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番外編 ミステリーオタクは笑う

「ラフィをちょうだい」

 私は、執事長にそう命令する。


「かしこまりました、ご主人様」

 高級ワインが並々にグラスに注がれていく。ろうそくの火がゆらゆらと燃えている。ここは私の隠れ家。本宅はすでに処分した。私に身寄りもないから、誰もそれに気づかない。


 赤い血のように濁ったワインは、まろやかなタンニンの味わいを口いっぱいに広げていた。

 さすがに、あんな簡単な事件じゃあの名探偵には小手調べにもならなかったわね。また、負けちゃった。まぁ、いいわ。


「お代わりを」

 高級酒を水のように飲みほして、鋭い眼光を老人に向けた。

 悪くはないけど、軽すぎるわね、このワインは。


「よろしかったのですか?」


「本宅を処分したこと? 別に問題ないわ。この真実の日時計を使って、いろいろと儲けさせてもらったからね。人生を3回はやりなおしても、遊んですごせるわ」

 転生している女が言うと笑ってしまうセリフね。


「いえ、真実の日時計を使えば、時間を巻き戻して、あの探偵にも――」


「うるさいっ!!」

 思わずグラスのワインを叩きつけるにぶちまけた。


「失礼しました」

 前世からの側近は、慣れているのか笑った。


「たしかに、私が負けた事実は否定できるかもしれない。でも、そこまで落ちたわけじゃない。自分の敗北を認めることができないほど、器が小さい女じゃないわ。そもそも、あのゲス男が時計塔に潜り込むなんてことをしなかったら、負けはしなかった」

 これもひどい負け惜しみだ。自嘲してしまう。

 でも、あの死刑台に送り込まれた屈辱は、今でも心に残っている。思い出しただけでも、怒りに震える。


 私はこちらの世界から、もといた世界に干渉できる力を手に入れた。そして、あの名探偵が不慮の死を遂げるように誘導した。


 いや、誘導ではないわね。私は、サイコロを何度も振ったと言った方がいいわね。

 あの女が事件を解決して、犯人に襲われて流れ弾が当たるまで、何度も時間を巻き戻したんだ。この名探偵は運動神経も抜群だった。だから、普通の流れ弾が当たるはずがない。でも、当たるまで繰り返せばよかった。そして、死に際の魂をこちらに呼び寄せて転生させた。


 神様はサイコロを振らない。

 だって、振った事実をなかったことにすればいいから。そして、同じ世界で戦って今度は私が勝つ。いや、そうじゃない。今度という言葉を使ったら、負けたことを認めることになってしまうからね。


 だから、言い直す。


「最終的には、私が勝つ」

 矛盾した負けず嫌い。それが私の本性だ。


「しかし、ひとつだけ予想外の出来事がありましたな」


「そうね」

 あの女のことか。それだけは予想外だった。

 呼吸を整えて、私は側近に続ける。


「でも、結局ね。暇つぶしに、あの名探偵以外にも転生者を呼びだしたけど、このジャブもわからなかったバカばかり。あの王太子を篭絡した女は面白い行動をしてくれたけどね。結局殺されちゃったし。自称名探偵のおじさんも、私の犯罪を見分けることもできなかった。あまりに、おもしろくなかったから、殺しちゃったくらいだしね」


「ええ、あれはひどかった」


「勝利宣言した時の、あの男の絶望顔は滑稽でおもしろかったわ。それだけでも転生してよかったと思うくらいにはね」

 苦笑交じりに執事は、続ける。


「あのミステリー小説家もひどかった」


「結局、頭でっかちでね。勝手な考え方に固執して、ありもしない理想にすがりついてね。自分だけの世界に生きている人間ってやっぱり駄目ね」


「ええ、あなたの好敵手にはなり得ない」

 

「私のライバルはあの女だけよ。これまでも、これからも」

 

「それでは、次の計画の準備を行いますか」

 魔力がきれた。老執事長は、赤い髪の若い男の姿に戻った。


「でも、その前にもう少しだけ付き合いなさい」

 パートナーの頬に軽くキスをする。


「ええ、もちろん」


「あなたは何を飲む?」


「では、ブラッディ・メアリーを」

 ウォッカとトマトジュース、レモンジュースを使ったカクテル。名前の由来は、プロテスタントを虐殺したイギリスの女王に由来する。血塗られた女王の名前を冠するこの世には存在しない酒の名前。


 私たちの絆を象徴する真っ赤な酒。


「いいわね、私も同じものを」

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