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英雄派遣  作者: 軌条
第三話 巨人の森
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オンバルル(4)

 何ともお粗末な話だ。オージアスは卒倒したアミに氷水をぶちまけた。うひゃああという奇声と共に跳び上がったアミは、オージアスを茫然と見つめた。


「あ、オージアス様、おはようございます……。あれ、私……」


 そこでアミは自分が地面の上に立っていることに気付いたようだった。それがよほどショックだったのかまた白目を剥いて倒れそうだったので、オージアスが肩を支えた。


「おい、きみ、自分の足でしっかり立て」

「も、申し訳ございません……。でも、私、樹の上に……。うう、師匠に怒られる……」


 オージアスは濡れた彼女の躰を軽く押した。嘆息する。


「きみはこの任務を馬鹿にしているのか? 師匠とやらに課せられた修行よりも、この星で困っている人間の役に立つことを考えたほうがいい。ただでさえ半人前なのだから」

「そ、それもそうですね……。あの、オージアス様から、修行を中断したのは任務に集中する為だと、師匠に話してもらえませんか……?」

「は? 何を馬鹿なことを……。そもそもきみが地上に落ちたのは自分の未熟ゆえだろう。敵に不覚を取ったのが原因だ」

「はっ!? そうでした、敵はいずこに!?」


 アミが急に戦闘態勢に入ったのでオージアスは苦笑した。この女は未熟だ。まだ周囲の変化に気付かないとは。


「……敵と言ったが敵ではない。きみ、よく周囲の木々を見てみたまえ」

「木々を?」


 アミは不思議そうにした。そして自分を取り巻く密林の木々を眺め渡した。


 しばらくぐるぐるとその場で回りながら観察を続けていたが、やがてあっと驚きの声を発した。


「オージアスさん! 小さなお人が! 小人さんがたくさんいますよ!」


 アミが叫んだ。オージアスは頷く。二人の周囲に広がる密林の枝葉に、人間の十分の一程度の大きさの小人が載っていた。その数は100人ほど。いずれも迷彩用の衣服を身に纏い、武装している。


 アミがぶるぶると震えている。


「こっ、小人さん……! も、もしかして、オージアス様、今回の依頼人って」

「絶望的なまでに鈍いきみでもさすがに気付いたか。今回の仕事の依頼人は小人だった……。本来ならそのような基本的な情報は当然仕事の前に入ってくるものだが、今回は特殊な事情が重なり、今の今まで不確定だった」


 オージアスは、樹上にいる一人の小人を指差した。


「アミ、彼が敵のいる場所まで案内してくれるらしい。移動しながら事情を話そう」

「はっ、はい!」


 小人たちはしかし、オージアスたちに好意的な眼差しを向けているわけではなかった。むしろ敵意を隠し切れず、隙あらば攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気がある。アミはそれに怯えているようだった。樹上だと素早く動くことができるアミだったが地上を走るとなるとかなり不格好で、何度も転びそうになりながらオージアスに訊ねる。


「オージアスさんは、いつから依頼人が小人さんだと気付いていたのですか」

「ここに巨人がいた痕跡が見当たらないときからおかしいとは思っていた。依頼人が幽体の姿で現れたこと、そしてその全容が明らかにされていない保護惑星オンバルルからの要請ということで、常に頭の中に可能性としてはあったな」


 アミは頷く。


「幽体になってしまえば、元々の躰のサイズは関係ありませんからね。でも、オンバルルに小人がいるなんて、私には初耳なんですが……」

「吾輩にとっても初耳だよ。公開されていない情報だ。オンバルルにも我々と似たサイズの人間がいるが、この密林の外の湖沼地域に集中している。密林の中にも人間がいても不思議ではないが、実際にここを支配しているのは小人たちだったということだ」


 アミはここで首を傾げた。


「あれ。でも、私が見つけた村が滅び去った跡は何だったんでしょう。あそこは小人の村だったんですか?」

「いや。あそこは小人たちの言う巨人ども――敵が野営する為に森を焼き払ったものらしい。敵らは小人の存在を知っていた。周辺を焼き、視界を確保することで、小人たちからの復讐に備えていたのだろう」

