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英雄派遣  作者: 軌条
第四話 臓器工場
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天使の庭(1)

 全世界的に広範な事業を展開するRA社、その傘下にある臓器培養を主とする医療関連会社。その中枢にあるのは「天使の庭」。臓器培養の主幹施設であり、ここの機能が停止することは、代替臓器を必要とする万単位の患者の命の希望を絶やすことに繋がる。


 C級英雄アラディンとエステルは、チェンバレンを名乗る男の案内で天使の庭の入口まで来ていた。広大な敷地面接を誇る臓器培養施設は厳重に管理され、幾つもの障壁を潜り抜けるのに無数の承認を受けなければならなかった。


 天使の庭全体の見取図を受け取ったエステルは、妙な気がした。よくよく見取図を見ると、意図的に省略されている区画がある。構造が不自然だ。


「あのぅ、これ……」


 エステルはおそるおそる言いかけたが、チェンバレンの眼差しを浴びると舌が凍り付いた。それからは何も言えなくなってしまった。男が苦手で、会話するのもままならない。エステルは戦士にあるまじき小心者で、英雄派遣会社にはできれば女性と一緒の仕事が良いと強く伝えているのだが、今日は男性ばかり。気が滅入った。


「あの、エステル様、今何か言いかけませんでした?」


 チェンバレンが低姿勢ながらも訝しげな目を向けてくる。エステルは躰を竦めてしまった。


「あー、気にしないで。ボクも噂で知ってはいたんですけどね。エステルさんは男性が苦手みたいで」

「は、はあ……?」

「たぶん、彼女は、この見取図におかしなことがあるのでそれを訊ねたかったんだと思いますよ。どこか僕たちに見られては困ってしまうような場所があるんですかね」


 エステルは目を見張った。アラディンと一緒に仕事をするのは初めてだが、彼女の言いたいことをここまで的確に代弁してくれるとは。


 チェンバレンは困ったように頬を掻いた。


「あ、ああ……。気付かれましたか。さすがですね。天使の庭には、その、我が社が独自に開発した技術が大量に眠っています。その価値はとてもカネでは算出できないようなものです。なにせ、人の命がかかっていますからね……」

「人の命を優先するなら、そういった有益な技術は公開すべきではないですか」


 アラディンが言うとチェンバレンの笑みが引き攣った。しかしアラディンは慌てて付け足す。


「ああ、いえ、本気で言っているわけではないですよ? つまり、そうだなー、そういうきれいごとではなくて、本当の理由を知りたいというか。言いたくないなら仕方ありませんけどねー」


 アラディンは誤魔化すように大袈裟に笑い、エステルのほうを見た。褐色の肌に黒い短髪。輝くように白い歯は、エステルが抱く「立派な殿方」像と見事に合致していた。


「あ、あの……」

「じゃ、行こうか、エステルさん。噂の神速の剣技、頼りにしてるよ?」

「る、ルークさんという方がいるのでは……?」


 アラディンは、ああ、と頷いた。


「そう言えば今回は三人編成だったね。けど、事務員の人から言われなかったっけ? ルークさんは近くの施設で働くRA社の社員の安全を確保するから、今回は一緒に行動しないって」

「あ、そ、そうなん……、ですか」


 口頭で事項を伝えてきた事務員が男性だったのでエステルはろくに内容を把握していなかった。いつもは女性の事務員を寄越してくれるか、文書で通達してくれるのに。エステルは俯いた。


「どうしたの、エステルさん。あ、もしかして、僕が気安く話しかけるの、まずかった?」

「い、い、いえ、その……。すみません……。行きましょう」

「ああ、うん」


 二人は障壁のロックを外した。チェンバレンが慌てて退避する。天使の庭の内部は、それほど危険なことになっているのか。


 中に入り、障壁を再びロックした。中は広い通路が続いていて、白く清潔な印象を受ける扉が等間隔に連なっていた。見たところ異常は確認できない。


「魔物が暴れ、職員を虐殺して回ったとか聞いたけど、その痕跡はないね」

「で、ですね」


 エステルはどもりながら何とか答えた。アラディンが優しそうな男性だったので何とか会話できるが、これがもう少し怖そうな男性となると、緊張してしまってまともに返事もできない。


「今回の任務は、この騒動の首謀者と目されているドゥリトルの捕縛あるいは殺害、そして天使の庭に蔓延る魔物を掃討すること、だけど」


 アラディンは文書を読み上げるような口調で言う。


「敵の総数が分からないからな。この施設全体を見て回る必要がある。となると、不完全な見取図を渡されても、困ってしまうんだよね、これが」

「そうですね……」


 エステルは頷いた。この会社が何を隠そうとしているのか、それ自体に興味はない。問題は適切な情報提供をしてくれないと、任務に支障が出る。チェンバレンは英雄たちに何か勘繰られると困ると思ったかもしれないが、よほどの大犯罪でも発覚しない限り、英雄たちは依頼人に不利益をもたらすことはない。


「し、信用してもらいたい、ですよね……」


 エステルが言うと、アラディンが微笑んだ。


「そうそう、互いに信頼があって、初めて円滑に事が運ぶ。ふふ、エステルさんと僕って、結構、意見が合うかもね?」

「そ、そうですか……?」

「うん。良いパートナーになれそうだよ」


 そう言ってアラディンは歩き出す。エステルはそれについて歩いた。アラディンに嫌われなくて良かった。この性格のおかげで、初対面の人間に侮られることが多くあって、エステルとしては居心地の悪いことが多くあったので安堵した。


 天使の庭には人の気配も、魔物の気配もない。見取図で示されている範囲を見ても、相当に広大な施設だ。臓器培養の主幹施設という説明だが、途中にある部屋を覗き込んでも、何かを培養している気配はない。覗き込んだ先にあるのは、単なる机だったり、本棚だったり、ベッドだったり、食糧だったり。あまり研究所という雰囲気はなかった。


「それにしても、障壁、凄かったね」


 アラディンは辺りを探索しながら言う。


「チェンバレンさんの説明では、ドゥリトルという人が培養技術を悪用して魔物を産み出した、ということだけど、天使の庭に至るまでの道に、幾つ障壁があったか、憶えてる?」

「七つ――かと」

「そんなに? 元々、何らかの危険を想定していたとしか思えない造りだよね。まあ、詮索するつもりはないけどさー」


 アラディンがぼやいているときだった。前方の通路から物々しい足音が聞こえ、それが姿を現した。


 それは一見すると人間だった。しかし異形である。はだは赤黒く変色し、筋肉が異様につき、その筋肉の繊維がところどころひくつき、まるでそれ自体生きているかのように蠢いている。瞳が黒く染まり、光を宿していない。その魔物は奇声を上げながら突進してきた。


「エステル、どうする?」

「えっ?」

「噂では、戦闘となると人格が豹変する剣士と聞いているよ。戦ってみたいかい?」


 エステルは一瞬迷ったが、頷いた。戦いは好きではない。しかし皆に認めてもらいたいから必死に戦っているだけだ。たまたま戦闘の才能があっただけで、これが自分に向いている仕事だとはあまり思わない。

 ただ、今は、アラディンに認めてもらいたかった。エステルは前に進み出てその小剣を抜き放つ。


「ごめんなさい……、なるべく痛みのないようにするから」


 エステルは呟き、魔物と正面から激突した。













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