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英雄派遣  作者: 軌条
第一話 太陽を撃ち墜とせ
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セントラ(2)

 洞窟の入り口は、人が屈んでやっと入れるほどの大きさだったが、進むにつれて縦にも横にも広がっていった。涼風が吹き抜け、適度な湿り気が心を落ち着かせる。明かりをオルマはもっていなかったが、シエラが指をぱちんと鳴らすと、一帯が明るくなった。光源が定かではなく、オルマが周囲を見渡しても、影が存在しなかった。これも魔術なのか。


 奥に進むにつれて気温がどんどん下がっていく。分かれ道に遭遇しても、シエラは迷うことなく進んでいく。魔術的な嗅覚というやつだろうか。オルマは質問したかったが、ついていくのに精いっぱいで、機を逸した。


 ふと、オルマは何かに躓いてつんのめった。前を歩いているシエラにぶつかりそうになったが、不可視の力に支えられて事なきを得る。


「す、すみません」

「いいのよ。私も、オルマさんが転びそうだなって思いながらこれを避けたから」


 シエラは足元の何かを指差す。オルマは初めて自分が躓いたものを視認した。


 それは白骨化した人間の腕だった。オルマは驚きのあまり悲鳴を上げることもできずひゅうっと息を吸い込みそのまま硬直した。


「四つくらい、遺体があるね……。白骨化はしてるけど、その辺に落ちてる服の傷み具合を見る限り、結構最近のものみたい」


 シエラが冷静に分析している。オルマは震えたが、見慣れた制服を発見し、幾らか混乱が治まった。


「こ、これは……」

「どうしたの?」


 オルマはおそるおそる落ちていた衣服を手に取った。襟元の徽章を確認する。


「間違いない……。これは王国軍の兵士のものです。どうしてこんなところに」


 そのときオルマに閃くものがあった。目敏くシエラが質問する。


「何か分かったなら話して。重要なことかも」

「は、はい。太陽の異変が始まってすぐ、王宮でも何者かが魔術を行使している可能性を考え、国土全域に兵を派遣したことがあったのです。全ての街や村はもちろん、徹底的な山狩りも行われました。その規模は被害が大きくなるにつれて広がっていき、この近辺の山も調査が行われたはずなのですが」


 オルマは唇を噛む。


「そう、この近辺を調査していた部隊がまるごと姿を晦ます事件があったのを覚えています。と言っても、兵士が国外に逃亡する例が多くありましたから、この一件もそうなのではないかと思っていましたが。ここは国境からも遠く、脱走してもすぐに他の部隊に見つかるはずが、上手く逃げおおせた人間が何人かいた。そんな話を聞きました」


 シエラは深く頷いた。


「なるほど。この洞窟を調査しに来た兵士は、殺されたのね」

「こ、ころ……」

「もちろん、キレスにね。気を引き締めていきましょう、きっと妨害がある」


 オルマは頷いたものの、その妨害とやらに対応する力が自分にないことを知っているだけに、緊張でまともに歩くこともできなくなった。


「大丈夫よ。依頼人を死なせるわけないでしょ」


 シエラが言う。


「本当に危険な場所なら入口で待たせてる。安心してついてきなさいって」


 オルマは頷いた。完全に緊張が解けたわけではなかったが、英雄派遣会社の評判を信じるなら、ここは気を楽にして構えても問題ないはずだ。オルマは転ばないことだけを考えてゆっくり歩き始める。


 進むにつれて洞窟の空気が乾燥してきた。気温はぐんぐん上がっていき、薄着だったオルマでも汗が噴き出した。太陽の真下で過ごしたこの半年間を考えても、この暑さは尋常ではなかった。


「この気温の高さは……」

「目的のモノが近いのかもね」


 シエラが言うが早いか、頭上から岩がごっそりと落下してきた。


 否、それは単なる岩ではなく、シエラの光の魔術に照らされて七色の光沢を放つ巨大な岩の兵士だった。魔術によって駆動する岩塊であり、人間のような形を模している。


「岩の自動人形ゴーレムか。ふうん」


 シエラは慌てる様子もなく、その巨躯を眺め渡した。オルマが驚きのあまり腰を抜かしているのに気付くと少女のような笑みを見せた。


「あはは、腰抜かしちゃったの、オルマさん? 荒事は苦手だったり?」

「そ、そんなことより! それは!」

「遊んでいきなよって、奥にいるキレスが寄越したんじゃないの?」


 シエラが手を振ると、岩のゴーレムは後ろのよろめいた。そしてそのまま体勢を回復させることができずに尻餅をついた。シエラがゆっくりと近づくと、ゴーレムは機械的に腕を伸ばしてシエラを攻撃しようとした。


 しかしそのとき既に、ゴーレムの躰は崩壊が始まっていた。ゴーレムは自らの躰が末端から砂塵と化して消滅しつつあることに気付いていないようだった。伸ばした腕が途中で折れ土埃を立てる。


「所詮岩を魔術で繋ぎ合わせた人形に過ぎない。その繋ぎ目を攻撃すれば元の岩塊に戻るってわけ」


 シエラの言葉通り、ゴーレムはそのまま動かなくなった。オルマは信じられなかった。今のは戦闘なのだろうか? シエラは手を一度振っただけだ。それだけで全てが終わってしまった。


