依頼人登場
英雄派遣会社の主役は、3000人にも及ぶ戦闘員、すなわち英雄たちに違いないが、彼らが普段社内のどこにいるのか、それはどれだけ取材を重ねても分からなかった。
普通の事務員や営業職員などは会社の敷地内のいたるところで見られた。仕事をしていたりくつろいでいたり、実に和やかな雰囲気の中で過ごしていたが、充実する娯楽施設や休憩室のどこにも英雄と思われる人は存在しなかった。
別に宿舎があるのかもしれないし、普段は社外にいて、要請があるときだけ駆けつけるのかもしれない。あるいは越境門を使って任務に赴いた後は、現地で観光でもしているのかもしれない。わたしはそのように推測したが、まさかこんな不確かなことは記事にできない。
先日、シエラに普段はどこにいるのかと質問したら、睨まれて終わりだった。エルからは「そこは触れないほうが賢明ですよ」と忠告された。なぜそんなに隠されるのか、わたしには分からない。
その場は引き下がったが、いつか突き止めたいものだ。もっと気さくに事情を話してくれる英雄はいないだろうか。
わたしは最近、この会社に入り浸っている。キャスともすっかり仲良くなり、何度も食事を共にしているが、肝心の社長とはしばらく会えていなかった。
「記者さん! 良いネタがありましたよ!」
キャスはすっかりわたしの助手になったつもりらしく、度々その可愛らしい顔に熱意を込めて、わたしの泊まっている宿舎の部屋に押しかけてきた。わたしは協力的な少女の言葉を無下にすることができず、話を聞くことにしたが、実を言えば次の取材対象は決まっていて、手が空いていなかった。
「良いネタか。是非聞かせてくれ」
わたしは言葉とは裏腹に、あまり乗り気ではない口調で言った。そんな機微を見分けられるほど、今のキャスは冷静ではなかったらしく、嬉しそうにわたしの手を取った。
「依頼人さんから直接話を聞くチャンスです! さあ、こちらにどうぞ」
「え……? もしかして、わざわざその方を待たせているのかい?」
「はい! 少しだけなら話をしても良いと」
勝手に取材を始められても困る。わたしはさすがに彼女に注意するべきか悩んだが、彼女が善意でしたことだと分かっていたので、あまり強く伝えることは憚れた。
「そうか……。あの、今度からは事前にわたしに相談してもらえると……」
「さあ、こちらです! 遊歩道沿いにある喫茶店、知ってます? あそこで待ち合わせしたんです! 美味しい氷菓子があるからって、私が紹介したんですよ?」
初めて会ったときは慎ましやかな少女に見えたのに、こんなに爛漫な子だったのか。わたしは頭を抱えたい気分だったが、片手は彼女に引っ張られているし、もう一方は反射的に取材メモを取り出していたので、それもかなわなかった。まあ社長のお孫さんだし、多少の無礼は許されるのかな。わたしは宿舎を出ながらそんなことを考えた。
喫茶店で待っていたのは初老の男性だった。痩身で、白髪混じりではあるが、肌つやは良く、俳優だと言われても信じてしまうような雰囲気があった。若い頃はさぞ異性に好かれたであろう。
わたしの姿を認めると、その男性はわざわざ立ち上がって頭を下げてきた。わたしは自分の肩書きを述べ、同じく深々とお辞儀した。
「申し訳ありません、こちらが取材をする立場ですのに、お待たせしてしまって」
「いえ。気にしておりませんよ」
わたしはひたすら恐縮していた。男性もそれを感じ取ったのか、何でも聞いてくださいと彼のほうから促してくれた。
「それでは早速……。一応、確認となりますが、英雄の派遣を依頼されにいらっしゃったのですね?」
「はい。間違いありません」
男性の名はオルウェルといった。
オルウェルはさる貴族に雇われている家庭教師であった。貴族の令嬢に教養諸学を教え、また、身の回りの世話をすることもある。令嬢にとっては肉親を除き最も親しい人物であり信頼も厚いという。
しかしこの令嬢というのが奇特な人物で、容姿端麗、剛毅果断、聡慧怜悧の才女でありながら、家出癖があり金遣いが荒く、それでいてやたら正義感の強い御仁だという。年齢は16。これまで数々の縁談を持ち込まれたものの、その奇行と苛烈な性格から悉く破談となり、彼女の父親も持て余しているという。
「私はお嬢様のお目付け役のようなものです。昔はもっと素直で可愛らしい女の子だったのですが……」
オルウェルははっとしてわたしの顔を見た。
「これは失礼しました。今のはお忘れください。今の言葉をお嬢様に聞かれたら、厄介なことになりますから」
「ええ、それは構いませんが、あなたは家庭教師なんですよね? お目付け役なら他に、執事や侍女がいるのでは」
「ああ、言い忘れていましたが、お嬢様は武術に関心があり、自分より弱い奴の言うことはきかない、という信条があるようなのです」
「はい?」
良家のお嬢様が武術? わたしは首を傾げた。
「武術ですか……」