「復讐、ですか」

「敵は小人を襲い、多くのものを奪っていったそうだ」


 アミは樹上を機敏に動く小人を見つめる。


「敵の目的は何なんですか……?」

「この地に豊富に眠る金鉱石を狙ったのだろう。湖沼地域に住む人間たちも河から流れてきた砂金で随分と贅沢をしていると聞く」

「金鉱石ですか……。貴重ではありますが、ありきたりと言えばありきたりですね」

「金が売れない世界などないからな。どこの世界でも貴重なものだ。稼ぐには一番」


 オージアスの言葉にアミは俯いた。そして決然と言う。


「小人を襲ったその人たち……。許せませんね! 私たちで捕えましょう!」

「そうだな」


 オージアスが頷いたのを見て、樹上で案内をしている小人がちらりと視線を寄越す。


「……オレはまだアンタたちを信用したわけじゃない」


 小人の声は驚くほどよく通った。その小人は男性で、恐らく成人している。ただ、やたら血色が良く、肌も綺麗で、胴長なので、少々幼く見えた。


「信用していないとは?」


 オージアスは敢えて尋ねた。小人は冷然と言い放つ。


「アンタたち人間が、金鉱石の存在を知れば、何かと理由をつけて奪いに来る。そんなことは分かっていたんだ。だからオレたちは表舞台に出ることを拒んだ」

「ほう?」

「百年ほど前だったか。湖沼地域に住む巨人どもと、オレたちは戦争になった。戦争の火種は金鉱石が大量に埋蔵されている川上の鉱山だった。その争いで双方に甚大な被害が出た。どちらかが根絶やしになればまだマシだったのかもしれないが、戦力は拮抗していた。戦いを収めるには、互いに金の存在を忘れるしかなかった」

「鉱山を共有するという考えはなかったのか?」

「ない。そもそも鉱山を開発することは、この森の中で生きるオレたちにとっては死刑宣告も同様なんだ」


 その小人は蔑むような目でオージアスを見る。


「オレたちは、オンバルルがアンタたち外の世界の人間に見つかったとき、湖沼地域の巨人どもと結託して、金鉱石の存在を秘匿した。小人の存在も知らせることはなかった。オレたちは金を守る為に密林を巡回する必要があったからな」

「秘匿ね。長続きするとは思えんが、まあ、悪くない方策だったかもしれんな」

「だが、外の世界から巨人どもがやってきた。奴らは容赦なかったぞ。問答無用でオレたちの仲間を殺しやがった。やはり巨人どもは信用ならない」

「湖沼地域に住む巨人――吾輩にとっては普通の人間たちだが、彼らとはそれなりに仲良くやれているのだろう」

「まさか。考えてもみろ。どうして外の世界の巨人が、ここに金鉱石があると知っている。誰かが情報を漏らしたか、あるいは結託してオレたちを殺しに来たんだ」

「なるほどな。それで、英雄派遣会社に頼るしかなくなったというわけか」


 小人はかぶりを振った。


「何度も言わせるな。巨人は信用ならない。英雄派遣会社とやらに駆け込んだのは、エリモの独断だ」

「エリモ……。あの幽体の状態で依頼に来た魔術師か」

「あんな異端児でも、一応、オレたちの仲間だ。あいつが連れて来たアンタたちは、一応、敵とは見做さない。今だけはな。しかし、妙な行動を起こしてみろ、タダじゃおかない」

「それは恐ろしいな」


 オージアスは心にもないことを言った。小人は前方を指差す。


「……あそこだ。あそこに連中がいる」


 オージアスは見た。森が焼き払われ、広大な空間がある。その空間を飛び回るのは無数の黒い鳥だった。恐らく、小人に対抗する為の手飼いの猛禽であろう。


 鳥の包囲の奥に天幕があった。そこでは人の出入りがある。あれが金鉱石を狙った盗掘者か。若い男女のようだった。


 ふと気付けば、広場の盗掘者を監視している小人が無数にいた。討伐してやろうと息巻いているようだったが、あの黒い鳥が邪魔で手出しできないようだ。


「あの鳥は我々の天敵だ。この地に古くから住む種類で、我々の肉を何よりも好む」

「そんな鳥を大量に持ち込んでいるということは、間違いなく、盗掘者には確かな情報源がついているようだな」


 オージアスは小人たちが疑心暗鬼になるのも無理はないと思った。


 しかし小人たちの信用なんてものは、本来必要ない。オージアスがこの場で盗掘者を全て倒せば済む話だ。オージアスは前に進み出た。そしてその密林の中にぽっかりと現出した広場に出る。黒い猛禽どもが一斉のその感情の籠らない眼を向けてくる。


「かかってきたまえ。調理の時間だ、鳥ども」


 オージアスのその言葉に、黒い猛禽どもが不気味な鳴き声を披露し、襲いかかってきた。









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