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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
29/42

十九幕・鳥羽伏見の戦い〈前編〉

 薩長連合軍は、城南宮から小枝橋方面に東西に長い布陣を敷いて北上軍への備えとし、伏見の御香宮にも自慢の砲兵部隊を配置した。

 明治元年一月三日の夕方に鳥羽街道、竹田街道を北上してきた幕府軍と薩摩軍の前衛が接触し、薩摩側が先に発砲した。これによって戊辰戦争第一の役である鳥羽伏見の戦端が開かれた。伏見方面でもその砲声を合図に激しい戦闘が開始された。

 戦力は幕府側の1万五千に対し、薩長連合側は四千から五千にすぎなかった。




 幕府軍・伏見方面最前線伏見奉行所。

 ついに、薩長連合は開戦の狼煙を上げた。

 後に幕末三大兵器と呼ばれるアームストロング砲が火を吹いているのであった。

 かつてその一隻のみで江戸の町を震撼させた黒船に搭載されるアームストロング砲を地上にて使ってきたのである。

 その天を切り裂く地鳴りのような音に伏見奉行所に陣を張る前線部隊は動揺する。

 しかし、その総指揮を取る鬼瓦京史朗は動じない。

 無論、その隣にいる常に不機嫌そうな厚ぼったい二重瞼の底に眠る鬼の目を光らせる男もそうである。

 大広間ではすでに抜刀して外に出そうな者もいた。


「静まれっ! 薩長連合がどんな武器を持っていようが、数で勝り地の利もある俺達が負けるはずがねーんだ! あんな筒の大砲なんざ一休の話である屏風から出られん虎だ! まやかしみてぇなものに家康公がここまで繁栄させた徳川幕府が潰れるわけがねぇ!」


 その言葉に左肩に誠の合印がある新選組の一団の最前線いる、野生の獣のようなつり目の永倉新八(ながくらしんぱち)という組長が前に出る。土方は何も言わず、二人の話を聞き黙っていた。


「虎が火を吹いてここまで地鳴りがきてるのにそんな例え話をしている場合ではないだろう。ここは一気に斬り込んで敵の首を取るが上策」


「ここは池田屋とは戦闘の規模が違うんだぜ永倉。勢いだけなら向こうが上だ。俺達は確実に奴等を消耗させ、そこを叩く。待つのも戦だぜ新選組」


 新選組隊士は京史朗を睨みすえて罵詈雑言が飛ぶ。

 相変わらず土方は何も言わず、永倉が話し出す。


「近藤局長に療養中の沖田もいないから言うが、我々が池田屋に斬り込みをかける時に会津藩も幕府軍も定刻に現れず我々は独自の判断で斬り込みをかけた。ここまで薩長連合に自由にやられているのは幕府の緩慢さが招いた事であろう!」


 その永倉の言葉は新選組の総意のようで隊士達は一様に京史朗を非難し出す。

 その光景に夜談(よだん)は耐えきれず同じ観察方である山崎に肩を叩かれる。

 現在は一番隊の沖田がすでに肺の病が進み過ぎていて二番隊の永倉新八が沖田の一番隊も兼任している。伏見奉行所の役人はひたすらに隣の獣の叫びに耐えていた。

 そして、両者の溝は埋まらず総指揮を自分達の臨時局長にしようと新選組隊士が動き出すのを、鞘の柄尻を床に叩きつけた土方は制した。そして、土方は無言のまま京史朗を殴る。


「……!」


 熱い瞳と瞳がぶつかり合い、二人の鬼は口元を笑わせる。

 土方の拳を受けた京史朗はやりかえさない。

 新選組の怒りの一撃に耐えた伏見奉行所の面々はその光景に耐えていた。


『……』


 一触即発の大広間にアームストロング砲の残響が響く。

 伏見奉行所の屋根瓦にアームストロング砲の一発が直撃し、永倉の頭上に一枚の瓦が落ちて来る。

 それを抜き打ちで京史朗は切り裂き永倉は無傷で済んだ。

 そして、口元から流れる血を拭い前線部隊総指揮官は言う。


「まずは勝つ事だ。勝ってから俺達(ふしみぶぎょうしょ)と貴様等(しんせんぐみ)の喧嘩のけりをつける。いいな野郎共!」


『おう!』


 その京史朗の行動により幕府軍の最前線部隊は結束し、開戦を迎えた。



※



 幕府軍は兵力を集中させ、大通りの鳥羽街道と伏見街道のみ進軍している。

 幕府軍本体は鳥羽街道。

 伏見新選組は伏見街道。

 進軍を開始する伏見新選組にはゲーベルー銃が全員に渡っている。

 金之助が買っていたゲーベル銃は調練だけは済ましているが、実戦の型となるとまだ未知のものであり頼りにはならんと土方は見ていた。京史朗もほぼ同じ意見であるが、ここで士気を下げるわけにはいかないので口には出さない。

