表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2.言葉が消える

 翌日、〈サピアの霧〉が晴れて快晴になったその日、トゥト政府から指示が届いた。僕がトゥト語のその内容を日本語に翻訳して蒼に伝える。第三者が〈約櫃〉の悪用を避けるため、蒼と預言システムは日本語しか使えないよう制限されているのだ。

《政府は〈約櫃〉の言霊機能を使えと言ってきた。これは大変なことになるぞ》蒼は難しい顔で言った。

 言霊というのは、〈約櫃〉の預言を改変する機能だ。〈約櫃〉の預言はほぼ的中することが証明されている。その預言の内容を〈約櫃〉上で改変すると、書き換えられたことが事実になるといわれていた。けれど。

「本当に言霊機能で改変した預言が現実になるのかな? 言葉で現実を描写することはできる。でも、すべての言葉が現実ってわけじゃないだろう?」

《もちろん、言葉で紡がれたすべてが現実というわけじゃない。でも、〈約櫃〉の言霊は現実に影響を及ぼす力を持つ。その原理は君に教えたはずだよ、流郷》

 確かに〈約櫃〉の機能については一通り教わっていた。〈サピアの霧〉に含まれる鉱物粒子は、情報を伝達する性質を持つ。その粒子を測定することで未来を演算し、〈約櫃〉の預言として出力しているのだった。

 言霊機能は、鉱物粒子の性質を発信に利用したものだ。〈約櫃〉から〈サピアの霧〉に情報を発し、トゥトの自然環境の中に情報を伝達する。それによって、霧の中にある無数の原子を動かし、未来を変えるのだ。〈約櫃〉や蒼が地球の絶滅した言語である日本語のみを使用するよう限定されているのは、設計者がこの言霊機能の危険視していたからだという。

 仕組みこそ知っているが、正直、僕は言霊を信じていなかった。もし何か災害が起きるなら事前に預言があるし、その預言を改変することで回避できる――とトゥトの住人を安心させるための方便だろう、と。しかし、蒼が言うには過去に一度だけ火山の噴火を回避するために、言霊を使ったことがあるという。もっとも、預言を改変すると惑星内の環境が変わって、しばらく〈約櫃〉の預言ができなくなるそうだ。

 その日の午後、災害担当大臣から通信が入った。預言を改変するにあたって、どう改変すべきか内容を協議したいという。下手に言霊を使えば負の影響が計り知れないため、預言の改変については〈約櫃〉を知り尽くしている蒼に話を聞きたい、ということだった。

 ウェブ上の会議ルームで、災害担当大臣と蒼、それに僕の三人で話し合った。〈約櫃〉はこれまでにも大小の災害を預言している。現に人類が入植した惑星のいくつかでは、過酷な環境や災害のために入植者が全滅した惑星もあったという記録がある。これからも、惑星トゥトで人類が生き抜くために、〈約櫃〉の預言はある方がいい。何とか〈約櫃〉が今後も使えるように、できる限り預言の改変は小さくするという方針で一致した。

 問題は、預言をどのように改変するのか、だが――。

《『そうして人類は永遠の眠りについた』という預言。この日本語の文章の『そうして』という語句は、漢字に直すと『然うして』。『然』の意味は分かるかい、流郷?》

「えぇと、すでにある状態や物事を指示する語句だよね?」僕は戸惑いながらも答えた。

《そう。つまり、『そうして』というのは、前述の内容を受けて、その結果生じる事柄を導く接続詞だ》

「だけど、『そう』が指し示すものは何もない。奇妙な文章だ。原因の部分がないんだから、改善のしようがないよ」僕は改めて指摘する。

《原因が分からなくても、方法はある。前述を受ける『そう』を消せばいい。『人類は永遠の眠りについた』という文章は、前に存在する原因を受けられなくなる。その原因が何か分からなくても、ね。そうなると、『永遠の眠り』という結果は生じない》

 僕が蒼の言葉を通訳すると、災害担当大臣は早速、蒼の提言を政府に持ち帰って話し合うと言った。そうして翌日には、首相からの通達で預言の末尾の一部――『そう』を消すようにと指示が下された。

