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英雄派遣  作者: 軌条
第四話 臓器工場
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天使の庭(9)

 エステルとアラディンが天使の庭から出ると、隔壁が開き、チェンバレンたち数人の社員が出迎えてくれた。


 チェンバレンの作り笑いを思いきりぶん殴りたいエステルだったがさすがに自重した。チェンバレンは揉み手をしながら近づいてくる。


「お疲れ様です! お疲れ様です! 滞りなく任務を達成していただけたようで!」


 エステルは何も言わず黙っていた。アラディンが応対する。


「いやあ、僕はあまり役立てなかったかな。エステルさんがそれはもう獅子奮迅の活躍で」

「そうですか!」


 チェンバレンが握手を求めてくる。エステルが血まみれの手を差し出すと、さすがに躊躇した。しかし最終的にはエステルの小さな手を握ってきた。


「ありがとうございます! 予定よりかなり早く終わりましたね。手強かったでしょう?」

「そうでもないですよ」


 エステルは言った。


「倒したのはほんの数体ですから。簡単なものです……」


 エステルたちの後ろから顔を出したのは、ドゥリトルだった。チェンバレンの笑みが引き攣る。そして更にその後ろにいるのはゾフィーたち「天使」だった。


 ぞろぞろと姿を現した彼女らを見て、チェンバレンは口をあわあわと動かし、しばらく声を発することができないようだった。


「これは――どうして――ああ――」

「どうかしました」


 エステルが訊ねると、チェンバレンは頭を振る。


「魔物は全て倒せと言ったはずだ! どうしてこいつらがここに!」

「魔物は全て倒しましたよ」

「しかし現にここに!」

「ゾフィーさんとかいいましたかね、彼女。どこからどう見ても人間です。私にはとても魔物には見えない。可愛くて、礼儀正しくて、良い子ですよ」

「そんな馬鹿な――」


 なおもチェンバレンは文句を言おうとしていた。だが、エステルの眼差しが殺気に満ちていることに気付いたのか、舌が凍り付く。


「な、な、な、なんですか、その眼は。私どもが何か……」

「いえ、別に」

「ま、まさか、妙な詮索をしてきたんじゃないでしょうね?」

「いえ、特には」

「う、嘘だ! 言っておくがな、ここで見聞きしたものを外部に漏らしてみろ! タダでは済まないからな!」

「そうですか」

「英雄派遣会社に記者がいたな! あいつの取材も拒否しろ! 彼の取材には私が応じる! いいな!」

「別に、いいですけどね」


 エステルはチェンバレンを睨みつけた。そしてさっさと歩き出す。隣にはアラディンがついた。


 チェンバレンたちがこそこそと何かを話しているのが聞こえる。エステルは嘆息した。


「エステルさん、男の人が苦手だったはずなのに、普通に話せているじゃないか」

「そうでしたか?」

「そうだよ。進歩したのかな」

「いえ。私は何も変わっていないと思います。私が苦手なのは人間の男性なんですよ。人間の……」


 二人はRA社を後にした。だがそのまま英雄派遣本社に帰還するわけではなかった。アラディンがウィンクをしてエステルに合図する。


「ついでに、観光でもして行こうか。予定より早く任務が終わったことだしね」

「いいですね」


 エステルは不敵に笑った。


「宿を取りましょう。大勢が泊まれるところがいいですね」

「できれば宿泊代は浮かせたいんだけどねー」

「ですね」


 エステルは振り返った。ドゥリトルやゾフィーたちはRA社の人間たちに捕まり、どこか別の場所に移動させられているようだった。


「彼らは今夜、どこで眠るのでしょうか」

「さあて。しかしこの凄惨な事件の生き残りだ、労いの意味も込めて、上等な寝床を用意するのではないかな」

「羨ましい」

「本当にね」


 二人は再び歩き出した。観光すると言っておきながら、二人は物々しい空気を纏っていた。





   *





 暗闇の中でチェンバレンの声が殷々と響く。マイクによって増幅された彼の声は不快極まりなかった。彼の性根の悪さまで声と一緒に増幅されているようだった。


「馬鹿な奴らだ。さっさと逃げれば良かったものを。馬鹿正直に姿を現しやがって」


 鉄板が幾重にも張り巡らされたその小さな部屋に、ゾフィーたち天使が押し込められていた。天井付近には小さな通気口があって、チェンバレンはことあるごとにそこを一瞥した。いわくありげなその穴を、ゾフィーたち天使は自然と意識するようになった。


「無限に再生するお前らでも、毒には勝てん。そのように設計してある。組織の細胞を破壊し、なおかつ再生時の癌化の確率を飛躍的に高める毒だ。一応、お前たち用に調整したやつなんだぞ? 光栄に思え。生ごみの処理にこれだけのカネと手間をかけている優良な企業はここだけだ」


