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英雄派遣  作者: 軌条
第一話 太陽を撃ち墜とせ
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セントラ(3)

 太陽を打ち上げたのは、この世界を救う為です。キレスはそう言った。


 オルマはげんなりした。宮廷にいた頃から、彼女の言動は突拍子もなかった。まともに聞いても益はないかもしれない。


 ただ、問答無用で殺害するというのはあまりに無慈悲。一応、キレスの言い分を余すことなく聞き届けておいたほうが良いだろう。


「私の本業は魔術師ではありません。太古の文献を渉猟し、古代の秘儀を現代に再現する、つまり歴史家に近いと言えましょう。私が得意とする炎の魔術も、元を辿れば、我がセントラ国の前身たる古代国家において炎の魔術の研究が盛んだったからで、炎の魔術の習熟は我が国の歴史家として当然の能力と言えるものです」


 キレスの言葉に、オルマは頷いた。確かに古代からセントラ一帯は炎の魔術が盛んだった。その理由については諸説あったが、定説なのは、古代の宗教観において炎そのものが神聖視されていたから。つまり炎の魔術の原理解明、応用発展が、神に近付く何よりの近道であると見做されていた。


「炎の魔術の研究が盛んな理由は、私も最近まで分かっていませんでしたし、さほど重要なこととは思っていませんでした。興味深いテーマではありましたが、優先度は低かった。ただ、歴史書を紐解く内に、この判断が間違いであることが明らかとなりました」


 キレスは自信ありげに言い切る。


「この地域で炎の魔術が盛んだった理由。それは、我が国には氷狼が存在するからなのです」

「はい?」


 オルマはきょとんとした。この国で生まれ育ったオルマが聞いたことのない言葉だった。人並み以上に教養を備えているつもりだったが、氷狼など知らない。


「氷……、狼?」

「知らないのも無理はありません。古代書でもその存在は断片的にしか記載されていませんでした。私は最初、それを冷害や氷雪被害の暗喩としか考えていませんでした。しかしどうやら、氷狼という名の魔物が実在し、この国を幾度も襲っているようなのです」


 キレスはむしろその氷狼を称賛するかのような口調で言う。


「その体躯は山脈にも匹敵するほど巨大で、吐く息は全てを凍らせる。猛烈な吹雪と共に現れ、その国の生命を根絶やしにするまで暴れ回ると伝えられています」

「馬鹿馬鹿しい……、お伽噺の一種だ」


 オルマの言葉にキレスは笑顔を向けた。出来の悪い生徒を優しく諭すようだった。


「お伽噺ではないのです。氷狼こそセントラの前身である古代国家が滅びた直接の原因であると、私は考えています。誰もいなくなった凍れる大地を、セントラ人の先祖が開拓し、地中に残されていた魔術研究の成果を借用、建国に至った」


 オルマは呆れた。古代国家とセントラの結びつきは確かに希薄なもので、さほど当時の資料が残っているわけではないが、キレスの説には何の根拠もない。氷狼という魔物を実在させたいが為に歴史を捏造しているように思える。


「数年前、私は、研究の結果、氷狼の活動期が近いことを悟りました。明日にも目覚めるかもしれない。焦燥が私を襲いました。しかし詳しく調べていくと、氷狼は厳冬の時期に覚醒するらしいということが分かりました。氷狼の覚醒を防ぐにはこの近辺の気温を底上げすることが最も確実であると結論するに至ったのです」


 その為に、わざわざ太陽を打ち上げたというのか? キレスは篝火を見上げ、その光を体全体で受け止めている。


「氷狼を封じ込める為に、私は様々な手を講じました――学会でこの危難を訴えたり、氷狼の活動を封じる為には大規模な設備が必要だと思い至り資金繰りに奔走したり」


 狂っている。オルマはそう感じた。キレスは狂っている。氷狼なんて魔物は存在しないのに、その幻影に翻弄されている。論理的な話はできても、前提が間違っているから、とんでもない結論を導き出している。


「ならば、キレス殿、王宮に爆弾を設置したのはどういう理由からか?」


 オルマの指摘に、キレスは頷く。


「あのときは切羽詰まっていたのです。というのも、いよいよ氷狼覚醒の前兆が多く出始めていた頃でしたから。ゆえに私は氷狼の心臓に近い位置に爆弾を置き、氷狼が地上に現れた瞬間に打撃を与えようと準備を進めていたのです」

