第15話 実践と実戦
さっきまでロシエルを嘲笑していた古狸どもが、今や顔を真っ赤にして杖を構える。
さすがは帝国の最高峰。その魔力の練度は先ほどの兵士たちとは比べ物にならない。
「炎の槍よ、彼ものを穿ち給え! ――『ファイア・ランス』!」
「風の刃よ、彼のものを切り刻め! ――『ウィンド・カッター』!」
「雷の瞬きよ、彼のものを貫け! ――『ライトニング・ボルト』!」
講堂内に魔力が満ち溢れ、十数本もの高位属性魔法が凄まじい熱量と破壊の意志を持って俺に殺到した。
まさに弾幕。
常人ならばその流れ弾でも十分死に得る圧倒的な威力だ。
壇上のロシエルが「あぁ……!」とその圧倒的な魔力の奔流に顔が青ざめる。
だが俺はその弾幕を前にして、ただ嗤った。
「フハハハ……! ――フン。旧態依然とはまさにこのことだな」
俺は迫り来る炎の槍と雷の礫に向かい、学者が講義でもするかのようにゆっくりと左の手のひらをかざした。
「君たちが信奉する『属性』とやらがいかに無価値か。――ロシエル君の理論を借りて、実践してやろう」
「何を戯言を! 死ねぇ!」
俺は呟く。
「――『魔法消去マギカ・ディスペル』」
次の瞬間、目の前の空間がまるで無になったかのように静止した。
殺到した炎の槍も、風の刃も、雷の槍も。すべてが俺の手前数メートルでピタリとその『現象』を停止させた。
「「「なッ……!?」」」
教授陣が信じられないものを見る目で目を見開く。
「ま、魔法が……止まった……だと!?」
「『火』が燃えず、『風』が動かず、『雷』が進まない……!?」
「詠唱もなしに、これほどの数の魔法を……相殺したというのか!?」
「相殺? 違うな」
俺は凍結させた炎の槍の一つを、指でつまんでみせた。
熱も形も失い、ただの魔力の残骸となったそれを、俺は指先で弾いて霧散させる。
「俺はただ、この空間における『燃焼』『切断』『放電』という事象そのものを停止させただけだ。君たちの矮小な『属性』など、関係ない」
「――っ!」
それはまさしく、先ほど彼らが異端だと切り捨てたロシエルの理論そのものだった。
(まあ正体は、魔王が使える魔法に対する防御魔法なのだが……ゲーム内で説明されていないだけできっとそんな理論だろう)
壇上で震えていたロシエルの瞳が恐怖から一転、狂信的とすら言えるほどの崇拝の色を帯びて俺の背中を見つめている。
「……! (あ、あの人は……私の理論を……私がまだ机上でしか描けなかった夢物語を……! い、今、こんなにも完璧に実践している……!?)
教授陣は自分たちの積み上げたものがその根底から否定された事実に、もはや戦意を喪失していた。
「そ、そんな……。それが、あの小娘の理論だと……?」
「我々は……我々は、とんでもない真理を見捨てたというのか……?」
「理解が遅いな、古狸ども」
俺は無力化され棒立ちになっている教授陣に向かい、右手をゆっくりと掲げた。
「これが格の違いだ。そして――君たちが見捨てた未来の力だ」
俺は魔力を解放する。
魔王の底知れない威圧が講堂全体を支配した。
「――ひっ!」
教授陣は今度こそ抗う術もなくその場に膝から崩れ落ちた。
帝国の『智』の最高峰を自負していた彼らは、そのプライドも知性も魔力もすべてをへし折られ、ただ床に這いつくばって震えることしかできなかった。
帝国の権威の象徴であった大講堂は、今やたった一人の男の前に完全に沈黙した。
俺は返り血一つ浴びていないツイードジャケットの襟を軽く正すと、その地獄の中心でただ一人、壇上で恐怖と恍惚が入り混じった表情で俺を見つめているロシエルに向き直った。
俺は学者としての穏やかな笑みを浮かべ、彼女にそっと手を差し伸べる。
「『切断』という結果の再現、そして事象の書き換えを実演したのだが、どうだったかね?」
俺は彼女の白銀の髪と、その奥に輝く知性に満ちた瞳を真っ直ぐに見つめる。
「若き天才ロシエル君。その類稀なる『智』、この俺に預けてみないか? 君が望むすべてを提供しよう。無尽蔵の予算、最高の研究環境。……そして君の理論を正当に評価し共に高め合える、この俺という唯一の理解者を」
◇
【ロシエルside】
あの学者に差し出された手を取ったのかどうか、ロシエルは自分自身でもよく覚えていなかった。
気づいた時には視界が歪んでいた。
先ほどまでいたはずの、血と絶望に満ちた帝国魔導アカデミーの大講堂ではない。
目の前に広がるのは、磨き上げられた黒曜石で構成されたどこまでも広がる荘厳な空間だった。
(……転移……魔術? アカデミーの最上位魔術師でも、これほどの長距離・複数人転移は不可能……! 一体どれほどの魔力と術式を……!?)
彼女の思考は、恐怖よりも先に目の前の現象に対する知的好奇心と分析で満たされていた。
あの男は一体何者なのだろう。
自分の理論を自分以上に深く理解していた。
そして自分を嘲笑い、排除しようとした帝国兵たちを瞬き一つの間に惨殺してみせた。
恐ろしい。
常識的に考えれば今すぐにでも逃げ出すべきだ。
だというのに、ロシエルの胸を満たしているのは恐怖とは似て非なる高揚だった。
初めてだったのだ。
自分の『智』を認められたのは。
自分の理論を「素晴らしい」と断言してくれたのは。
自分を異端者としてではなく、天才として扱ってくれたのは。
あの男が差し伸べた手は地獄からの救いの手に見えた。
――たとえその手が、どれほど血に濡れていようとも。
「あ……」
ロシエルは自分の足元を見下ろした。
そこには、見たこともない複雑な魔術陣が床の黒曜石そのものに刻まれ、淡い光を放っていた。
「……すごい……。この術式……古代魔導語? いや、それよりも更に高位の……神代の言語……?」
彼女は導かれるようにその場にしゃがみ込み、夢中になってその術式を指でなぞり始めた。
その姿はまるで初めて玩具を与えられた子供のようだった。




