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英雄派遣  作者: 軌条
第一話 太陽を撃ち墜とせ
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セントラ(6)

 氷狼の攻撃が段々と強力になっていく。まだまだ力を隠しているらしく、結界が弱まっていった。オルマが再びシエラを見つけたとき、彼女は腕から血を流していた。どうやら結界へのダメージがそのまま術者にも移動するらしい。


「シエラ殿!」

「オルマさん。そろそろ避難は完了したみたいだから、退散させてもらうわよ。一応、義理は通したからね」

「……いえ、まだです」


 結界が消滅した。氷狼が王都に侵入する。凄まじい勢いで家屋を吹き飛ばし、薙ぎ倒しながら、王都の中央を目指している。


「……なにあれ。こっちに向かってる」


 シエラがオルマを睨みつけた。


「……あのさあ、オルマさん。何かした?」

「いえ、何も」

「怪しいなあ……。特にあなたが背負ってるズタボロのキレス。彼女に何かさせてるんじゃないの?」

「魔術を極めたあなたのことです、私に訊ねるより、自らの眼を頼りにしたほうが話が早いのでは」

「言うじゃないの」


 氷狼が土埃を巻き上げ、瓦礫を鼻先で飛ばしながら、あっという間にシエラたちの目の前まできた。咆哮を上げた氷狼は氷のブレスを吐きだし攻撃してくる。


 オルマはキレスが形成した炎の壁に守られ、事なきを得た。もし氷狼の狙いがオルマたちだったらそのまま氷漬けになっていたことだろう。



 氷狼の狙いはオルマではなかった。キレスでもないし、シエラでもない。ヒュードだった。


 攻撃を回避したヒュードに、氷狼が突進する。ヒュードは眉を持ち上げ、批判的にオルマを一瞥した。


「良い度胸だ。俺を無理矢理戦いに巻き込むつもりか」


 ヒュードが抜剣した。


「避難は完了したのだな? ならば心行くまでこの影の剣の力を解放できるというものだ」


 氷狼の突進、その巨躯を、影の剣が縦横に拡張し、受け止めた。


「一分だけ待つ。オルマ、その魔女を連れて遠くに逃げろ。その後のことは自己責任だ。いいな」

「あ、ありがとうございます!」


 オルマはキレスを背負ったままよたよたと走り始めた。戦いに巻き込まれて死ぬなんて、冗談ではない。シエラは苦々しげにオルマを睨み、そのまま夜の闇に溶けて消えた。


 オルマは息を切らしながら王都の通りを走る。既にほとんどの民は避難を完了したらしく、人の気配が皆無だった。


「オルマ様、私のことはもういい。一人でお逃げください」


 背負われていたキレスが言う。オルマはかぶりを振った。


「嫌です! ここであなたを見捨てれば一生後悔する!」

「その一生がここで終わるかもしれないのですよ。私は本望です。氷狼をあのヒュードとかいう英雄が倒してくれるというのなら、それで」


 オルマはもう手足が痺れ、歩くのがやっとだった。自分の体力のなさに愕然とする。キレスは女性としては大柄とはいえ、痩身の部類である。女性一人運ぶことができないなんて。


「――私は嬉しかったんです。私の氷狼の研究が間違っていなかったことが分かって。かの氷狼は熱を嫌います。そのときどきで最も高い温度を放つモノを襲う傾向がある。ヒュードが強力な熱を放っているように見える細工を施しましたが、うまく氷狼を騙せて良かった……」

「キレス殿! しっかり! 私の躰に掴まってください!」

「いいんですよ、もう……。私は、本望です」


 オルマは悔しかった。自分に腕力があれば。有無を言わせず彼女をこの場から運び去る力があれば……!


 そのとき、オルマは躰が浮き上がるのを感じた。重力の檻から解放され、宙を舞うような心地になる。オルマは驚きのあまり足を止めた。


「な、なんだこれは! 急に体が軽く……」


 キレスもオルマ同様、驚いているようだったが、やがて笑い出した。


「なるほど……。オルマ様、走ってください。大丈夫、風の加護があります」

「風の加護……?」

「はい。いや、しかし、驚きました。まさか彼女が……」


 オルマはわけが分からなかった。この風の魔術はシエラの援護だろうか? いや、キレスのこの反応は、どうも違う気がする。


 オルマは風の加護を浴びて、軽やかに王都の通りを走り抜けた。明らかに一分以上経っていたとは思うが、オルマの避難を見届けたか、ヒュードが本格的に氷狼と戦い始めた。


 と言っても、一方的だった。ヒュードの持つ影の剣が、夜の闇を取り込み、あっという間に氷狼を取り囲んだ。


 そして闇が巨大な魔物を押し潰し、ぐねぐねと揺れ動きながら徐々に圧縮されていった。


 影の檻がぐんぐん小さくなり、やがてオルマの位置からは見えなくなった。ここまでくれば勝敗は明らかだった。


 王都の外まで避難したオルマは、急激に躰が重く感じられ、その場に倒れ込んだ。キレスも巻き添えをくらい、地面に投げ出された。


「も、申し訳ない、キレス殿」

「いえ」


 キレスの表情は和やかだった。頭上の雲が晴れつつある。雪もいつの間にか止んでいた。


「キレス殿、嬉しそうだな」

「それはそうですよ。心配ごとが一度に二つも解消されたわけですから」

「二つ?」


 一つは分かる。氷狼のことだろう。しかしもう一つは?


