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英雄派遣  作者: 軌条
第三話 巨人の森
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オンバルル(6)

 オージアスは呪力が込められた水晶玉を処理したかった。しかし安全に無力化するには相当に長い時間が必要であり、なおかつ、おいそれと放置して良い代物でもなかった。何の心得もない人間が触れれば暴発することもありうる。


 それに、先ほどの女が水晶玉を扱うだけの技倆を持たなかったことを考えると、この水晶玉には「紐」がついている。真なる持ち主がこの水晶玉を通じてこちらを窺っている。それを承知で、オージアスはこの水晶玉を持っていた。


「あ、あの、オージアス様、どうしましょう……」


 アミがオージアスの隣でもじもじしている。オージアスは首を傾げた。


「どうした。小便でもしたいのかね」

「ちっ、違いますっ! こ、小人さんたちのことです」

「小人がどうした」

「可愛いですよね……」

「は?」


 アミは赤面していた。瞳が潤んでおり、心ここにあらずといった有様だった。


「小人さんたちが可愛くて、悶え死にそうですっ! どうしてあんなに可愛いんだろう……。手に載せて撫でたら、怒りますよね……」

「怒るというか、刺されるだろうな」


 オージアスはすっかり呆れていた。最初、オージアスはアミをその口調から真面目な人間だと思い込んでいたが、とんでもない。師匠から課せられた修行を優先したり、任務に関係ない小人に夢中になっていたり、この女の性根は腐っている。


「刺されますかね……。でも、ちょっとくらいなら……」

「次こそ死ぬかもしれんな」

「え?」


 オージアスは小人たちが携帯する小さな剣を一瞥する。


「あれには毒が塗られている。猛毒というほどではないが、先ほどきみを卒倒させたように、それなりに破壊力がある。また刺されれば、今度はどんなことになるか」

「あっ……。毒ですか……。そっか……」


 アミは残念そうだった。オージアスはもう彼女に何も期待しないことにした。今は水晶玉にだけ注意を向けていよう。どうせこの女には、水晶玉の呪力に対抗することはできない。何の役にも立たないのだ。


 小人たちの先導で、金鉱山へと向かった。金鉱石を切り出すと言っても、採取できる鉱石に含まれている金の量はそれほど多くないはず。まともに金を得るには製錬及び精錬を繰り返す必要がある。盗掘者たちはどのような方法で金をせしめるつもりだろうか。


 間もなく、森林の奥にある金鉱山に到着した。なるほど、周辺の気配を探ると、禽獣たちとよく似た気配を感じた。サイズが小さいので、小人たちと禽獣の気配の区別がつきにくい。オージアスは最初こそ森に気配を感じることができなかったが、実際には森に潜む無数の反応を捉えてはいたのだ。


「あれが金鉱山か。鉱山にしては緑に覆われているな」


 オージアスの指摘に小人たちが一斉に視線を向けてくる。


「当たり前だ。ここしばらく誰も手を入れていない。金は争いの種だからな」


 オージアスは小人の言葉に頷く。


「まさに。さて、鉱山の中に人間の気配があるな。小人ではなく。早速盗掘を開始しているようだ」

「まさか! ずっと監視していたが誰も出入りしていないぞ」

「監視の眼など無意味だ。向こうには魔術師だか呪術師だかがついている。姿を晦ましたり、透明になったり、地中を移動したり――手段なら幾らでもある」


 オージアスは前に進み出る。


「さて。行くとするか、アミ。きっと向こうから仕掛けてくれるだろう」

「そ、そうなんですか?」

「この水晶玉を通じて、敵はこちらの動向を掴んでいる。まず間違いなく先制攻撃を仕掛けてくる」

「ええっ!? どうしてそんなものを持ち歩いているんですか! さっさと壊してくださいよ!」

「壊したら力が暴発してこの辺一帯が消し飛ぶがそれでも構わないかね? こんな危険な代物をどこかに放置することもやめたほうがいいだろう。結局、吾輩が持ち歩くしかない」

「ええ……? でも、やっぱりそれを持ち歩くのは……」

「確かに上手い方法が一つだけあるな。吾輩だけこの水晶玉を持ったまま帰還し、盗掘者の捕獲はきみに一任するという方法だ」

「え? いや、それはちょっと……」

「ふん。自信がないなら吾輩の言葉に従いたまえ。代案もなく反駁するなど非生産的な奴め」


 オージアスとアミは言い合いながら金鉱山へと向かった。小人たちはそれを見送ったが、一人だけ、オージアスたちについてくる小人がいた。


 よくよく見れば、その小人だけ装備が豪華だった。金色の剣鞘に、巨大な兜、重厚な鎧、それでいて身軽な動き。小人の中では相当な偉丈夫らしく、その佇まいも堂々としている。金色の顎髭を伸ばし、それで威厳を得ていると思っているらしい。


