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3.「僕」が消える

 言霊機能を使って預言を改変したことで、すべては解決したように思えた。

 僕は蒼のことを『あお』と呼ぶようになったし、観測所の前の海について話すときも『大きな水たまり』と言わなければならなかったけれど。少々の不便を被ったのは、日本語でコミュニケーションを取る僕と蒼だけで、惑星トゥトの人々は救われた――はずだった。

 けれど、預言の改変をしてから二週間後、ふたたび〈約櫃〉が新たな預言を吐きだした。その預言とは――『かくて人類は永遠の眠りについた』。

 ふたたび災害担当大臣に預言の報告をすると、すぐに返事が返ってきた。もう一度、預言の改変を行えと言う。今度は『え』と『い』と『ん』を削除せよという指示だった。そうすれば、少なくとも死を意味する『永遠の眠り』という表現が使えなくなるからだろう。

 僕と蒼は指示に従った。惑星トゥトの人類を救うためなら、僕らが『あいしてる』や『ごめん』という言葉を言えなくなったとしても仕方のないことだからだ。そうして僕らは二度目の預言の改変を実行した。二度目は〈サピアの霧〉の情報伝達に少し時間が掛かったのか、霧の晴れない日が四日間続いた。

 その間、僕と蒼は観測所で暇を持て余した。『そ』、『う』、『え』、『い』それに『ん』がないと、会話はかなり不便になる。僕と蒼は上手く気持ちが伝えられないことが増えて、喧嘩しがちになった。しかし、喧嘩をしたところで十分に会話できないため、ストレスが溜まるばかり。

 五つの仮名が消えてから、五度目の喧嘩の後のこと。

《俺は、新たな言葉を作るよ》

 蒼は僕にそう宣言して、新たな言語作りに取りかかった。言語を作るなんて大変な仕事だと思うが、AIである彼には不可能ではなかったらしい。すぐに日本語に似た文法システムとまったく新たな語彙、それに文字も作り上げた。

 そうして、最初の預言改変から二ヶ月が経過した頃。ふたたび『かくて人々は[[rb:永久 > とわ]]の眠りについた』という新たな預言が下された。さすがにキリがないと政府は考えたのだろう。今度は〈約櫃〉で使われる残りの日本語の仮名をすべて消去するように言ってきた。

 それは事実上、預言システム〈約櫃〉を放棄するという決定だった。

 僕と蒼は粛々と政府の決定に従って、日本語を消去する作業を進めた。すでに僕と蒼の会話はすべて蒼の作った新言語に切り替わっている。日本語をシステムから消去したところで問題はない。

 気がかりなのは、前回の改変で霧の晴れない日が四日間、続いたことだ。もし残りの日本語をすべて消去するような改変を行ったら、霧が晴れるまでにいったい何日掛かるのだろう。

 とはいえ、惑星トゥトの人類が生き残るためには、預言の改変は必要だ。

 預言の改変で日本語をすべて消去し、空白の預言を霧の中に放った夜。蒼はそれまで自分や〈約櫃〉と一般のインターネット空間を隔てていたセキュリティを、すっかり取り払った。もはや悪意のある第三者が言語を失った〈約櫃〉を悪用することはできないからだ。

 どうせしばらくは霧の日が続くのだろうし、蒼とともにメタバース空間で他の人間と交流してもいいだろう。翌日から僕はVRゴーグルを着け、蒼を誘ってメタバース空間に繰り出した。

 ちょうど霧が続いているので、大半のトゥト人がメタバース空間に参加していた。蒼はトゥト語を使わず、僕が通訳をしたが誰も気にしなかった。蒼は惑星からの旅人と思われたようだ。友人になった人々を、僕らはかつて〈約櫃〉だったスペースに招いて遊びもした。蒼は言葉が通じないながらも人々との交流を欲しているようだったので、〈約櫃〉だったスペースはそのまま解放して人々が自由に出入りできるようにした。

 そんな日が、ひと月ほど続いただろうか。霧がいまだに晴れない中、蒼は二人だけの言語で僕に言った。

《流郷、二人で外へ行ってみないか?》

《外って?》

《〈約櫃〉の言霊機能を利用するんだ。二人でデータになって〈サピアの霧〉の中を渡っていくのはどう?》

 蒼の言葉にびっくりしたが、考えてみれば悪い話ではなかった。僕らは二人して、ともにこの惑星トゥトの自然を感じて、駆けまわることを望んでいたのだから。もしかすると、蒼の提案は人間である僕にとっては死に等しいのかもしれない。それでも、二人でデータになって霧を渡るなら、人間とAIという僕らの違いはなくなる。僕らは同じものになれる。

《行きたいよ、蒼》

《ああ、行こう》

 僕と蒼は早速、〈約櫃〉の言霊機能を使って、データとなって〈サピアの霧〉の中に飛びだした。僕はそれまでVRで端末につながっている状態だったけれど、もはや自分の身体がひどく遠く感じられることに気付く。間もなく、僕の肉体は覚醒できなくなるだろう。それでも、恐怖はなかった。データになって、蒼と混じり合いながら青い霧の中に拡散していく――手に入れた新たな自由に僕は陶然となる。

 振り返れば、僕と蒼がデータとなって飛びだしたことに気付いた幾人かが、同じように観測所のアンテナから拡散してきたのが感じられた。大気の中を拡散しながら楽しげな様子の彼らに、僕は密かに確信を抱く。〈サピアの霧〉の日が長く続くのなら、同じように肉体を放棄して自由を得たいと考える人々は今後もっと出てくるのだろう、と。

 僕は途切れそうな細い糸を辿って、自分の肉体を意識する。肉体を操ってVRゴーグルを外すと、〈約櫃〉のディスプレイに文字が見えた。蒼が作った僕らだけの新言語の、新たな文字によって、預言が綴られる。肉体とのリンクが切れる刹那、視界に飛び込んできたのは覚えのある一文――そうして人類は永遠の眠りについた。



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