 動き出す薩長連合の大砲が火を吹く中、伏見奉行所に集まる伏見新選組の隊士達は次々に塀を超える。

 新選組の臨時局長の土方は伏見奉行所で殿を勤める。

 伏見奉行所・奉行の京史朗と新選組の二・一番隊を率いる永倉が先鋒部隊となっていた。

 アームストロング砲が近くに着弾した風圧を浴び、奉行所の塀を上がれない永倉を京史朗は押し上げた。土方は伏見奉行所の屋根瓦の上でこの戦の流れを将棋の板状のように考え、隊士の攻める進路を探る。

 そして、京史朗の決死部隊は伏見の森の前に布陣する薩長連合に対し、ゲーベル銃を浴びせながら進軍した。敵は黒い洋服を着ていて、それが薩長の制服というものらしい。どう見ても戦をする格好ではないなと笑う京史朗は叫ぶ。


「弾はいくらでもある! 撃って、撃って、撃ちまくれーーーーっ!」


 両軍の射撃は激しさを増し、数で勝る伏見新選組は森の前の部隊を蹴散らした。

 そして勢いのまま伏見の森に突入する。

 深い森の中では射撃攻撃では木々が邪魔して決め手にならない。


「全員抜刀しろ! 斬り込むぞ! あんな紙くず拾い見てーな衣装の奴等に負けんな!」


『おおーーーーーっ!』


 京史朗の掛け声のまま森の中を駆ける。

 すると、森の奥にいる薩長の兵は黒の制服に身を包み日が落ち出し薄闇の森の中に土嚢を積んで隠れていた。そこに永倉は一人斬りこんだ。


「伏見奉行、一番手はもらう」


「野郎、気組みが充実してやがる」


 森を駆け抜ける永倉等、新選組の後を京史朗も駆けた。

 すると、目の前のダンダラ羽織の男が倒れた。


「!?」


 突如、鉄砲の姿も無いのに周囲に鉄砲の音が鳴り続けた。


「どこだ? どっから撃って――!」


 周囲の仲間が積み上げられた土嚢の間から撃たれた鉄砲によりやられるのを見た。

 敵の作戦に気付く京史朗は永倉の頭を抑えつけながら言う。


「全員、その場の木を盾にしろ! 無駄に飛び出すと死体になるだけだ!」


 京史朗は叫び、敵の恐ろしい小規模な土嚢壁の城に誘い込まれた事を知る。

 森の前に布陣し、ここまで後退して来たのは罠だったのである。

 この森を突破すれば大きく開けた土地であるのと幕府軍の合流地点である故に、数の少ない薩長連合はここで幕府軍を食い止めなければならない。背水の陣で挑む薩長連合の覚悟は相当に硬く、この場所で戦いが長引けば幕府軍全体の士気に関わるだろう。

