最悪の邪神が降臨する時
遂に最悪の邪神が地上に降臨する。その圧倒的な力の前にヤオはどうするのか?
ミードス大陸の悪業の街、メルボン
「生きてるか?」
狼打の言葉に、地面でへばっているヤオの返事は無かった。
『この馬鹿は、少ないお金で、時期限定、スペシャルオムレツセット食べ、三日分の食費無くして、飢えているだけだ』
相手もする気がなくなった白牙の答えに、大きく溜息を吐く狼打。
「飯奢ってやるから、復活しろ」
あっさり、立ち上がるヤオ。
「あっちに、卵料理が美味しい店があるんだよ」
スタスタと、歩き出すヤオをみて、狼打が言う。
「さっきまで、飢え死にしかけてなかったか?」
諦めた顔をした、白牙が答える。
『一応は、神名者だからな、多少は精神力だけで体を動かせるんだ。……多少は』
白牙が言い終わる前に、倒れたヤオを背負って食事屋に行く事になる、狼打であった。
「それでだ、邪神に大きな動きがあるらしいだが、話を聞いてるか?」
喋っている狼打の前には、一心不乱に卵料理を食べるヤオが居た。
「大丈夫。話は聞いてるから続けて。お姉さん、ゆで卵追加!」
狼打が頬を引きつらせながら続ける。
「新名が察知した感じだと、かなり強力な邪神が、こっちに受肉しようとしているらしい」
ヤオが一瞬だけ食べるのを止めた。
「それって、黒染筆じゃないよね?」
狼打は頷く。
「ああ、そっちも確認したが、比べ物にならない程、強い力らしい」
緊張の面持ちの狼打に、ヤオがあっさり言う。
「大丈夫だよ。どんな邪神が来ても、前回みたいに丁重に、お帰り頂くから」
答えながら、ゆで卵を丸ごと飲み込み、喉に詰まらせるヤオ。
『そんな態度を見せて、安心しろなんて、無茶を言うな』
白牙の言葉に、強く頷く狼打。
次の瞬間、空気が変った。
ヤオと白牙の表情が一変する。
「……冗談でしょ。なんで邪神の盟主が降臨するの?」
『しかし、この力は間違い無いぞ!』
狼打は唖然としていた。
さっきまで余裕たっぷりだったヤオと白牙が、いきなりこの世の終わりみたいに、緊張しているのだからだ。
「邪神の盟主とは強いのか?」
ヤオがなんとも言えない顔をする。
「純粋な力だったら、今一番強い神様になるね」
白牙も信じられないと言う顔で続ける。
『しかし、何で降臨する。到底考えられないぞ?』
強く頷くヤオ。
「紫縛鎖の奴が、お膳立てしたんだろうけど、何に興味が惹かれたのか」
狼打は唾を飲み込む。
「八百刃様でも、勝てない相手なのですか?」
狼打の言葉が敬語に変り、ヤオが真剣な顔で答える。
「今まで三度、相対した事があるけど、勝てなかったよ。惨敗って言っても、良いよ」
『勝負にならなかったな』
白牙も同意した事に、狼打は驚愕した。
前の主神すら打ち勝った八百刃が、ここまで言う相手は、どんな凄まじい相手なのかと。
「それでも早く神界に帰らせないと、最悪、大陸の生物が全滅するよ」
「……それ程の存在なのですか?」
狼打が愕然する中、ヤオが悲壮な表情で立ち上がる。
「行かないとね」
「お供します」
狼打も震える膝に力を込めて、立ち上がる。
絶望を迎え撃つ為に、ヤオ達は歩みだす。
そしてヤオ達がついたのは、高級娼館であった。
「ここらしいですけど、この様な所で何をしているのですか?」
『男でも漁っているんだろう』
白牙の言葉をヤオが補足する。
「邪神の盟主は女性で、エッチ好きなの」
それで納得する狼打。
ヤオは躊躇しながらも、踏み込んだ。
「ヤオちゃんおひさー」
第一声がそれだった。
狼打の目の前の大きなピンク色のベッドの上に、のほほんとした一人の女性が居た。
外見は、二十前後を思われ、間違いなく美人だか、綺麗というより、愛護心をそそられる顔立ち。
狼打は、何度も目を擦り、問題の女性を見る。
