011
「あのね、……くん」
「話したいことが、あるの」
そう、彼女がやっと口を開いたのは、もう夜が明けるころだった。
おかしいとは思っていた。
珍しく自分から僕の布団にもぐりこんできたし、眠れないみたいでずっともぞもぞと動いていたし。
本当にやっと、だ。
僕もいい加減眠いんだが。
「……………どしたの」
彼女の頭を抱え込み、僕は問う。彼女は僕の首と肩の間でふうぅ、とうなると、意を決したように僕から離れた。
予想していなかった行動に、僕はただ、目を見開く。
「―――――――あのっ、えっと」
「言おうと思ってたの。でも、なんかタイミングずっと逃し続けて。あ、えっと違うのっ、心配掛けてごめんなさい。私が悪くて。………あー、だからっ、私が言いたいのは」
「お願いします私を嫌いにならないで」
「――――――――は?」
彼女は真っ赤な顔でうつむいている。思わず漏れ出てしまった間抜けな声に、また怯えるように彼女は肩をすくめた。
「………実は」
彼女は、手の甲に筋がたつぐらいの強さで自分のネグリジェの裾を握りしめた。細い太腿がちらりとのぞいた。
「赤ちゃんが、出来ました」
開いた口がふさがらないとは、このことを言うのだろう。そんなばかばかしいことを思いながら。
僕はげほげほ、と激しく咳き込んだ。
一時間後。
そのまま泣き出してしまった彼女に、取りあえず落ち着いて、とお茶を出し、僕と彼女はカーペットの上で向かい合う。
「ちょっとは落ち着いてきた?」
マグカップを両手で包み込んだ彼女はこく、と頷く。その頭を包みこむように撫でると、彼女は目を眇めてごめんなさい、ともう一度呟いた。
「生理が来なかったから怖くなって、病院行ったの。そしたらっ………二か月だって、言われて。堕ろすんだったらすぐに決めてねって。
あなたとはそんな話全然してなかったし避妊もしてたのに、どうしようって」
いや。
いやいやいやいやいや。
むしろうれしいんですけど。
なんて言っても信じてくれないんだろうなぁ。
「最近、なんかうるさいって感じること多くて。この三日間くらいは気持ち悪いことも多くて」
「…………だから」
「そう。………ごめんなさい、心配かけて。“だから”体調悪かったの」
「そっか……………よかったぁー……」
「え」
彼女が呆けた顔で僕を見た。ナニヲイッテルンダコイツ―――――そう顔が語っている。
「………くん」
「ん?」
「責めないの?」
「何を?」
「………私の事」
何を責めることがあるんだ、と本気で思う。
「せっかく来てくれたんだから、大事にしようよ」
責めるとか責めないとか。本人が目の前にいるのにさ、
「そういうの、失礼でしょ?」
君は“聞こえている”はずだ。お腹の中にいる子の声も―――――僕の、声も。
「幸いにして僕らは経済力がある。家族の一人や二人増えても大丈夫な事、君が一番わかってるでしょうに。
なのになんで。何が怖かったの?」
「え、だってあなた、怒るかと思って」
吹いた。
吹き出した。
「知らなかったけ、君」
「僕は子供が大好きなんだ」
その言葉の意味が呑み込めないようで目を白黒させる彼女を抱きしめ、僕は笑った。
ずいぶんと的外れな心配だ。大丈夫、とその背をゆすると、彼女は安心しきったように脱力し、また泣きだした。
もう、夜が明ける。