 そして、会津と桑名が後方より駆けつけて槍を突き出し槍ぶすまのように駆ける。

 鉄砲に臆しない会桑の連中を見て、京史朗は刀を振りかざす。


「会津と桑名の連中に負けるな! 射撃しつつ進め!」


 薩長の土嚢壁が崩れ出し、敵の前衛を崩す。

 しかし、それなりの損害があってやっと一つの土嚢壁しか崩れない為に、闇雲な特攻ではもう伏見の森は突破できないと感じていた。


「大砲をここまで寄越せ! 大砲を!」


 京史朗は大砲を使って無理矢理木々を破壊してでも進みたいが、相手の射撃がこの森の中を出る事を許さなかった。


「会津の旦那、首を捨てろ! そんな事をしてる戦じゃんーんだよこの戦は!」


「何? わしは松平容保公の忠誠の為――」


 話の途中でその老人は顔面に三発の弾丸を浴びて死んだ。

 会津も桑名も勇敢ではあるが、この戦において首を落とし主君に献上するなどという行為は無駄でしかなかった。それが為に、勢いを取り戻す前線も停滞し出していた。


「古い……会津も桑名も勇敢だが、戦い方が戦国時代と変わってねぇ……」


 会うたびに言うが、誰もが京史朗の言葉を理解できない。

 このままでは、鳥羽方面から進軍する本隊との挟み撃ちが出来なくなる。

 使い慣れないゲーベル銃を撃ちながら、何故戦なのに刀を使わない、使えないんだ――という歯軋りで京史朗は奥歯が欠けた。




 その頃、伏見奉行所の屋根では土方が思わしくない戦況を見て屋根から下りていた。

 監察方を方々に派遣して敵と味方の行動を伝えさせる役目に徹しさせていた。

 山崎が一発の銃弾を肩に浴びながらも帰還し、土方に西の幕府軍と薩長連合の動きを伝えまた戻って行く。入れ替わるように夜談が動きが遅い東の幕府軍部隊の行動を伝え、土方の下知を仰ぐ。


「こっちも幕府軍の大砲が森の中まで援護出来るわけじゃないからな。三発撃ったらその場から逃げて先鋒部隊と合流しろと伝えろ。三発も撃ちゃ相手も狙いを定めてくるからな。こちらは大砲に頼っても仕方ないさ。それに先鋒部隊の森はおそらく死の森になってやがるはずだ。援護が無ければ全員死ぬだろう」


「御意」


 夜談は頷き、命令を伝える為に駆ける。

 土嚢を積んだ小城胸壁作戦に出る薩長の築く伏見の森を突破せねば 鳥羽方面の幕軍と合流できない為に土方はここが戦の流れの分かれ道と考え、奉行所に数人残したまま援護に向かう。

 この戦に勝つには全員が一丸となり進撃して、森の中の敵を駆逐する以外に突破口は無い。



※



 そして、すでに十人の犠牲が銃弾により出ている先鋒部隊は土嚢の間から弾を撃ち出して来る薩長連合の兵にうんざりして距離を取りつつ反撃の機会を伺っていた。夕陽はすでに落ち、夜の闇がもうすぐ満ちる――。


「暗くなってきやがった。こっからが正念場だ」


 そう呟く京史朗は疲弊の色が強く見える隊士達を見た。

 全員は刀槍で生きて来た人間の為、鉄砲主体でしかないこの戦に戸惑いを強く感じていた。

 刀槍ならば距離など気にせず、自らの武勇を奮って戦うのみだがこの戦では相手との距離が一番大事な戦であった。

 それでも白兵ですでに五人を斬りゲーベル銃で三人の敵を仕留めた永倉は隊士達を叱咤する。

 そして京史朗は思った事が口に出た。


「おかしな戦だな。駆けて斬るが今や駆けて止まり、撃つ。こりゃ無駄の無い戦いって奴だな。一人の武勇じゃなく全員の意思を一人が統率し、勝つ。まるで源義経がやった戦だ」


 その通り、日本の古来よりの戦は武功を立て相手の首を上げる事により領地や自分の処遇が決まる。

 だいたいの戦が自分の頭に自分の勇を見せる戦いであり、個人を消した集団戦闘というものの例を上げれば織田信長の決死の覚悟で挑んだ桶狭間の戦いのように数は少ない。

 義経の戦いは誠に無駄の無い鮮やかな戦法が多かったが、その革新的な英雄も権威の塊である兄の頼朝に潰された。鎌倉時代から七百年あまりの期間がありながら、義経のような革新的な今までの模範を打ち破る、勝つための戦をする者は卑怯や愚劣などの武士道という大義に潰され現れなかった。

 日本人が生み出した武士というもの規律に囚われ、武士という美を追求し過ぎた結果がこの戦の縮図であった。

 顔を血に染め、すでに五人を殺害している青い鉢巻と鎧を返り血でひどいありさまの伊庭八郎は言う。


「奴等は異人のような服を着ている。あの洋服というものは走るのには最適な服装なのかもしれん」


 京史朗はほう? と頷きながら答える。

 そして、一匹の雀を肩に乗せた夜談が現れ攻撃を中止せよとの伝令が下る。


「何故だ夜談? 先鋒が攻撃しなきゃ話にならんだろ?」


「ここからは合同作戦ですぜ。もう一人の鬼がもうすぐ参ります」


「……土方か」


 しばらくすると土方隊が伏見奉行所から到着し、もう一押しの森の敵を突破し西を攻める幕府軍と薩長連合を挟み撃ちに出来る最後の難関を突破する算段を土方から聞く。土方はこの森を駆ける組みと突破組みの二つで突破しようという作戦を立てた。