「肉体の造り間違いか?」
狼打の言葉にヤオが首を横に振る。
「あれで良いの。最悪な邪神、桃暖風だよ」
狼打が目をぱちぱちさせていると、ヤオが釘を刺す。
「油断して、精神防御外さないでね。桃暖風の精神制御を直接喰らったら、使徒なんか、あっという間に精神侵食されるよ」
狼打が慌てて精神防御を強めた時に気付いた、町全体を覆うほどの強力な精神制御の力が発動している事に。
「邪神でも、規格外の力だぞ」
汗を拭う狼打に、ヤオが頷く。
「桃暖風は、怠惰と自由を司っている邪神で、生き物の怠惰心を増幅する能力が強いの。ほっておけば、食事をする事すら面倒くさがり、飢え死にするって、恐ろしい能力だよ」
狼打が唾を飲み込む。
「そんな出鱈目な奴を、ほっておくんだ?」
ヤオが真剣な顔で答える。
「言ったでしょ、勝てないって。あちきは戦神候補、戦いを挑んでくる相手だったら幾らでも、対処のしようがあるけど、最初から、戦う気が無い相手には、有効なダメージを与える事は出来ない。二回目の時に切れて、白牙で切りかかったけど、ものの見事に弾かれた」
規格外過ぎる邪神の力に、狼打が言葉を無くしていると、桃暖風が言う。
「そっちのは、新名って、新しい主神の使徒?」
あくまで呑気な桃暖風に対して、狼打は緊張した面持ちで言う。
「そうですが。何か問題でも?」
桃暖風が興味津々な顔をする。
「新名とは、どんなプレイしてるの?」
言葉を無くす狼打。
「いつも一緒に居るんだから、それはマニアックなプレイをやってるんでしょ?」
いやらしい顔で聞く桃暖風の言葉の意味を理解し、狼打が怒鳴る。
「新名とは、まだそんな関係じゃない!」
すると、桃暖風は頬を膨らませる。
「黙ってるなんて、ずるい!」
ヤオが狼打を引っ張り、一旦部屋を出る。
「狼打、あちき達がここに何しに来たか解る?」
狼打が自信たっぷり答える。
「あの邪神を滅ぼす為ですよね!」
ヤオは首を横に振る。
「ご機嫌とって、とっとと、神界に戻ってもらう為に来たの」
「どういう意味です?」
眉を顰める狼打に、ヤオが大きく溜息を吐く。
「戦って勝てないというか、まともに戦う事が出来ない相手なのは、理解して」
狼打は渋々頷く。
「でも、このまま放置したら、この周囲の人や生き物に多大な被害が出るの。だから、あちき達は、桃暖風の遊び相手をし、飽きさせて、帰らせるの」
思いっきり嫌そうな顔をする狼打。
「理解して。いまこの町の住人を救えるのは、あちき達だけなんだよ」
ヤオの嫌そうな顔を見て、狼打が強烈な嫌悪感を我慢して頷く。
再び部屋に入るヤオ達に、桃暖風が言う。
「白牙ちゃんは?」
一緒に居た筈の白牙の姿が無い事に、ヤオが気付いた。
「逃げられると思わないでね」
ヤオは桃暖風の目の前に、両掌を向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、白牙』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、桃暖風の膝の上に白牙が召喚される。
「白牙ちゃんだ」
おもいっきり白牙を抱きしめる、桃暖風。
白牙が視線で裏切り者と言っているが、ヤオは無視する。
桃暖風は白牙を抱きかかえながら言う。
「あたし、バハラッタ茸のグラタン食べたい」
脈略のない言葉に、狼打が戸惑う中、ヤオは頭をフル回転させて、必要な材料を考えていう。
「バハラッタ茸でなく、ボラッタ茸じゃ、駄目ですか?」
桃暖風が駄々をこねる。
「バハラッタ茸のグラタンが良いの!」
ヤオは大きく溜息を吐き、狼打に言う。
「という事で、採りに行って」
狼打が反論する。
「バハラッタ茸って言ったら、遠く離れたローランス大陸の名産だぞ」
ヤオは理解している顔で言う。
