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英雄派遣  作者: 軌条
第四話 臓器工場
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依頼人登場

 依頼人の名はチェンバレンといった。着慣れぬスーツで居心地を悪そうにしている。大量の資料を持参し、事前に数回の打ち合わせをこなし、万全の状態で今日の契約締結に臨んだという。


 無事に契約を結んだ彼は上機嫌だった。わたしが取材の申し込みをすると、すんなりと受け入れてくれた。チェンバレンはわたしがここ英雄派遣会社で積極的に取材活動をしていることを事前に察知しており、彼の社内では上手くすれば広報に役立てられるという打算があったようだ。わたしは記事さえ書ければ、そういった営利主義に乗っかるのもやぶさかではなかった。


 何の広報かと言えば、臓器移植の商業化である。


「我が社は脳以外の全ての臓器、器官の培養技術を確立しました」


 チェンバレンは胸を張って言う。わたしはメモに文字を走らせていた。


「臓器の培養技術、ですか」

「はい。臓器移植の問題点は大きく分けて二つあった。一つは臓器の入手難。もう一つは他人からの臓器を提供された際に発生する拒絶反応です」


 チェンバレンは朗らかだった。それが彼の広報用の取り繕った口調なのか、本気で自社の技術を信用しているのか、判断することは難しかった。


「我が社の培養技術は、その二つの問題をクリアしました。患者の細胞をごく少量採取し、そこから躰のあらゆる部位の臓器、器官を培養してしまうのです」

「一種類の細胞から、あらゆる臓器を作り出してしまえるのですか?」

「はい。この技術が年間どれだけの人間の命を救っているか……。なんと、20万人です」


 ほう、とわたしは驚いた。


「不勉強でした。全く存じ上げませんでした。まさかそれほど大きく展開しているとは」

「臓器培養によって、要は自家移植ですから、拒絶反応は起こりませんし、当然、臓器の入手は患者が細胞の提供を拒まない限り、可能です。脳だけは依然培養に成功していませんが、近い将来、突破口が開けると信じております」


 わたしは感心しつつも、一つ気になった。


「著しく文明レベルに差異がある場合、その技術の恩恵を享受することは条約で禁止されているはずです。主な顧客は技術先進諸国に限られますよね?」


 わたしも先進諸国の出身だが、臓器培養の話は有名ではない。20万人もの顧客がいるからには、少しくらい話題になってもよさそうなものだったが。


 そこでチェンバレンはますます胸を張った。


「我が社の技術は、文明が未熟で、治療可能な病や負傷で死に至る人間が多い地域にこそ生かされるべきだと考えております。ただ単に臓器培養を可能にするのではなく、条約に抵触しない範囲で活動しております」

「どういう意味ですか?」

「最新鋭の技術を使うのではなく、素材や器具を工夫し、現地の文明を汚染しないよう配慮がなされているということです」


 俄かには信じられない話だった。そんなことが可能なのだろうか? 要するに原始的な器具によってのみ、臓器培養を可能にしたということだろう。


「なるほど、詳しくその辺の話も聞きたいところですが……。あいにく、わたしは英雄派遣に関する記事しか許されておりませんで」

「ああ、これはこれは。話が脱線し過ぎましたか」

「いえ、興味深い話をありがとうございます。同僚にあなたを紹介したいくらいだ」


 チェンバレンは咳払いし、自分の前に積まれた大量の資料を睨みつけた。


「実は、今回私が英雄派遣会社を訪問したのは……。臓器培養施設が、とある一派に占拠されたからなのです」

「占拠、ですか?」

「はい。ドゥリトルという男が率いる、研究者グループです。彼らは自らが編み出した臓器培養の手法のほうが、我が社で採用されている臓器培養手法より優れていると主張し、反乱を企てたのです」

「反乱とは、物理的手段に訴えて、ですか?」

「困ったことに」


 チェンバレンは頷き、ハンカチで額の汗を拭った。わたしはしかし疑問に思った。


「しかし、言ってもただの研究者たちでしょう。ろくな戦闘能力を持たないはずだ。英雄を借りにくるほどのことですか?」

「……それが、ドゥリトルという男は、自らの主張を通す為ならどのような手段も厭わない男でして。まあ、それが研究に反映されるうちは、我が社にとっても利益となっていたのですが」

「どのような手段も厭わない……」


 わたしは、臓器培養の未知の手法に思いを馳せ、嫌な予感がした。


「……手段とは、いったいどのような?」

「生物兵器の投入です。ドゥリトルは臓器培養技術を転用し、戦闘用の個体――魔物と言ってもよろしいかと思われますが、それを研究所内に放ったのです」

「馬鹿な……」

「発生段階で巧みにプログラミングされていたらしく、我が社の幹部や研究員を狙って虐殺行為を働いています。事務員や、営業、私のような広報の人間の被害はゼロなのですが……」

「それは……。緊急事態ですね」

「ただ、迅速な対応がなされ、隔壁が彼らを一部の区画に閉じ込めています。これ以上死者が出ることはないでしょう」


 わたしはメモしながらも頷いた。


「そうでしたか。ではそれほど急いでいるわけではないと?」

「とんでもない。彼らが閉じこもっている区画は、『天使の庭』と呼ばれているのですが」

「『天使の庭』?」

「そこは臓器培養施設の中枢とでも言うべき場所です。先ほど、年間20万人の命を臓器培養技術によって救っていると申し上げましたが、一日二日と区画の奪還が遅れれば、それだけ多くの患者が命を落とすことになりかねません」


 チェンバレンは鼻息荒く言う。


「この緊急性を、先ほど英雄派遣会社の方にも認めていただきました。即刻英雄を派遣するとのことです」

「そうでしたか……」


 わたしは事態の深刻さを理解した。英雄たちによる研究所解放作戦。これは面白くなりそうだと感じる一方、どこかこのチェンバレンという男に対するきな臭さも感じていた。


 そもそも、魔物を産み出してしまえる臓器培養技術というものが、危険極まりないのではないかと思えた。しかしそこを詳しく突っつくと、また記事とは関係のない話が始まりそうで、自重した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 派遣人員


  C級 アラディン(銃士) 

  C級 エステル(剣士)

  D級 ルーク(奇術師)



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