表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それはやっぱり、君でした。  作者: せみまる
第五話 薄紫色の理由
26/70

023


 寒さに耐えて、


 いつの間にかクリスマスもお正月もあたりまえみたいに過ぎて。



 そしてゆっくりと時間はめぐって、彼女のお腹はだいぶ目立つようになってきた。


「あ、動いた」

 彼女のお腹に手を当てた僕はゆっくりと嘆息する。そんな僕に対して、彼女は僕の頬に額を寄せて、小さな声でささやいた。

「……もう、耳出来て聴こえてるんだってね、紫苑」

「ん? じゃあ、この会話も聞こえてるってこと?」

「んー、そういうことになるね。どんなふうに聞こえてるのかな、見当もつかないけど」

「へえ……」


 なんだか、嬉しいような。

 さらに背中を丸めて、彼女のお腹に額を付ける。


「ちょっと。くすぐったいよ」


 彼女が僕の頭を小突いた。

 なんて、そんな時間すら愛しくて。


「ん―――」


 思わず漏れてしまうのは、自分でもぎょっとするほどの甘え切った声。

 なんていうか、さ。

 このあったかい時間がずっと続けばいいのに、なんて思うんだよ。


「………ねえ君」

「ん、何?」

「紫苑、どんな人になるのかな」


 彼女はしばらく黙っていた。

 さあ。そんなささやき声で応えた彼女は、くすりと笑って肩をすくめた。


「どうだろうねぇ………あなたみたいな世界を見て。私みたいに世界を聞くことになるとしたら」


 大変だろうねぇ。


「大変…か」

 まあ、そうだろうな。

 薄眼を開いて、目の前の命を見つめる。時々不安になるよ、さすがに。でも、それでも――――――


「楽しみ、だよね」

 そう、彼女が僕の言葉を柔らかくつないだ。僕はうん、とゆっくり頷いて、その温かい肌に額をすりよせた。

「楽しみ……そうだね、ほんとうに」

 また、紫苑が動いた。足、だと思う、その小さな何かが額にヒットする。……こらえきれず、ぷは、っと吹き出しながら呟いてしまった。

「痛い、痛いって」

 ん、と彼女が目を丸くした。「どうしたの?」


「い、いやさ、紫苑、僕のこと蹴ってやんの、君ごしに」

「あら、ほんと? かわいいじゃない」

「ほんとだよ」


 ………本当に、だ。

 僕はまた一つ、息を()いて顔を上げる。


「あと、何カ月だっけ?」

「んー、予定は一応三月だからねえ、あと……二か月くらい?」

「わ、もうそんな。早いなあ」

「いやいや、私にとっては恐ろしく長かったけど」


 彼女の瞳が僕をまっすぐ見つめていた。

「………どうして」

 考える前に、言葉が口から雫れおちていく。


「君の()はそんな色なの?」


 彼女がこてん、とかわいらしく首をかしげる。「め?」

「そう………ずっと気になってた。その、紫色」


「………ああ、」

 そんなこと。


「気になってたならもっと早くに聞けばよかったのに。そんな変な事じゃないよ? 私、実は身体の色素けっこう薄いんだ、ほら、ね」


 ね、といった彼女はずい、とその距離を詰めてきた。

 思わず距離を取ろうとした僕にはかまわず、「見て」とその目を覗き込んでくる。


 その、紫がかった大きな瞳を―――――ん?


 紫?


「え、まさかだけどさ」

 うん。彼女は僕の至近距離で頷かずに、声だけで応える。


「この色って―――――紫じゃなくて、青?」


 彼女がやっと僕から離れてくれた。彼女は満面の笑みで僕に微笑みかけて、「正解」と歌うように言った。

「そう、青―――――と言っても、黒と混じってめちゃくちゃ分かりずらいんだけどね………って、お医者さんには言われたみたい」

「………白子(しらこ)って、奴か」

「そう、なんだ、知ってるじゃん」

「いや、まさか君がそうだとは知らなかったよ」


 へえ、じゃあ、紫苑も?


「さあ」

 彼女は微笑んだまま言う。「遺伝ではないみたいだけどねえ、そうかも知れないよ? まあ、あと二カ月のお預け」


 ああ、駄目だ。


 手がふらりと逃げ出して、筆とノートを探した。描きたいものがたくさんある。


 そこにいるのに、まだ出逢えない君へ。

 君をまぶたの裏に描くたびにまた、君に会いたくなるんだ。


 だから早く―――――おいで?

 僕も、お母さんも。


 君に会いたくて仕方ないんだよー。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