 あまりに実力差があるので呆気なく思えただけなのかもしれない。蟻を殺すのに特別な手段は必要ない、ただその辺を歩けばいつか踏み潰すことができるだろう、シエラにとって今の戦闘はその程度の意味しか持たないのかもしれない。


「そろそろ行こうか。あ、ゴーレムに触らないほうがいいと思うよ。汚染された魔力に酔うことがあるから」

「は、はい」


 オルマは大人しく従った。この場所ではシエラに従う他はない。物言わぬヒュードは、さっきからただ突っ立っているだけのようだし、頼りになるのは彼女だけだ。


 洞窟探険は、度々ゴーレムの出現によって中断させられた。その度にシエラは一撃でこの魔法生物を破壊した。戦闘というより作業だった。散らばった岩の破片を蹴飛ばしたシエラは嘆息する。


「そろそろキレスに会えるかな……。オルマさん、尋問とかしたいでしょ?」

「え?」


 唐突に話を振られてオルマは咄嗟に返事ができなかった。


「尋問ですか?」

「だって、どうしてこんなことをしたのか、気になるでしょ」

「それはそうですが……。捕縛を優先してもらって構いませんよ」


 オルマが言うとシエラはかぶりを振った。


「任務遂行を優先するから、この場で殺すわよ。当然でしょ? わざわざ捕まえる意味がないわ」

「え? いや、しかし……」

「一度拷問して殺した人間を罰する法律が、あなたの国にはあるの? それに、私がせっかく捕まえて引き渡しても、あなたたちの管理下では逃げられるでしょ。この場で殺す。嫌とは言わせないわ」

「わ、分かりました。英雄殿の意見を尊重します……」

「よろしい。あなたも聞こえてたでしょ、キレス」


 シエラが洞窟の奥に呼びかける。するとシエラの光の魔術が奥まで及び、そこに広大な空間があることを明らかにした。


 そこは洞窟の中とは思えないほど整備されていた。研磨された石材を壁に貼り付け荘厳な儀式場を形成している。広大な空間の中央には巨大な装置が設置されており、細かな紋様や呪文が刻み込まれ、それらが時折緑色に明滅する。


 装置の中央には篝火があったが普通の炎ではなく、白色の光を放っていた。炎は天井近くまで伸びたり、横に広がって歪な形を見せたり、とかく忙しそうだった。


「……たった三人ですか? もっと大勢で押しかけてくるものかと」


 炎の向こうで背の高い女性が佇んでいた。オルマは信じられなかった。そこにいるのは確かに、稀代の天才魔術師と謳われながら奇行の数々で組織的には軽んじられていた、かのキレスに違いなかった。


「キレス殿……? 本当にあなたなのか? あなたは拷問の末、果てたはず」

「拷問? ああ、確かに権威の犬たる宮廷魔術師たちが、せっせと忙しそうにしていましたね。もう少し頭が回れば、今拷問している憐れな女と、数日前に唐突に退職を願い出た女魔術師との身体的な特徴を見つけ出すことができたかもしれないのに」


 オルマはぞっとした。キレスは腰まで垂れた栗色の頭髪を指で弄んでいる。


「私は炎の魔術が専門でしてね。整形術は見よう見まねだったんですが、存外、上手く騙せたみたいですね。しかしオルマさん、政務官のあなたがこんなところまで来るなんて、命が惜しくないんですか? 護衛が二人だけなんて」

「護衛じゃないわ」


 シエラが進み出る。


「傭兵。あるいは英雄。暗殺者でも構わないけど、とにかく空に浮かんでるあの不格好な太陽を撃ち落としに来たの」


 キレスは首を傾げた。


「生意気な小娘ですね……、この場所を知られた以上、生かして帰すことはできませんが、覚悟はいいですね?」

「ふん、田舎の天才は都会の凡夫にも劣るってこと、教えてあげるわ」


 今にも戦闘が始まりそうだった。オルマは慌てて二人の間に割って入った。


「待ってください! キレスさん、どうしてあなたがこんなことをしたのか、それだけは確認しておきたい!」

「これから死ぬのにですか?」

「私が死ぬかもしれないし、あなたが死ぬかもしれない。どちらにせよ、今しか真実を解き明かす機会はない!」


 オルマが断言すると、キレスはふっと笑んだ。


「まあ、いいでしょう。一年ぶりに人と会いましたから、少し、会話に飢えていたんです。事情を話しましょう」


 オルマはほっと胸を撫で下ろした。おそるおそるシエラを見ると、彼女は肩を竦めた。


「ごめんごめん、オルマさん。尋問する時間を作らなくちゃいけなかったのにさ。ついあそこに立ってるキレスが、想定以上の実力者だったから、つい血が騒いで」

「え? か、勝てますよね?」

「たぶん。でも、まあ、安心して。私が死んでもヒュードがいるし」


 ヒュードならこの星の住民全員と相手しても、傷一つ負うことなく勝てるから。シエラは空恐ろしいことを平然と口にした。オルマはヒュードを見た。壁に凭れた彼は、オルマを見るわけでもキレスに注意を向けるでもなく、ただ宙を睨んでいた。










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