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英雄派遣  作者: 軌条
第三話 巨人の森
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報告書作成

 わたしがキャスと共にその部屋に入ると、栗色の髪の少女が顔面蒼白の状態で長椅子に腰掛け、事務員と話をしていた。どうやら今回の任務の報告書を作成しているらしい。


「アミさん、ですね」


 わたしが声をかけると、アミはびくりと顔を持ち上げた。そして目に涙を溜めた。


「うっ……、うう……、そう言うあなたは、お医者様ですね?」

「は? いやちが……」

「オージアス様が逝去なされたのですね!? 鬼籍に入ってしまわれたのですね!? うわぁーん!」


 アミがおいおいと泣き始めたので、わたしとキャス、事務員の三人で宥める必要があった。E級とはいえ、常人とは躰の造りが違うらしく、男のわたしが抑えにかかっても簡単に弾き飛ばされた。


 やっとのことで落ち着きを取り戻し、わたしが雑誌記者であることを理解すると、涙が止まった。


「じゃあ、オージアス様が死んだというのはデマなんですね?」

「デマも何も、あなたが勝手に勘違いしただけですけどね……」


 わたしの呆れ声にも、アミは気付かないようだった。足をぷらぷらさせながら少し浮かれたように、


「そうですよね。私がちょっと首筋に弓矢を突き刺したくらいで、オージアス様が死ぬわけないですもんね」

「えっ!? 首筋に弓矢?」


 わたしは驚愕した。このときのわたしは彼らが任務先でどのようなことをしてきたのか、何も知らなかったのだ。


 アミから話を聞くと、盗掘者との戦いで呪力を浴びたオージアスは敗北寸前まで追い込まれたそうだが、卓抜した魔術の技によって最終的には勝利を収めたらしい。しかし、オージアスからもしものときは殺せと命令を受けていたアミは、戦いを終えたばかりで衰弱したオージアスを誤って攻撃、急所に弓矢を突き刺してしまったらしい。


「オージアス様に応急手当てをし、やっとの思いでここまで戻ってきたのですが……。お医者様からは、どうして任務先から連絡を寄越さなかったのかと怒られてしまいました。担いで戻ってくるのに半日くらいはかかりましたから、確かに迅速な対応とは言い難かったですね」


 アミは申し訳なさそうではあったが、どこか他人事のように言う。わたしはアミとオージアスの冒険譚に興味がないわけではなかったが、それとは別に任務の詳細を聞き、懸念すべきことが幾つかあったことに少々動揺していた。


 オンバルルに豊富な金資源が存在することを、記事にしていいはずがない。もしそんなことをすれば、金を目当てに小悪党どもがあの未開の惑星にわらわら押しかけるに決まっている。ただでさえ、そこに文明が存在すると判明する前は、資源惑星として企業家たちの垂涎の的だったというのに。


「どうかされましたか、記者さん?」


 キャスが声をかけてくれた。わたしは我に返り、ああ、と頷いた。


「アミさん、お話をもっと聞かせてください。それと……。オンバルルの方に話を聞きたいのですが……」

「依頼人の幽体は既に霧散しているみたいですね。と、なれば、小人のワットさんあたりが取材しやすいのではないでしょうか」

「ワットさん、ですか」




 わたしはアミから話を聞き終えた後、英雄派遣会社を後にした。オンバルルへの進入は許可が下りなかったが、郵便物のやり取りは可能だった。オンバルルの古き英雄ワットは、わたしの取材の申し込みに対し、一つ条件を出してきた。その条件はわたしにとって何ということはなかった。すぐさま手紙を返し、会って話をする約束を取り付けた。


 ワットはアミの話の中で出てきた通り、豪奢な装備に身を包んでいた。待ち合わせた公園に、巨大な猛禽の背に乗って登場した彼は、意外にも丁寧に対応してくれた。


「儂は部族最強の戦士ワット。今回は英雄派遣会社への人事部との橋渡しに尽力してくださり、拝謝感佩の至り」

「いえいえ。わたしはちょっと話をつけただけですよ。あとはワットさん次第です」


 ワットが英雄派遣会社に入社したいと話を寄越したときは驚いた。小人が英雄として認められるのは容易なことではないだろう。わたしはその心境についても詳しく聞きたかった。


「なに……。今回の騒動で痛感したまでのことよ。閉鎖的な環境にい続けることの危険性というものを。世界は広い。一生をかけて歩き回ったとしても、その半分も踏破することかなうまい。故郷を守る為に必要なこと、それは互助であると、儂は思う」

「互助、ですか」

「湖沼地域に住まう巨人どもとも、いがみ合っている場合ではないと我が部族の長が話をつけにいった。戦士長の儂としても、この広大な世界でいかに立ち居振る舞うべきか、考えを改めなければならなかった。この騒動を顧みたとき、英雄たちの傘にあらかじめ入っていれば、ここまで被害が拡大することはなかったのではないか、そう結論が出た」


 英雄の傘。いざというとき英雄が迅速に対応し、脅威を排除する。確かに英雄派遣会社とそういう契約をかわしている星や国家は存在している。


「英雄の傘に入るならば、ワットさん、あなたもその力を世界平和の為に使うと?」

「世界平和だなんて、大袈裟な。しかし記者殿、我関せず焉というのでは、限界があるのだよ」


 ワットはカチャリと自らの武具を鳴らし、決然と前方を見据えている。


「だから儂はこの力を。我が部族の未来の為にも。英雄派遣会社に捧げる。そう決めたのじゃ」


 ワットの決心は固い。わたしは記事に今回の騒動を書かないと決めた。故郷の未来に思いを馳せる老兵の決意を見せられて、彼の邪魔をしたいだなんて、そんなことを思えるはずがなかった。いつの日か、オンバルルがもっと世界的にオープンな星となり、莫大な量の金鉱石の存在含め、その神秘性と秘密を全て失い国際化を果たしたとき、このときの話を記事にして読者に語ろう。それがいい、とわたしは頷いた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 報告書梗概



 オンバルルの盗掘者を逮捕。


 本件に関連し戦士ワットを獲得。

 能力査定の結果、E級と認定する。



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