023
寒さに耐えて、
いつの間にかクリスマスもお正月もあたりまえみたいに過ぎて。
そしてゆっくりと時間はめぐって、彼女のお腹はだいぶ目立つようになってきた。
「あ、動いた」
彼女のお腹に手を当てた僕はゆっくりと嘆息する。そんな僕に対して、彼女は僕の頬に額を寄せて、小さな声でささやいた。
「……もう、耳出来て聴こえてるんだってね、紫苑」
「ん? じゃあ、この会話も聞こえてるってこと?」
「んー、そういうことになるね。どんなふうに聞こえてるのかな、見当もつかないけど」
「へえ……」
なんだか、嬉しいような。
さらに背中を丸めて、彼女のお腹に額を付ける。
「ちょっと。くすぐったいよ」
彼女が僕の頭を小突いた。
なんて、そんな時間すら愛しくて。
「ん―――」
思わず漏れてしまうのは、自分でもぎょっとするほどの甘え切った声。
なんていうか、さ。
このあったかい時間がずっと続けばいいのに、なんて思うんだよ。
「………ねえ君」
「ん、何?」
「紫苑、どんな人になるのかな」
彼女はしばらく黙っていた。
さあ。そんなささやき声で応えた彼女は、くすりと笑って肩をすくめた。
「どうだろうねぇ………あなたみたいな世界を見て。私みたいに世界を聞くことになるとしたら」
大変だろうねぇ。
「大変…か」
まあ、そうだろうな。
薄眼を開いて、目の前の命を見つめる。時々不安になるよ、さすがに。でも、それでも――――――
「楽しみ、だよね」
そう、彼女が僕の言葉を柔らかくつないだ。僕はうん、とゆっくり頷いて、その温かい肌に額をすりよせた。
「楽しみ……そうだね、ほんとうに」
また、紫苑が動いた。足、だと思う、その小さな何かが額にヒットする。……こらえきれず、ぷは、っと吹き出しながら呟いてしまった。
「痛い、痛いって」
ん、と彼女が目を丸くした。「どうしたの?」
「い、いやさ、紫苑、僕のこと蹴ってやんの、君ごしに」
「あら、ほんと? かわいいじゃない」
「ほんとだよ」
………本当に、だ。
僕はまた一つ、息を吐いて顔を上げる。
「あと、何カ月だっけ?」
「んー、予定は一応三月だからねえ、あと……二か月くらい?」
「わ、もうそんな。早いなあ」
「いやいや、私にとっては恐ろしく長かったけど」
彼女の瞳が僕をまっすぐ見つめていた。
「………どうして」
考える前に、言葉が口から雫れおちていく。
「君の瞳はそんな色なの?」
彼女がこてん、とかわいらしく首をかしげる。「め?」
「そう………ずっと気になってた。その、紫色」
「………ああ、」
そんなこと。
「気になってたならもっと早くに聞けばよかったのに。そんな変な事じゃないよ? 私、実は身体の色素けっこう薄いんだ、ほら、ね」
ね、といった彼女はずい、とその距離を詰めてきた。
思わず距離を取ろうとした僕にはかまわず、「見て」とその目を覗き込んでくる。
その、紫がかった大きな瞳を―――――ん?
紫?
「え、まさかだけどさ」
うん。彼女は僕の至近距離で頷かずに、声だけで応える。
「この色って―――――紫じゃなくて、青?」
彼女がやっと僕から離れてくれた。彼女は満面の笑みで僕に微笑みかけて、「正解」と歌うように言った。
「そう、青―――――と言っても、黒と混じってめちゃくちゃ分かりずらいんだけどね………って、お医者さんには言われたみたい」
「………白子って、奴か」
「そう、なんだ、知ってるじゃん」
「いや、まさか君がそうだとは知らなかったよ」
へえ、じゃあ、紫苑も?
「さあ」
彼女は微笑んだまま言う。「遺伝ではないみたいだけどねえ、そうかも知れないよ? まあ、あと二カ月のお預け」
ああ、駄目だ。
手がふらりと逃げ出して、筆とノートを探した。描きたいものがたくさんある。
そこにいるのに、まだ出逢えない君へ。
君をまぶたの裏に描くたびにまた、君に会いたくなるんだ。
だから早く―――――おいで?
僕も、お母さんも。
君に会いたくて仕方ないんだよー。




