報告書作成
わたしはRA社の一大スキャンダルの取材担当に入れなかった。英雄派遣会社の関与がなければ、このおぞましい臓器培養事件が露見することはなかっただろう。だから是非その取材に参加させてもらいたいと言ったのだが、しがない契約社員の限界なのか、別の人員が送り込まれてしまった。
わたしはこの事件に何とかしてアプローチしたいと考えていたが、エステルとアラディンの両名は謹慎処分を受け、報告書の作成にも顔を出さなかった。ドゥリトルは別の刑事事件の容疑を受けて取り調べ中。彼もRA社の不正とは全く無縁というわけにはいかなかったようだ。チェンバレンやRA社の幹部はその非人道的行為の責任を追及され、彼らへの攻勢は別の記者の役割。「天使」は、静かに暮らせる場所を求めて越境門をくぐっていった。ただしゾフィーだけはその能力を英雄派遣会社に生かしたいと考え、ここの派遣社員として働く決意を固めたようだ。話を聞く前に天使は全員姿を消してしまった。となれば、わたしが話を聞くことができるのは一人しかいなかった。
私は英雄派遣会社の敷地内にある喫茶店で待ち合わせをしていた。
「今日はわざわざお越しいただいてすみません」
「あいや」
その男――ルークは、奇術師を名乗った。見た目はいたって普通の男だった。この会社の英雄としてはかなり珍しく、普段からこの辺をうろつき、通行人に自慢の奇術を披露しているという。
「ルークさん、あなたは今回の『臓器工場事件』に派遣されたとのことですが」
「いかにもそうです。エステルさんとアラディンさんと共に、魔物討伐の任を受けて出動しました」
「しかし……、私が調べたところでは、あなたは魔物とは一切交戦していないし、ドゥリトルやゾフィーといった重要人物とも一切接触していない。そうですね?」
「まあ、主だった取材対象から外れるような立ち位置だったことは認めましょう。あいや、しかし!」
ルークは突然立ち上がった。そして袖を捲り両手を掲げ、何も持っていないとアピールすると、手のひらから鳩を出現させた。くるっぽー、と鳩は鳴いた。わたしは鳩と目が合い、困惑した。
「え、ええと……」
「召喚しました」
「召喚……?」
「ええ。このような塩梅で、こんなものを入手しましてね。喜んで提供しますとも」
ルークが卓上を指差す。するといつの間にか、そこには書類の束が置かれていた。わたしは驚愕し、それをまじまじと見つめた。
「これはいったいなんです?」
しかしルークは答えられなかった。喫茶店の店員がつかつかと歩み寄ってきて、生き物を持ち込まないでくださいと厳しい口調でルークに注意していた。ルークは慌てて鳩をポケットの中に押し込み、何度も頭を下げていた。
「……これは」
わたしは書類に手を伸ばした。それはどうやら、天使の庭の内部で管理されていた実験素体に関するデータのようだった。わたしは目を見開いた。
「な、なんですかこれは。こんなもの、どこで入手を」
「召喚したのです」
「いやいや、冗談はいいですから」
「召喚ですよ、召喚!」
「いや……」
「ここだけの話」
ルークは椅子に腰掛け、こそこそ声で言う。
「前々からさる機関がRA社の臓器売買の実態に不透明な点があると注視していたようなんです。チェンバレン氏から我が社に依頼が持ち込まれたと聞いたその機関が、我々に協力を要請したようでしてね」
「えっ」
「依頼を受諾せず、可能な限り情報を引き出すように。最初はそのようなつもりだったようですが、急遽人員を送り込み、内部から秘密を暴くように、と方針が変わったようです」
わたしはルークの言葉に聞き入っていた。彼は得々と話を続ける。
「エステルさんとアラディンさんは何も聞かされていなかったようです。ひょっとすると本当にゾフィーさんやドゥリトルさんを殺す可能性もあった。ただ、本社は倫理人道に通じる二人を選出したと自負していたと聞きます。こうなることは想定の範囲内だったのでしょう」
「そんな……」
「そして、私こそ、奇術師ルークこそ! 本社から全ての内情を知らされ、エステルさんたちが任務に没頭している間! RA社から不正の証拠を掻き集めるよう任命された! この選ばれし英雄……」
そのときわたしはルークの背後に立つ人影を認めた。社長秘書のエルだった。いつものようににこにこしているがその表情には陰がある。
「ルークさん」
呼びかけられたルークはぎくりとして、振り返った。そして慌てて立ち上がる。
「も、申し訳ない記者さん! 急用を思い出したぁっ!」
ルークは何度もつんのめりながら喫茶店を出ていった。埃が舞い、店員がルークを睨みつけていた。わたしは苦笑する。
「エルさん、おはようございます。今回はあなたが手配したんですか? 恩人案件?」
「いえ。恩人案件ではありませんよ。ただ、特別措置として私が担当しました」
「ルークさんの言っていることは本当なのですか?」
「……どう思います、記者さんは?」
「普通なら嘘とは思いません。しかしあのルークとかいう人は、本当に英雄なのですか?」
エルはくすりと笑った。
「それこそが狙いです。彼ならあちこちで秘密を漏らしても、あまり信用されませんからね」
「……ということは、事実なのですか」
「さあ。どうでしょう。記者さんはどう思われました」
「記事には書けませんね。……この資料は頂いても?」
「構いません」
「きっとウチの担当記者に渡せば、何かの足しにはなるでしょう」
そこでわたしは言葉を区切り、
「よくあることなのですか」
と尋ねた。エルは、分かっているだろうに、首を傾げた。
「何がです?」
「さる機関から要請があって、RA社の不正を暴くように手配したのでしょう。依頼人の利益を損ねている」
「ふふふ。人聞きの悪いことを言いますね。任務は完遂しましたよ。間違いなく」
「最初からRA社を攻撃しようと思っていたのなら、その言葉も怪しい」
「英雄派遣会社はときどき依頼人を裏切る。そう記事に書きます?」
「いえ。まさか。ただ、こう思います。良い会社だな、と」
「ありがとうございます」
エルはにこりと笑んだ。わたしは笑みを返し、今回の事件の記事は注目度が高いだろうな、と気合を入れた。執筆にも力が入るというものだ。
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報告書梗概
RA社を占拠する魔物の一団の殲滅に成功。
エステル、アラディン両名を
規定違反で謹慎処分とする。
本件に関連し戦士ゾフィーを獲得。
能力査定の結果、E級と認定する。
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