「待て! 貴様らだけに任せておけん! 儂もつれていくがいい!」


 その小人はオージアスたちの足元を疾風のように駆け抜け、前方に躍り出た。アミがきょとんとする。


「小人さん。一緒に来るんですか? でも、危ないですよ……」

「小娘が! 儂を足手纏い扱いするとは! 部族最強の誉れ高きこのワット! けして貴様らごときに遅れを取らんわ!」

「大した自信ですね……、ワットさん」


 アミはおろおろしている。オージアスは肩を竦める。


「……一緒に来るのは構わない。むしろ証人がいてくれたほうが、報告書の作成に役立つだろう」

「ふん!」


 ワットは剣を引き抜き、それを高々と掲げてみせた。そして近くの草むらに飛び込み、その姿を巧みに隠しながら金鉱山へと向かう。なるほど、アミほど危なっかしいわけではない。自分の身は自分で守れるだろう。


「行くぞ、アミ。ワットを守ってやれ」

「はい!」


 オージアスとアミは先に進んだ。開発がろくに進んでいない鉱山なので、道らしきものはなかったが、荒廃した坑道の入口が幾つかあった。


「昔のことだが、ここから金を掘り出していた。湖沼地域の巨人どもと争いになってからは放棄したが……」


 ワットが言う。オージアスは坑道に真新しい足跡を幾つか発見した。


「どうやらこの中に入っていったようだ。戦闘で後れを取ることはないだろうが、一応警戒したまえ」

「はい、分かりました!」


 しかし坑道に入る直前、頭上から何かが降ってきた。ふと見ると山の頂上付近から複数の岩が落とされていた。


「きゃああああああ!」


 アミが頭を抱えて蹲る。それでも戦士か。オージアスは呆れてばかりだった。軽く手を振り、大岩を木端微塵に破壊する。


 岩の破片や砂塵が降りかかる中、坑道から一人の男が現れた。オージアスは蹲るアミを軽く蹴飛ばし、さっさと立たせた。


「さすが英雄派遣会社の社員だな。これくらいでは怯ませることもできないか」


 男は黒の道衣に身を包んでいた。垂れ下がった袖の中から何かを取り出す。オージアスは目を見開き、ワットが義憤の呻き声を漏らした。


「きっ、貴様!」



 ワットが剣を構える。男はその手に半裸の小人を掴んでいた。男の手の中でぐったりとしているその小人は、人間で言えば20歳程度の女のように見えた。


 人質か。オージアスは、想定こそしていたものの、少々厄介だと感じるようになっていた。人質を盾にしていることそのものより、人質がいると言っても堂々と姿を見せてきたその余裕に、警戒心を抱かざるを得なかったのだ。


「人質とは無粋な真似をする。ワット、あの小人はきみの村の人間か?」

「……本格的な騒動になる前に、行方知らずになっていた村の娘だ。まさかこんな奴に……!」


 ワットがギリギリと震えている。オージアスは横で動き出そうとしていたアミを目で制した。アミは悔しそうに男を睨んでいる。


 道衣の男は余裕の表情だった。


「さて、どうする? 人質ごと私を消し飛ばすかね、英雄殿?」


 オージアスはふっと笑った。男の余裕の正体は分からないが、改めて言うなら、人質くらいは想定内だ。


「人質ごと消し飛ばす? 死ぬのはきみだけだよ、三流魔術師」


 オージアスは足元の石を拾い上げた。それを強く握り締める。次の瞬間、道衣の男の手の中に、その石が瞬間移動していた。


 そしてその人質の女は、オージアスの手の中に移動している。物体同士を瞬間的に交換する魔術の一種。魔術師ならばこれくらいの術の存在は知っていてもらわないと困る。


「でかした!」


 ワットが手を叩いて喜んでいる。アミもざまあみろですー! と叫んで男を挑発している。


 しかしオージアスは人質を救出してなお不穏な気配を感じ取っていた。道衣の男の余裕は崩れていない。


「それで勝ったつもりかね、英雄殿? もう少し期待していたんだがね」

「何を言う。きみはもう終わりだ。気絶してもらう」


 オージアスが手を翳す。次の瞬間、道衣の男は卒倒し、任務終了となるはずだった。


 しかしそうはならなかった。男の顔面にはりついた余裕の表情が、勝利を確信したそれに変わったのを、オージアスは見た。









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