襲い来る邪神の手先
邪神のターゲットになったヤオ。邪神教が蔓延る町でどう戦うのか?
ミードス大陸の悪業の街、メルボン
「なんでメルボンに寄るの?」
馬車の御者をしていたヤオが聞くと、ヤーリが言う。
「八百刃様の教えを、広める為よ!」
熱血モードで言うヤーリに、ヤオが眉を顰める。
「あそこは悪業の二つ名を持ってるけど、一応商業の町だよ、正しい戦いの護り手、八百刃には、関係ないと思うよ」
ヤーリが胸を張っている。
「争いは何処にでもあるの! さー信望者を増やす為に『戦神神話』の配布やるわよ!」
「えー、面倒だよー」
ヤオが文句を言うが、当然の様に無視された。
「読んで!」
そう言って『戦神神話』を差し出すヤーリだが、当然の様に無視される。
「駄目ですよ。こーゆー配り物をする時は、腰を低くしないと」
そう言って、両手で『戦神神話』を差し出して、媚びる様にヤオが言う。
「お願いします。読んでください」
差し出された男は、捨てられた子犬を見るような目をしながら受け取り、目を通す。
振り返り、ヤオが言う。
「こうやれば良いんですよ」
「やるわね」
感心するヤーリ。
『何で、信望者より、肝心の神名者の方が、配り物を上手いのだ?』
白牙の突っ込みは当然、ヤーリの耳に届く事は無かった。
「結構、配れたわね」
食堂で食事をしながら、嬉しそうに言うヤーリ。
「でも良いんですか、ただで配っても?」
ヤーリが頷く。
「良いの良いの。八百刃様だってお金を多くとるおかたではないし。信望者の勧誘で、お金を稼ごうとは思わないわ」
『金は、あまり取らない所為で、何時も金が無くてピイピイ言ってるがな』
ヤオは取り敢えず、労働に対する報酬として注文した、カレーライス(トッピングに半熟卵)を食べながら言う。
「でもでも、そんな事してたら、お金が続かないと思うよ」
それに対してヤーリは、金貨が大量に入った袋を、机の上に置く。
「お金の心配はしなくても大丈夫。あたしは、これでも大商人ソードの娘で、お金に不自由してないから」
ヤオが納得する。
そんなヤーリを見る視線に、当然、ヤオは気付いていた。
「そこのお嬢さん」
食堂を出た所で、ヤーリに声が掛けられる。
ヤーリが声のした方向を向くと、そこには黒いローブを羽織った一人の男が居た。
「何の用? もしかして、八百刃様の信望者になりにきたの?」
全く根拠が無い希望をあげるヤーリ。
『本気で言っているのか?』
白牙の問いに、ヤオが頷く。
「ヤーリは本当に、本気みたいだよ」
ヤーリの予想は、当然外れて、黒いローブの男は首を横に振る。
「いえ、そんな神にも成れない未熟者ではなく、我等、黒染筆の信徒になりませんか?」
ヤーリが黒いローブの男を睨む。
「冗談! あたしは、自分の信念を持って、八百刃様の信望者になったのよ! そんなダサい黒いローブ羽織らせる、黒染筆の信徒になんて誰がなりますか!」
黒いローブの男は苦笑する。
「そうですか、ならば力で理解して貰うしか、ありませんね」
黒いローブの男は、黒筆を取り出し、空中に大きな虎の魔獣を描き出す。
『邪獣顕現』
顕現した邪獣は、ヤーリに迫る。
ヤーリは、『戦神神話』を構えて迎え撃とうとするが、ヤオがそんなヤーリを抱きかかえて、食堂の上まで飛び上がる。
「何するの!」
暴れるヤーリを気にせず、ヤオは平然と答える。
「こんな所で戦ったら、関係ない人まで被害が及ぶよ!」
ヤーリが黙る。
そんな二人を追う様に、虎の邪獣が、屋根にあがってくる。
屋根伝いに逃げるヤオだったが、広場に出た所で地面に降りる。
同じ様に飛び降りる虎の邪獣だったが、その背後には白牙が居た。
『残念だが、無駄に逃げていたわけでは無い』
虎の邪獣そのものが邪魔になり、白牙の手が脹らみ、虎の邪獣に劣らぬサイズになって、その心臓を貫く姿は、ヤーリの目には届かなかった。
その間も、ヤオは邪獣から逃げるふりをしていた。
「いつまで逃げるの? そろそろ良いでしょ!」