 早速、蒼と僕は言霊を発信する作業に取り掛かった。〈約櫃〉の言語システムから『そ』と『う』の文字を消去するようにプログラムを書き換えていく。作業をしながら、僕は不安を感じていた。惑星トゥトに生きる人類のためとはいえ、〈約櫃〉のシステムから『そ』と『う』が消えたら、いったい何が起きるのだろう。どうにも不安で手が止まりがちになる。

「蒼……。『そ』と『う』を消すなんて、本当に大丈夫なのかな? 君は〈約櫃〉の預言に関わるAIで、同じ日本語の言語システムを使っている。君の名前は『そう』だけど、まさか、『そ』と『う』を消したら君が消滅するなんてことはないよね?」

《ははは、いくら何でも俺が消えることはないよ。だって、俺は『そ』と『う』で出来ているわけじゃない。プロググラムや学習したさまざまな知識、人工ニューラルネットワークなんかが合わさって、俺という人格を構成しているんだから》

「よかった……」

《自分が消えてしまう提案なんかしないよ。『そう』という名前は使えなくなるけど……そうだな、今度は同じ漢字の訓読みで『あお』とでも呼んでくれればいい》

 呼び慣れた彼の名前を呼べなくなるのは寂しい気がする。とはいっても、僕の我がままで惑星トゥトの人類を破滅に追い込むわけにはいかなかった。

《大丈夫さ。『そ』と『う』が消えたところで、少し不便になるだけだ。その二文字がなくなって、言葉はいくらでも言い換えることができる。漢字には音読みと訓読みというシステムがあるんだから》ディスプレイの中で蒼はおどけた表情でウィンクをしてみせた。

 そうして、預言の改変に必要な作業は目標である夕方までに終わった。その日の夜はふたたび〈サピアの霧〉が出るという予報だ。改変した預言の情報は、〈サピアの霧〉に含まれるある成分を使って拡散することになる。夜になり、霧が出始めると僕は〈約櫃〉と接続してある巨大なアンテナのような装置を起動した。アンテナは屋上にあり、起動すると自動的にぐるりと回転して海側ではなく内陸部へと向く。

《さぁ、改変したデータを〈サピアの霧〉に伝達させよう》

 端末を通して蒼の声が聞こえる。〈約櫃〉のシステムを起動して、改変したデータの拡散を実行したのだろう。データの放出を見守るために、僕はアンテナのある屋上に上った。〈サピアの霧〉が内陸部に立ち込めはじめているので、アイガードと口元をぴったり覆う防毒マスクを着けている。内陸部は霧のせいで街の明かりも見えないほどに暗いが、観測所の上の夜空にはまだ夏の星座が見て取れる。

「そういえば、子どもの頃、学校の宿題で星座を見つけるために夜の畑に行ったよ」僕は蒼に話しかけた。「星座は見つけられなかった。まるで宝石箱をまき散らしたみたいに星が多くて、よく分らなかったんだ。でも、空を見上げながら立っていて、気づいたことがある。夏の夜の空気には、独特の匂いがあるんだ。今が盛りの草の匂い、それに土の匂い……」

《夜の匂いか。そいつは詩的だね。今もその匂いを感じる?》蒼が応じる。

「いいや。マスクをしているから、よく分らないや」

 預言の改変という重大な瞬間に立ち合っているにも関わらず、僕と蒼は他愛もないおしゃべりを続けた。そうするうちに、アンテナの内側で小さな火花が散りはじめる。いや、それは火花というより電流のスパークのようだった。その電流が、〈サピアの霧〉に向けて放出される。

 電流は稲妻そのもののように〈サピアの霧〉を切り裂いて進んでいった。そうしてすぐに見えなくなる。

「消えたのか……?」僕は目をこらして呟いた。

《心配ないよ。データが〈サピアの霧〉に含まれる鉱物粒子に伝達して、広く拡散が始まっただけだ。拡散された情報は、鉱物粒子に混じって大気や大地に浸透する。おそらく、三日後には結果が出るだろう》

 二日間、〈サピアの霧〉の晴れない日が続いた。蒼が言うには、改変した預言を伝達しようとする影響で霧の滞留時間が長くなってしまうらしい。そうして霧が晴れた日にふたたび〈約櫃〉を確認すると、一旦は最初と同じ預言がディスプレイに浮かび上がった。が、すぐに僕の目の前で預言の文章を構成する『そ』と『う』が消えていく。次いで、前述の原因を受けられなくなった『して』と『人類は永遠の眠りについた』の文章が解けて消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