報告書作成
英雄派遣会社の応接間でオルウェルと再会したとき、その変わりようにわたしは驚いた。紳士の模範といった趣のあった初老の落ち着いた男性が、いまや頭髪はぼさぼさ、服装も乱れ、顔には無数の切り傷があった。十歳は老けた様子で、咄嗟に何も言えなかった。
わたしの視線に気付いたか、オルウェルは気恥ずかしそうに言った。
「デボラお嬢様の同道者として、私ごときには務まらないようでして」
「はあ……?」
そのときは意味が分からなかったが、取材を開始し、話を聞き終えたときには、全てを理解した。何でもない魔物討伐の話に終わるかと思っていた今回の案件だったが、予想外の展開を見せ、なかなか興味深かった。
「大変でしたね……」
「いえ。大したことではありませんよ」
「しかし、今日はどうしてこちらに? わたしとしては貴重なお話を聞けて嬉しい限りですが」
オルウェルは頷く。
「ええ。実は、お嬢様が、ここ英雄派遣会社に――」
言いかけたオルウェルだったが、そのとき、応接間のドアが乱暴に開かれた。ぎょっとして振り向くと、輝く銀の胸当てに煌びやかな装備で身を固めたデボラが立っていた。
「ちょっとオールウェール! 一体全体どういうことなのよ!!」
「は? お、お嬢様、落ち着いてください」
オルウェルが狼狽するのも無理はない、デボラの勢いには誰もが閉口してしまうだろう。
「このワタシがB級だっていうのよ? このワタシが! どうしてA級じゃないのよ!?」
「お、お嬢様……。抑えてください」
わたしはデボラが暴れ回る気配を感じ取り、さっさとその場から退散した。デボラが腰に携えている聖剣が、彼女の感情の高ぶりに呼応して発光しているのが少々恐ろしかった。
応接間から廊下に出ると、壁に凭れた女性がわたしに軽く会釈してきた。
わたしは直感して、名刺を差し出した。
「ラシェルさんですね? わたしは雑誌記者の――」
「お話は聞いていますよ。取材に協力せよと大号令がかかりましたからね。ですからそう焦らずに」
ラシェルはそして部屋の中で騒ぎ立てるデボラを見る。
「彼女が英雄派遣会社に興味を持つのは想定内でしたが、B級と査定されましたか。私なんかよりよほど上ですね」
「ただ、お話を聞く限り、デボラさんは繊細な気遣いが必要な任務には不適のような」
「元々、B級以上は人格破綻者が多いんですよ? もしまともな人ばかりなら、我々D級英雄の出番なんてありません」
「そう卑下なさらずに……。ラシェルさんも一騎当千の猛者でしょう」
ラシェルはふっと笑った。
「確かにちょっと卑屈な発言だったかもしれません。申し訳ありません。ただ、あの生意気で傲慢なデボラさんが、私なんかよりよほど英雄の資質に溢れているという事実に、苛立っているのかもしれませんね」
「しかしあなたがいなければデボラさんが覚醒することもなかった。そう聞いています」
「それもどうだか……。放っておいても勝手に強くなっていたかもしれませんよ?」
ラシェルはそれから大きく息を吐き、
「いけませんね。少し、今回の仕事で疲れているようです。取材は後日でもよろしいですか」
「ええ、もちろん構いませんが、普段はどこにおられるんですか?」
「仕事先か、静養地ですよ」
「静養地……、ですか」
わたしが変な顔をしたのか、ラシェルは首を傾げた。
「御存じありませんか? あ、でもあそこは一定の部外者の人間の立ち入りが禁じられていましたっけ……」
「英雄のプライベートを保護する為ですか? まあ、最低限それくらいは必要ですよね」
「いえ、たまに暴れる人がいるので、近くに一般人がいると死にかねませんからね。そういう理由で立ち入り禁止です」
ラシェルはふと物思いに耽る顔になった。