「はい。今、止まります!」
ヤーリの声に応えて、ヤオは急ブレーキすると。
ヤオの手からヤーリがすっぽ抜けて、近くの家の壁にぶつかり、気絶する。
「あちきの所為?」
『他の誰が、原因だと言うのだ?』
邪獣に止めを刺してきた白牙の言葉に、困った顔をするヤオ。
「でも、そろそろ良いでしょって言ったのは……」
言い訳の途中で、ヤオは大きく飛びのくと、黒い塊が地面を抉る。
『流石に、上手く避けますね』
声に反応して、ヤオが上を見ると、そこには真っ黒の巨大なカラスが居た。
『お初にお目にかかります。私の名前は、闇烏と言います。邪法を司る、黒染筆様の使徒でございます』
ヤオも頭を下げる。
「初めまして。それで、どうして黒染筆の使徒があちきに攻撃するの? さっきの邪獣を滅ぼした件だったら、明らかな正当防衛だよ」
闇烏は淡々と答える。
『残念ながら、邪神の総意で、八百刃様を滅ぼす事になりました』
溜息を吐くヤオ。
「総意ってどうせ、邪神の盟主の補佐、紫縛鎖の命令でしょ?」
闇烏は、調子を変えず続ける。
『総意ととっても構わないと、思いますが?』
呆れた感じで、ヤオが言う。
「紫縛鎖が暴走してるだけの気がするよ」
闇烏が激怒する。
『神でもない分際で、邪神様の考えに口を挟むとは、無礼であろう!』
次々と闇の塊を発射する。
ヤオは、大きく避けていく。
『その力の大半を新名様に渡し、信望者が周りにいないこの町では、我にすら勝てまい!』
ヤオが平然と言う。
「本気でそう思ってる?」
ヤオの自信たっぷりの様子に、闇烏が怯む。
『使える力をどう上手く利用したところで、大量の信徒を持つ、黒染筆様の力を授かっている私には、勝てません』
ヤオが両手を下に向ける。
「あちき達が昼間、何してたのか知らなかったんだね?」
闇烏が嫌な予感を覚えたが、絶対的な有利は変らないと攻撃を続ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、影走鬼』
ヤオの右掌に『八』左掌に『百』が浮かび上がり、影から一匹の鬼、影走鬼が現れる。
「それ程、余裕が無いから任せたよ」
影走鬼が頷くと、再び影に消える。
『まさか、八百刃獣を呼ぶことが可能な程の力が、この地で生み出せるわけがない?』
驚く闇烏に対して、ヤオが『戦神神話』を掲げて宣言する。
「この本読んで、大人はともかく、子供は素直にあちきの事を信望したんだよ」
言葉を無くす闇烏。
ヤオは、その中身を軽く目を通しながら言う。
「正直書いてあることは、奇麗事と強勢だらけ。あちきだって失敗するし、見っとも無い所もある」
『お前の場合は、多すぎる気がするぞ』
白牙の突っ込みは無視してヤオが続ける。
「それでも、これには、一生懸命戦った人の事が載っているよ。その想いと共鳴出来れば、それはあちきの力になる」
『それがどれ程の力になる! 我が主、黒染筆様の力の前では無力だ!』
闇烏がそう叫んだ時、自ら集めた闇から、影走鬼が現れ、その首を斬りおとされる。
地面に落ちた首に向かって、ヤオが言う。
「力が足りてるから、この位では死なないでしょ?」
闇烏が言う。
『これで終わったと思うな! 神名者の分際で、邪神様に抗う愚か者の運命は、確実な消滅だけだ!』
そんな闇烏の頭を、白牙が踏み潰す。
『完全に、邪神側に敵と、認識されてるぞ?』
ヤオが溜息を吐く。
「困ったもんだね」
ヤーリのお金でとった宿で、ヤオは床に座らされていた。
「大口を叩いたあげく、手を滑らせて、あたしを投げるなんて、護衛失格です。当然給料はあげません」
「えー」
文句の声を上げるヤオに、壁の痕が残った顔で睨み返すヤーリ。
「文句は受け付けません。食費等を出して欲しかったら、頑張って『戦神神話』を配って、信望者の勧誘に勤しみなさい」
大きな溜息を吐くヤオ。
『普段はやらないんだ、これも神への道と思って諦めろ』
容赦ない一言を言う白牙であった。