 ふと風が強く吹きつけた。オルマが顔を持ち上げると、そこには宮廷魔術師の道衣を来た女性が立っていた。


 見覚えがあった。確か――


「テラ。久しぶりですね」


 キレスが言うと、テラという名の女性は肩を竦める。


「まさかアンタの言葉が本当だったとはね。氷狼とか、お伽噺の類かと」

「そうではないと何度も言ったのに、あなたがた宮廷魔術師は信じようとしなかった」

「それはそうでしょ。学会にいきなり乱入してきて国が亡ぶだなんて喚き立てる女の言葉なんて、誰も信じようとしない。当然」


 オルマは思い出した。そう、テラは、キレス失踪直前に突然辞職を申し出た宮廷魔術師。つまりキレスの身代わりとなって同僚たちから拷問を受け、ついには死に至ったはずの魔術師である。なぜ彼女が生きているのか。


「キレス、だからアンタはつまはじき者にされるのよ。宮廷魔術師たちはアンタがすり替わったことなんて承知の上。身代わりに私を使ったのも、すぐに見抜いたわ」


 テラは得意げに言う。


「いくら王宮に爆弾を仕掛けた凶悪犯とはいえ、かつての仲間を無慈悲に嬲り殺すなんてこと、あの腑抜けたちにできるわけないじゃない。キレス、アンタは泳がされていたのよ」

「そうですか。まあ、薄々そうなのではないかと思っていたのだけれど。特にあなたほどの人が私の襲撃にあっさり屈してしまったことが疑問だったのです。私を逃がす為の芝居をうってくれたというわけですか」


 キレスは言い、瞼を閉じた。


「しかし、隠れていた洞窟に兵士が押し入ってきたとき、私は彼らを殺してしまいました。魔法生物を使って……。私が依然、人殺しなのは変わりませんね」

「アンタはつくづく、群れるのが嫌いみたいね」


 テラは肩を竦める。


「いいわ。好きにしなさい。アンタみたいな変人は、地道な仕事なんて向いてないでしょうから、国の再建には全く貢献できないでしょうね」

「そうですね。国の再建はあなたたちに任せます」

「はあ? 私はとっくに宮廷魔術師を辞したのよ? もうこの国とは関係ないわ」

「え?」


 テラは衣嚢に手を突っ込み、キレスを見下ろしていた。


「私はもうこの国の人間じゃないの。勤め先も見つかったし」

「そうですか」


 キレスはしかし笑みを隠しきれないようだった。テラが不機嫌そうに口を尖らせる。


「なにニヤニヤしてんのよ」

「いえ。もうこの国とは関係のない人が、私を助けてくれたのだなと思って」

「うっさいわね。故郷の危機に馳せ参じただけよ! 避難が遅れてるマヌケに手を貸しただけのこと! 何かおかしい!?」

「いえいえ」


 オルマは二人の魔術師が騒がしく話している間にも、王都のほうへ視線を向けていた。氷狼の影響は既に過ぎ去り、戦いの音も途絶えていた。


 夜が明けたら、王都の惨状が明らかとなるだろう。しかしこの国は、氷狼の脅威から抜け出すことができた。昼が来て夜が訪れ朝を迎える。そんな当たり前の日々が、やっと戻ってきたのだ。


「オルマ様。ありがとうございました。あなたが英雄を連れてくることがなければ、この国は間違いなく滅んでいたでしょう」


 キレスが言う。オルマはかぶりを振った。


「いや……。キレス殿が氷狼の存在に気付いていなければ、この国は数か月前に既に滅んでいた。救国の英雄とは、キレス殿のことだろう」

「私はこの国を滅ぼしかけていた。罪も重ねた。もう、この国にはいられません。本来なら罪を償う為に出頭すべきでしょうが……」

「いや。キレス殿。そんなことをされては困る。誰も望まないことだ。それより私が気になっているのは、テラ殿の再就職先のことだが」


 そのときテラが意味ありげな笑みを浮かべた。それを見たオルマは大体事情を察した。キレスはそんな二人の顔を交互に見比べ、不思議そうにしていた。








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