夜中まで話し込んだ。


 ふぁあ、と、あくびをした彼女の額が、僕の胸にごとんとついて、眠気を思い出す。


 もう日付が変わっていた。


 彼女は僕の胸に額をつけたまま、寝息を立て始めていた。



 僕も、今更のようにこみ上げてきたあくびをかみ殺す。

 ぶんぶんと首を振ると、少しだけ眠気が取れて、僕はため息をついた。



「……君、きーみ」

 彼女の肩をゆする。彼女は呻いて首を振る。

「起きて、ベット行こう。身体壊すって」

「……ん、やーだ。ねたいー……」

「だから、寝ていいから。ちょっとだけ頑張って、ね?」


 半分引きずるようにして、彼女をベットまで運んだ。布団にくるませた途端、寝息を立て始めた彼女の横顔を見て、僕は静かに嘆息する。


「 」


 名前を呼んだ。少しだけ高い体温を分けてもらうようにして、触れた頬はあたたかかった。



 これから、大変なこと、たくさんあるよ。

 つらいことも、哀しいことも。

 今からだって―――――多分、大変になる思う。でもどうしてかな?


 彼女の額に、額をつける。呼吸を、近くで感じた。



 ――――君となら、大丈夫かななんて、思うんだ。――――


 だから、頑張ろうね。

 そう心の中で呟いて、僕は目を閉じる。心地よい眠気と倦怠感が全身を襲った。



 僕がその後、その体勢のまま眠りに落ちるのに、時間はかからなかった。



 § § §



 行ってきます。


 そう、呟いた彼女が、朝の光の中で微笑んだ。「……くん」

 僕の名前を呼んで、まだ眠たげに、しきりに目元をこすっている僕の袖をつかむ。


「任せたからね、―――――頼る、からね」


「………うん、任された。ばっちこーい」

 ………何それ不安だなあ。


 そう呟くと、彼女はだるそうにしている僕を引き寄せて、抱きしめた。



 僕たちの運命が、少しずつ舵切りを誤った朝だった。




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