 チェンバレンが哄笑する。透明な強化板越しに、チェンバレンは天使たちを眺めていた。そうして近くの人間に指示する。


「おい。ガスを注入しろ。どうせこいつらはすぐには死ねない。せいぜいその悶絶するさまを見学させてもらうとするよ」

「はい」


 チェンバレンの部下が機器を操作する。するとゾフィーたちが押し込められている部屋の中に赤みがかった霧が立ち込めはじめた。


「はははは! 元々無色無臭のはずだったぞ。誰か着色したのか? それにしても悪趣味だな、赤とは。赤! まるで血じゃないか」


 ゾフィーたちは全く抵抗しなかった。ゾフィーの隣には両腕を縛られたドゥリトルの姿もある。じっとその場に佇み、あるいは蹲り、時が経つのを待っている。



 毒ガス室の中のエステルが外套を剥ぎ取り、その姿を見せたのは、毒ガスが注入されてから数分後のことだった。


「えっ……」


 チェンバレンが唖然とする。当然だ、英雄をそこに押し込めたつもりなどないのだから。いつ紛れ込んだのかと訝しむのも当然。


 エステルは抜剣した。透明な強化板を叩き割り、部屋の外に出る。


 赤い毒ガスが部屋の外に漏れ、チェンバレンたちは大いに慌てた。それを吸えば凄惨な死が待っている。慌てるのも仕方のないことだった。


「安心してください。それ、ただの外の空気ですよ。着色されているだけです」


 エステルは言った。口を押さえたチェンバレンは、首を傾げた。


「へ?」

「しかし危ないところでしたよ。たまたま危険物保管庫にあった毒ガスの原液と外の空気がぱんぱんに詰まったボンベを、担当の人間が取り違えなければ、今頃私たちは死んでいました」

「な、何を……。何のつもりだ!」


 エステルは微笑した。


「正当防衛を成立させてあなたを斬り殺す。そのつもりで来ました」


 ひいぃっ、とチェンバレンが腰を抜かした。しかし、エステルはかぶりを振る。


「安心してください。そんなことはしません。あなたも上の命令でやっていたことでしょうし、これは企業ぐるみで行われたこと。個人を斬り捨ててそれで済む問題ではありません。ただ、英雄派遣会社には、このことを報告させてもらいます」

「な、何を言ってる! 報告だと!」

「はい。依頼人に奇妙なガスを吸わされたと」

「馬鹿を言え! お前が勝手にここにきて、勝手にそのガスを吸ったんだろう! そんなみえみえの芝居が通用してたまるか!」

「ええ、あなたのおっしゃる通りですよ」

 

 エステルは淡々と言う。


「きっと、私には処分が下されるでしょうね。依頼人を惑わせ、本社に余計な仕事を増やした咎で。でも、最近、我が社も英雄殺しに敏感でしてね」

「英雄殺し……?」

「英雄を派遣してもらっておきながら、その実、目的は呼び出した英雄の殺害にある。そういう事例が最近増えてきているんですよ。だから、依頼人が英雄を攻撃した可能性が少しでもあるのなら、本社は本腰を入れて調査するでしょう」

「なっ……」

「きっと天使の庭も、氷の産褥も、入念に調査の手が入るでしょうね。そのときどうなるか」

「さ、させてたまるか! 我が社には立ち入らせない! いったい何の権利があって調査などと!」

「あれ、契約書に書いてあるはずですよ。その旨が。何回も打ち合わせをしたのでしょう」

「え……!? あ……」


 チェンバレンの顔面が蒼白になった。普通は英雄殺しに関する規定になどこだわらない。自社の秘密を隠蔽するのに必死だったチェンバレンでも、そこまでは手が回らなかったのだろう。エステルは微笑した。


「では、本社に報告しなければならないので、これで失礼します」


 エステルは歩き出した。ゾフィーたちが戸惑いながらもそれについてくる。


「行くところがないなら、ウチに来てください」


 エステルは言う。


「うちの社長はお節介なので、きっとあなたたちが安全に暮らせる場所を紹介してくれるはずです……」

「エステルさん……。どうしてここまでしてくれるのです?」


 エステルは頬を掻きながら、


「たぶん、ですけど……。人は誰も彼も非情なわけではない。あなたたちにそう知ってもらいたかったから、です。自分で言うのは、何か違う気がしますけど」

「ありがとうございます」


 ゾフィーは頭を下げた。彼女だけではない、他の天使たちも同じように頭を垂れていた。


 エステルは恐縮してしまった。全て自分の為にやったことだ。このままでは収まりがつかないからやった。それだけのこと。


「エステルさーん、うまくいったかな」


 赤い粉まみれのアラディンが向こうの通路から駆けてくる。エステルは思わず噴き出してしまった。隣にいたゾフィーもくすりと笑う。酷いなあ、とアラディンは粉を払いながら、やはり笑っていた。












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