「……先ほどデボラさんは、自分がA級じゃないのは信じられないとおっしゃっていましたが。正直言って、彼女はB級の中でも下から数えたほうが早いでしょうね。まあ、静養地に言って他の英雄と接触すれば、認識を改めるでしょう」
「彼女が静養地とやらに向かいますかね? そこで大人しく寛いでいるなんて想像もできませんが」
「かもしれませんね」
ラシェルはあっさり認めると、廊下を歩き始めた。わたしはそれについて歩いた。
「記者さん。隣の部屋でダンさんが報告書の作成を行っています。お話を聞く良い機会だと思いますよ」
「そうですか……。ありがとうございます」
「ただ、一つ忠告しておきますが」
ラシェルは振り向きわたしの顔を覗き込む。
「あまり恩人案件の取材は続けないほうがいいと思います。契約の中でも特殊なケースですからね」
「はあ……?」
「通常の案件では、普通に英雄も任務に失敗することがありますし、稀に戦死することもあります。英雄派遣会社の実態を活写するなら、むしろそちらを取材したほうがよろしいかと」
「わざわざありがとうございます」
「差し出がましい指摘だとは思いましたが、一応。それでは」
ラシェルは去って行った。戦場ではその細身の躰で大砲を背負い移動するというのがどうにも信じられなかった。わたしは大砲の実物を見せて欲しいとお願いしようか迷っていたが、結局言い出せなかった。その後判明することになるのだが、ラシェルの大砲は、デボラが聖剣の力を解放した際に一緒に破壊されていた。魔物の肉を砲弾として使っていた為に、聖剣の力で砲身もろとも浄化されてしまったらしい。
大砲を見せてくれと言わなくて正解だった。そんなことを言い出せば睨まれていたことだろう。わたしは安堵したが、後日、更に巨大で強力な大砲を駆使するラシェルの英雄譚を漏れ聞き、感心した。彼女は不屈の英雄だ。再び邪竜のような凶悪な敵と対峙したそのとき、自らの手で対処できるよう研鑽を積んだのだろう。
「ラシェルのやつ、悔しがってたぜ」
わたしがダンから話を聞いたとき、彼はしみじみと言っていた。
「邪竜に負けたことをですか」
「いや。そうじゃない。社長秘書のエルに全て見透かされていたことをさ。本来なら邪竜討伐も社員がやるべきだったかもしれないが、それだとデボラが覚醒せず、ウチに入社することもなかった。B級英雄は戦力としては相当なものだからな、デボラをウチに勧誘する為に、わざわざD級英雄を邪竜にぶつけた」
そう言うダンは達観しているようだった。悔しそうではない。
「エルの思惑通りに進んでいるのが気に喰わないのさ。よせばいいのに、更に強力な大砲の開発を頼んでいるらしい」
「頼んでいる? 誰にですか」
「E級英雄にクロティルドってのがいてな……。そいつが英雄たちの武器を色々改造してくれるんだよ」
取材対象が増えた。それはさておき、ダンは愉快そうだった。
「記者さん、エルについて調べるのも面白いと思うぜ? あの社長秘書、有能過ぎてな、人間じゃないって噂だ」
「ラシェルさんは、恩人案件ばかり取材するなと言っていましたけどね」
「あいつは今回の件でエルに反感を抱いたんだろ。仕方ない」
二人の英雄の真逆の意見に、わたしは少し揺れた。しかしどうせ誰に言われても、せっかくの取材機会を逃すわけにもいかず、強引に話を聞きに行くだけだ。わたしの今回の取材はデボラやラシェル、ダンの活躍が続く限り終わらないだろう。特にデボラとラシェルにとっては、今回の件が大きな岐路となったようだ。
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報告書梗概
デボラの護衛任務を満了。
ドランの邪竜討伐を確認。
本件に関連し剣士デボラを獲得。
能力査定の結果、B級と認定する。
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