「知ってるよ。他の材料じゃ駄目って言ってるんだから、採りに行くしかないでしょうが」
不満気な狼打に、ヤオが桃暖風を指さす。
「桃暖風の相手を狼打がしてくれるんだったら、あちきが自分で採りに行くよ」
狼打は、白牙を抱きかかえ、呑気そうに無茶を言う桃暖風を見てから言う。
「出来るだけ急いで、とってくる」
消える狼打。
ヤオは、本当に面倒そうな顔をする。
「こっからが大変なんだよね」
「うーん、飽きたから、あたし帰る」
三日後に、ようやくそう言う桃暖風の前には、極度の眠気と疲労に、再起不能寸前のヤオと狼打が居た。
白牙はもう、自分がぬいぐるみだと思い込み、ずっと動いていない。
そんな中、ヤオが最後の力を振り絞り言う。
「紫縛鎖は、まだ桃暖風の事諦めてないの?」
桃暖風が笑顔で答える。
「そーみたい。あたしが一人に縛られるの嫌だって、何度も言ってるのに。この前も告白してきたよ」
狼打が頭を上げて言う。
「なんと答えたんですか?」
桃暖風が平然と言う。
「どうせ恋人にするんだったら、堅苦しいあなたより、ヤオちゃんにするって言ったよ。そーいえばその後から紫縛鎖って、ヤオちゃんを滅ぼすって、意地になってるけど、どうしてだろう?」
首を傾げる桃暖風だったが、直ぐにどうでもよくなったのか、手を振って消えていく。
暫くの沈黙の後、狼打が言う。
「まさかと思うが、ここ暫くの邪神の活発な動きの原因は……」
ヤオは遠い目をして言う。
「邪神なんて、そんな連中よ」
一夜明けた翌日、町は未だに、桃暖風の力の影響が抜け切れていなかった。
「どうするんだ、ヤオ?」
狼打の言葉に、ヤオは怖い笑みを浮かべる。
「安心して、考えてあるから」
両手を大地に向けるヤオ。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、大地蛇』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、大地が鳴動し、大地蛇が召喚される。
『……八百刃様、もしかして、きれていませんか?』
大地蛇が戸惑いを含んだ質問に、ヤオが笑顔で答える。
「気のせいだよ。ここの住人の一番強い本能、生存本能を刺激する為、力いっぱい暴れなさい!」
大地蛇は白牙に視線を向けるが、白牙は疲れきった顔で、首を横に振る。
『頑張って、人死にが、出ないようにしよう』
大地蛇は、疲れた口調でそう言うと、メルボンの大地が鳴動し、怠惰しきって居た人々を驚かす。
止まる事無い地震は、人々に死の恐怖を植え付け、生きる渇望を発芽させて行く。
狼打は、隣で疲れ果てている白牙に言う。
「なぜこの世界には、新名以外に、まともな女性の神や神名者が居ないんだ?」
『新名も、いずれそうなるかも知れんぞ』
白牙の怖い予想に、震える狼打。
「怖い事言うなよ。とにかく俺は帰るぞ」
消えていく狼打であった。
「どうしたの、この街?」
地元の町で『戦神神話』を補充して、帰ってきたヤーリの前には、まるで大災害があった後の様なメルボンで、必死に働く人々が居た。
ヤオが笑顔で答える。
「邪神と八百刃との対決の影響だよ」
「それじゃあ、八百刃様が居たの?」
ヤオが頷く。
「でも、もうここには用が無いと思うよ」
ヤオは全て終わった後の様な風景を、視線で示す。
「そうみたいね。でも近くに居れば、会える可能性があるわ。急いで、次の町に行くよ!」
ヤーリの言葉に、素直に頷くヤオであった。
神界、桃暖風の部屋の前では、通算七七七回目のプロポーズでもふられた紫縛鎖が、拳を握り締めて言う。
「八百刃、お前だけは、絶対許さないぞ!」
根本的に主義の違いでふられているのに、八百刃に八つ当たりをしようとする、紫縛鎖であった。