「氷狼の心臓の位置に、たまたま王宮があったとでも? 馬鹿なことを」

「もちろん、多くの誤解を生む行為であったことは理解しています。しかし事実なのだから仕方ない」


 キレスは少しも自分の行動がおかしいとは思っていないようだった。オルマは、話して分かり合える人間ではないことを悟った。


「……いいでしょう。話は終わりです」


 オルマは隣のシエラにそう告げた。シエラは肩を竦める。


「本当にいいの?」

「はい。これ以上、あの女の戯言に付き合っていても、埒が明きません」

「ふうん。じゃあ、キレスを殺すわよ」


 シエラが前に進み出る。そして何でもないように付け加える。


「あ……、一応、教えておいてあげるけど、氷狼は実在するよ?」

「えっ?」

「たぶんキレスの言葉は全て真実。擬似太陽を壊した瞬間、氷狼とかいう魔物が地上に現れるだろうね」


 オルマは唖然とした。氷狼が実在する? キレスは正しい? 本当に? 


「さて、それじゃ、目障りな太陽を壊すときがきたわねー。どんな花火が見られるかしら」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 オルマはシエラに追い縋った。


「す、す、全て事実って! どういうことですか!」

「そのままの意味よ。私、この国に降り立ってからずっと不思議だったのよね。半年間も太陽に焼かれていながら、気温がさほど高くない。ううん、猛暑なのは間違いないんだけど、人が何とか住める程度には収まっている。ざっと調べてみたら地面のすぐ下にでっかい氷の塊みたいなものが埋まってるし。それがきっと氷狼なのね」


 オルマは口をぱくぱくと動かした。あまりのことに声が出なかった。


「だ、だだ、だ……」

「だ?」

「駄目じゃないですか! あの太陽がなくなったら、氷狼とかいう化け物が現れるんでしょう!」


 オルマは叫んだ。そうしてから、平然としているシエラの顔をまじまじと見つめ、合点がいった。


「あ、あ、そうか。いざとなったら、英雄殿たちが覚醒した氷狼を倒してくださるんですね?」

「そんなことしないわよ。契約内容に含まれてないし」

「え? あ、じゃあ、今すぐに内容を追加して……」

「もう一回本社に出向いてもらう必要があるわね。現場の判断で契約内容を変更するなんて、重大な規則違反だし……」

「どうしろっていうんですか!」

「どうもこうも」


 シエラは肩を竦める。


「自慢の宮廷魔術師たちが何とかするんじゃない? 炎の魔術が発達してるんでしょ。案外、簡単に倒せるかもよ」

「そんな、無責任な……」

「と、言ったってね」


 シエラは悪ぶれる様子もない。


「よく知らないけど、氷狼っていうのは古代からいる魔物なんでしょ。この星の部外者でしかない私が勝手に倒してもいい相手じゃないと思うんだよね。下手をすれば、氷狼がいなくなることでこの星のバランスが崩れて、太陽が落ちないどころの話じゃなくなる可能性があるわ」

「し、しかし!」

「人間様が困ってるんだから何とかしろって? ちょっと傲慢すぎやしないかしら。この星は人間だけのモノじゃないでしょうに」


 ここにきてそんな理屈を捏ねられても。オルマは愕然とした。そしてシエラとキレスは向かい合う。今にも激しい戦いが繰り広げられそうで、オルマは慌てて避難した。


「邪魔はさせません」


 キレスがシエラを睨みつけている。


「誰もこの国に訪れている危機に気付かないというのなら、私だけでも戦い続けます」

「そう。不運だったね。よりにもよって私が相手だなんて」

「言ってなさい」


 キレスの腕に炎が宿る。それを見たシエラは少し驚いた。


「綺麗な炎ね。なるほど、天才と称されるだけのことはあるわ」

「今更怖気づいたのですか!」

「まさか」


 まるでトレースするかのように、シエラはその右腕に炎を宿し、不敵に笑んだ。


「こんなもんかな。炎遣いを炎でねじ伏せる。想像しただけでゾクゾクするわ」


 オルマはここにきて知った。もしかすると自分は、この国を滅ぼすきっかけになってしまったのかもしれないと。英雄たちがこの国に派遣されなければ、あるいはまだ他の道が残されていたかもしれない、と……。







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