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板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日

 山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。

 もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。

 みなさんこんばんは、板谷楓です。

 週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。

 この番組では、このはな村のさまざな情報を、落ち着いた音楽を混えてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。


 今さらなんですが、わたし、このはな村はどんなところかっていうのを、あんましお話してないんですよね、この番組で。

 いまって、コミュニティFMも全国で聴けたりするじゃないですか。それでこのこのはなFMも知名度がちょっとは上がってるみたいで、色んなところから質問をいただくんです。

「このはな村ってどこにありますか?」

って。

 あーそう言えば説明してなかったぁー、って今さら気づいたんですけどね、はい。そこで今日は改めて、このはな村の紹介をします。


 このはな村は、関東地方の北西の、ほぼ端っこにある村です。

 村は標高千メートルを超えるところにあって、まわりは二千メートル前後の高さの山々に囲まれています。火山も多くて、大昔、そこから流れ出した溶岩によって緩やかな地形の高原が広がっています。

 村のまわりには人気の観光地がいくつもありますが、このはな村はそれらの観光地の中には埋もれるように、ひっそりとした静かな村です。


 これ、村の今年の観光パンフレットの最初のページに書いてあるんですが、謙遜じゃなくて本当にそうなんですよね。観光のお客様も来ることは来ますけど、他のところに行ったついでとかの方が多いみたいですし。

 だから村の産業は農業がメインです。でもわたしはそれでいいのかなって思ってますけど。観光であまり人がたくさん来すぎると、住んでる方は落ち着かないですから。


 このはな村ってちょっと変わった村ですが、どうしてこうなったかは、村の歴史についてお話しすれば分かると思います。

 このはな村のまわりにある町や村では、縄文時代やもっと昔の遺跡が見つかっていて、大昔に人が住んでいたことが分かっています。

 ですが、このはな村ではその時代の遺跡が見つかっていないので、当時、人は住んでいなかったと考えられています。


 これはある程度仕方なかったみたいですね。とにかく寒いところだし、火山もしばしば噴火するから、植物も動物も育ちにくいですもん。それでは食料も得られないですし。

 だから時代が進むと、まわりの村や町に人が住んでいた跡や記録がいったん無くなってしまうんです。それはそうですよね、弥生時代に入って米の栽培が日本で始まっても、気温が低くて育ちませんから。

 このあたりに再び人が住み始めるのは、早くても鎌倉時代あたりではないかと言われています。その頃になると残っている史料が頼りなのであいまいな点や不明な点があります。ただその頃になっても、このはな村が相変わらず人の住まない土地だったのは間違いないようです。

 

 あ、歴史の話って堅くなりがちですから、こまめに音楽交えてお送りしてます。高校の歴史の授業がなかなか退屈で、いや、なんでもないです。

 えっと、では現在のこのはな村に当たるところには、いつ頃から人が住み始めたかと言いますと、まわりの地域に人が再び住み始めてからさらに遅れたようです。

 しかも人が住む前に、この村には神様をお祀りする(ほこら)が創られたようなんです。

 何しろ、このはな村の近くには火山がいくつもありますし、そして昔の人たちは神様の力を借りて山の怒りを鎮めようとしたみたいです。

 で、火山、つまり火を鎮める力を持つ神様の名はコノハナサクヤヒメ。コノハナサクヤヒメを祀る社からこのはな村の歴史は始まります。もちろん村の名前は、この神様からお借りしたものです。

 このはな村のまわりの地域に住み始めた人々にとって、火山があるというのは怖いことですね。そこで、できるだけ火山に近いところに神様をお祀りしたんですね。


 やがて、小さな歯は神社になり、お参りに訪れる人も増えていきます。すると今度は人里離れた奥地にあると不便になります。

 そこで、神社には神官が住むこととなり、門前には神社の管理を手伝ったり、参詣する人々の世話をしたりする人々が住むようになりました。

 この神社と、門前に集ったほんの十数戸の家々が、このはな村の始まりだそうです。ほんとうに、ちっぽけな集落から始まったんだというのがお分かりいただけるかと思います。


 このような形になったのは、確認される限りでは十六世紀の中ごろだそうです。戦国大名が上信越の山の中を駆け巡る世の中になると、山の中でも住む人が増えてきたようですね。

 江戸時代になると、神社の下にお寺も創られ、幕府や大名の保護を受けるようになります。街道も整備されていくので、そこを行き交う人々のなかには寄り道して寺社詣でに来る人もいたそうです。


 と、今週はここまでにしましょう。歴史の話はどうも苦手で、眠くなりません? え、わたしだけ?


 はい、気を取り直して食レポでーす! 今日は信州のお菓子、栗かの子でーす!

 長野県の小布施町は栗の栽培がさかんで、栗を使ったお菓子で有名なんです。このはな村は江戸時代から信仰をあつめる寺社があるおかげで、現在の関東甲信越一帯からやってくる人々とともに、それらの土地との交流もさかんだったし、土地土地の名物を寺社に納めることもよくあったみたいです。

 栗かの子はいま三つのお店が販売していますが、どこも基本的に栗と砂糖だけで作っています。色を整えたりしていないので黒っぽく見えることもありますが、それは自然の色ってことなんですね。


 缶に入った食べ切りサイズがあるので便利ですね。では缶を開けまして、いただきまーす!

 うん、おいしーい! たしかに容赦なく甘いんですけど、栗の甘さと砂糖の甘さが調和してて、すっとお口に入っていく感じというか、甘ったるいんじゃないんです。暑いときは和菓子を敬遠しちゃうことってありますけど、栗かの子は真夏でも美味しく食べられると思います。缶だから日持ちしますしね。冷蔵庫でちょこっと冷やすのも良いですよ。


 

 板谷楓のスイートメイプルタイム、そろそろお開きのお時間です。

 さっき栗かの子のちっちゃい缶を食べ切りサイズだって紹介したら、友達からSNSが来て、ひとこと、無理! って書いてあるんですよ。そりゃ甘いの苦手な人はそうかもだけど、わたしはこれくらいが丁度いいけどなあ。

 来週もこのはな村の歴史の続きをお話します、ふぅ、って、あっ、ため息とかじゃないですから! ちゃーんと、板谷楓が責任持って皆様にお伝えしますので、ど、どうぞご期待ください、ませ!


 それではまた次回、ごきげんよう。


 そう、よくよく考えたら、そもそも作者が「このはな村」の説明をちゃんとしていなかったことに気づいたんです。

 もともとは別の作品で使っていた設定をそのまま流用しているのですが、そのことをしっかり説明していないので、架空の村の架空のコミュニティFMのお話とだけいってもそりゃ訳分からんとなるわけで。

 不親切設計の小説でありました。反省しています。そりゃ固定の読者さんもつかないわけですわ。


 とにかくフィクションなのをいいことに、かなり無茶な設定なんです、このはな村って。まだその片鱗しか見せてないうちに今週分切っちゃいましたけど、この連載は一回一回を短めにしたいと思っていますので、続きはもうしばらくお待ち願います。

 作中に出てきた栗かの子は実在の和菓子で、信州に行くと必須のお土産だと思っています。小分けにできないので会社とかで配るなら、他にも栗菓子のバリエーションがあるのでそちらもオススメです。

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