「鬼瓦、俺の土方隊が敵の巣に駆け抜ける。その隙をつきその横っ面を叩け。そしたら奴等を西の幕府軍と挟み撃ちに出来る」


「そうだが……幕府軍の動きが遅いのが気になるが、やるしかねーか」


「幕府がどうだろうが俺達は戦うしかあるまい。幕府軍の先鋒部隊はこの伏見新選組なのだからな」


「違ぇねぇ。たまにはいい事言うじゃねーか土方」


「俺は貴様とは違うんでな」


 その土方は開戦前につけていた鎧を脱ぎ捨てていて軽装になっていた。

 白兵がほぼ無いこの鉄砲と鉄砲の戦いでは早さが鍵となる為に、攻撃を優先して相手を叩くこの男らしい作戦に出たのだろう。

 この今までの戦と違う戦の中でも冷静に状況を見て対応する土方に舌を巻いた。

 そして、土方隊は無言のまま夜の森の中へ獣の殺気を隠しつつ消えて行った。

 左翼の幕府軍の勢いが弱いと思いつつ、残る部隊の二十人に京史朗は下知した。


「各自、甲冑や鎧は捨てろ。あの弾にゃ早さで勝つしか無ぇぞ」


 言いながら京史朗は重い鎧を脱ぎ捨て羽織袴姿になる。

 今までの戦いでまともな白兵はほとんどなく死んでいった仲間を思い出し全員は鎧を脱ぎ捨てる。

 軽装になった一同は薩長連合に奇襲をしかけようとする京史朗の話を聞く。


「こっからは弾に当たって死ぬのが仕事になる。全員もう自分が死んだと思い突っ込め。ここでてめー等の命を使いきれ!」


『おう!』


「太平の世なんざつまんねぇだろ! 徳川の時代の終わりだ……戦って、戦って、戦い抜いて家康公を驚かしてやろーぜ!」


『おおー!』


 そう叫びつつ、自分がこんな事を言った事に驚いた。

 大政奉還がありながらもこの戦に勝てばまた元の徳川の時代が戻ると思っていた自分の心は、この戦いで確実な時流の流れを浴びてしまい徳川の時代は終わった事を悟ってしまっていた。


(俺は……時代に取り残された男なのか? これからは、刀槍の時代じゃなく、あんな人の魂のこもらねー鉄砲の時代だってーのか? それを俺は認めて――)


 冷たい風が、京史朗の弾丸のかすり傷がある頬を流れる。


「奉行! 伏見奉行所が燃えてるぜ!」


 意識が自分の内面に向く京史朗の耳に、金之助の声が響いた。

 その言葉の通り、後方の伏見奉行所は炎に包まれ燃え上がっていた――。




 その燃え上がる伏見奉行所には赤い瞳をした右目に眼帯をする白髪の魔物と、黒髪の西洋人のような髪型をする紫のかすみ草が描かれた着物を着ている女がいた。

 薩摩藩暗部の摩訶衛門(まかえもん)と桔梗院玲奈(ききょういんれな)である――。

 周囲には黒い薩長の制服を着た、赤い鉢巻の集団がいた。

 摩訶衛門が開発した筋肉増強・痛覚麻痺を持った死油(しゆ)の部隊だった。

 燃える伏見奉行所と周囲の死体を見渡した玲奈は言う。


「この男達はさっき一日だけしか持たないと言ってたけど、死油の効果が一日だけなの?」


「いや、命と効果の両方さ」


「ふーん。面白いわね」


 死油の効果は一度飲めば半刻しか持たず、連続使用には副作用が影響され精神が虫ばまれ廃人になる。 その事に摩訶衛門は苦慮し死油部隊の創設を諦めかけていたが、戦の為の部隊と考える事でその部隊は設立される事になった。


「……なまじ意識があると、副作用により暴走してね。濃密な死油を飲ませ、兵を使い捨てにするのが一番だと考えたんだよ」


 その通り、一日で兵を使い捨てにする事で無敵の死兵を作り上げた。

 人により効果に差はあるが、局地戦ならば最強とも言える部隊であろう。

 幕末の闇を統べる二人の男女は、闇夜を死兵と共に駆ける。


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