「はい。実を言えばお嬢様に武術の手ほどきをしたのは私なのです。今となっては後悔しかありませんが、お嬢様には元々武術の才があったらしく、メキメキと強くなられて、今では私と互角の剣士に成長なされました」
オルウェルは嘆息する。わたしはメモに文字を走らせながら話を聞いていた。
「それで、そのお嬢様が、今回の依頼に関係するのですね?」
「はい。そうなのです。突然、お嬢様が『自分は勇者の生まれ変わりだ』とおっしゃられて――魔物討伐の旅に出ると言ってきかないのです」
「勇者の生まれ変わり、ですか?」
「はい。我が国ドランにおいて広く伝えられる勇者伝説に触発されたのだと思われますが。一人で危険な魔境に挑もうとするので、さすがに皆でお止めしたのですが」
「言うことをきかない、と」
オルウェルは頷く。
「はい。お嬢様は実の父であるご主人様に、どうしても行かせてくれないなら親子の縁を切る、とまでおっしゃっていました。さすがに温厚なご主人様も、今回ばかりは激怒なされて、お嬢様を家から追い出してしまわれたのです」
「しかし、それはお嬢様の希望通りの結果とも言えますね。これで心置きなく魔物を討伐する旅に出掛けられるわけだ」
「しかし、これまでお嬢様が家を飛び出されるときは、必ず家臣の中でも指折りの手練れを引き連れておりました。今回は、お嬢様の護衛は一人もおりません」
わたしはメモから目を離し、オルウェルの顔を覗き込んだ。
「あなたを除いては……。ですか」
オルウェルは金縁の手巾を取り出し、額の汗を拭く。
「……はい。私は、厳密には、単なる雇われですから、ご主人様の命令に従う義務はないのです。幼少の頃からお世話しているお嬢様を一人で行かせられるわけもなく、こうして英雄派遣会社の方々に護衛をお願いしたいと参上した次第で」
話は大体分かった。面白そうな話ではあるが、事件としては極めて小規模なものと言わざるを得なかった。とはいえ、この場には氷菓子を食べながら話を聞いているキャスもいる上に、わざわざ引き止めて話を聞いている以上、ここで取材を終えるというのも失礼な話だった。
「この案件の顛末を記事にしたいのですが、よろしいでしょうか」
「記事ですね。はい、お嬢様の了承さえあれば、構いません」
オルウェルはそれから作り笑いを浮かべ、強引に話題を変えた。
「それにしても、この国は豊かですね。見たこともない高層建築、発達した機器、洗練された人々――我がドラン国とは天地の差です」
「ここまで発達した国は、世界を見渡しても稀ですよ」
「お嬢様が御覧になったら、きっと街中を探険したいとおっしゃられるでしょうね」
オルウェルは、まるでこの場にお嬢様がいて、その我が儘を嫌々聞かされているような、うんざりした顔になった。せっかくの男前が崩れ、年相応のくたびれた姿になった。
「あの」
わたしがおそるおそる声をかけると、オルウェルは苦笑した。
「ああ、申し訳ございません。そろそろ、よろしいですか。続きは今回の契約が終了してからということで」
「最後によろしいですか。契約期間はどれくらいに?」
「お嬢様の気が済むまで……。ここの会社は融通が利きますね、助かりましたよ」
オルウェルは立ち上がった。さすがに会計はわたしがもった。彼は私に礼を言い、喫茶店を去って行った。
それまでオルウェルが座っていた席にキャスが腰掛けた。彼女はにこにこしていた。
「記者さん、良い記事書けそうですか?」
「ああ、うん、まあね。でも、キャス、今度からは勝手に依頼人さんと話をつけないでくれるかな」
「えっ? 迷惑、でしたか……」
キャスは肩を落とした。わたしはすかさず迷惑じゃない! と言いそうになったが、心を鬼にした。彼女と良い友人関係を築きたいと思うなら、ここできっちり迷惑だと伝えたほうがいいだろう。
「ありがとう、その気持ちは嬉しいけどね。取材はわたしの仕事だ。きみがわたしの手伝いをするというのなら、わたしはきみに報酬を支払う必要がある」
「報酬なんて」
「それが社会のルールだよ。わたしが未成年を無報酬でこき使ってると広まったら、わたしもタダじゃ済まない」
「ご、ごめんなさい、私、そこまで頭が回らなくって……」
キャスが意気消沈した顔を見るのは忍びなかったが、仕方ない。ただ、彼女が持ってきたこのネタ、詳しく話を聞く価値はあるかもしれない。
武術に傾倒したお嬢様が、英雄派遣会社の猛者と対面し、どのような反応を見せるのか。もしかするとオルウェルは、お嬢様が英雄に萎縮して、少しは女の子らしくなることを期待しているのかもしれないな。わたしはそんな邪推をした。
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派遣人員
D級 ダン(斧戦士)
D級 ラシェル(砲手)
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