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板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年9月1日

 山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。

 もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。

 このはな村の設定は、第十部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日」および第十一部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月16日」の本文にて紹介しています。

みなさんこんばんは、板谷楓です。

 週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。

 この番組では、このはな村のさまざまな情報と、落ち着いた音楽、そしてわたしのとりとめもない雑談を、ミックスさせてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。


 夏休みゲストスペシャル、のつもりは無かったんですが、先月くらいから結果的にそうなってますね。でもそれも今週まで、だって、いよいよこのはな村には秋がやってきたから!

 そして夏休みゲストスペシャルの最後を飾るゲストは、このはな村の守り神、天狼神社の、マヤさんです。

「こんばんは、マヤです」

マヤさんようこそー。歓迎しますー、と言ったところで早速質問なのですが、

「はい?」

……どうして、着ぐるみで来たのですか?


 「だって、恥ずかしいから……。顔、見られるの……」

いやいや、マヤさんは今更恥ずかしがること無いでしょ? 

 あの。マヤさんは、村の氏神様を祀る天狼神社の宮司さんの姪に当たる方です。現在は東京で大学院に通っているのですが、夏休み中は天狼神社で宮司である希和子さんのサポートを行うなど、神社の顔的存在です。ですので、今になって顔を隠してどうするのって思うんですが……。

「えーだって、神社はあたしのお家みたいなものだもん。そこで顔を見られるのと、ラジオのスタジオで顔を見られるのは違うよー。それにこのスタジオ、外から見えるでしょ? 外は広場だから見学のお客様たくさんいらしてるし……」

 んー、気持ちは分からないでも無いけど、着ぐるみの中にインカム入れて話してるから、声がこもっちゃってますよ?

「こもってる? 良かったぁ」

え? こもっちゃ良く無いですって、放送なんだから。

「だってぇ、声がこもってくれた方が、ホントの声がラジオに流れなかって済むから、恥ずかしさも少し減るなぁって思ったら嬉しいなーって」

あわー。本格的に恥ずかしがり発動してるがねー。


 でですね、せっかくマヤさんにお越しいただきましたからには、天狼神社について色々とお聞きしたいわけですが、ってマヤさん、さっきからスタジオの外に向かって愛嬌振りまいてますけど、聞いてますか? わたしの話。

「え、あ、き、聞いてますよぉ。だって子どもが手を振ってくれてるから、お返事してあげないとダメでしょ?」

 ええ、まあ、そうですよね。そうでしょうけど、対談スタイルでラジオやってるんですから、こっちも気にしてくれないとですよ?

「あ、ごめんなさい。で、でも、着ぐるみで視界が狭いから、スタジオの外と中に気を配るのが難しくて。あ、でも、あの、うちの神社って特に変わったことのない普通の平凡な神社ですよ? お参りの方もあんまりいないし、今更お話することってあるのかなあ」


 いやいや、平凡なんてことないでしょ? 人が少ないのは認めますけど。

「でしょ? ふふ。ちっちゃな村の一番奥にあるちっちゃな神社ですから」

わかりました? リスナーの皆様。こういうところが、先週までの優香さんと対照的なんですよ。優香さんは謙遜したらフォローしてくれるのを目をキラキラさせて待ってるタイプですけど、マヤさんは本気で自嘲するんです。

 だいいち、専用の着ぐるみがある神社ってだけで、わりとレアですから。


 というわけで、謙虚なマヤさんに変わって由緒ある天狼神社のあゆみをご説明いたします。

 天狼神社は非常に歴史のある神社で、創建は平安時代にさかのぼるとも言われている……。

「あ、無いです無いです、千年も続いてるとか盛りすぎです。ちゃんと史料が残ってるところだとせいぜい五百年あるかないかです」

いやそれ、わたしが説明しますから。なんか子どもがどんどん群がって来てるので、手を振ってあげてて下さいね。

「ありがとう、助かるー」

 助けますよー、そりゃあ。でないと番組進まないもの。んで、天狼神社の存在がはっきり史料文献で確認できるのは、安土桃山時代に行われた検地の頃からだと長く言われて来ています。古代から続くという神社の縁起については、歴史学的見地からみて不確実なものなので見直そうと、神社自らの意向で証拠無しとしています。

 しかし近年あらたな資料が発見され、遅くとも室町時代末期にはもう存在していたとみる説が有力になっているそうです。


 この地に神社が創建されたのは、日本でも有数の火山地帯であるこの地域に、火を鎮めるための神をお祀りする必要があったからです。したがって天狼神社のもともとの祭神は、火の神、コノハナサクヤヒメでした。

 しかし、日本で火山があるのはこのあたりだけではなく、また戦国時代にはいくさによって、また江戸時代には都市に人が集まることによって、大火事がしばしば、あちらこちらで起きるようになります。

 このため、火を鎮める神であるコノハナサクヤヒメは日本中で引く手あまたで全国を飛び回っていた、つまり天狼神社の神官があちこちに行って祈祷をする状態だったそうです。

 そのなかで、比較的平和な状態が続いていたこのはな村については、神様がつきっきりで見ていなくても大丈夫だろうということで、神様のお使い役を務めていた、このような職務を神使と呼びますが、天狼神社のオオカミに神社を譲ります。こうして、日本でも珍しいオオカミを神としてお祀りする神社が誕生しました。


 ええと、こんな感じで間違ってないですか? マヤさん。

「え? あ、はい。そうです、コノハナサクヤヒメ様がお忙しいので、うちの神社の神様は、オオカミさんになりました」

でも珍しいですよね? オオカミが神様だなんて。

「そうですね、神様になるのは珍しいかもですけど、真神といってオオカミさんの神様って日本ぢゅう探すと伝説とかで出てくることあるんですよ。あと神使のオオカミさんは、秩父とか多摩の神社にいらっしゃいます」

 どうして、オオカミが神様や、神様の使いになったんですか?

「多分ですけど、オオカミさんは山で農業をやる人々にとっては、ホントに神様みたいな存在だったと思うんですよ。山の中で作物を育てても、シカさんとかに食べられちゃうから。オオカミさんはシカさんの天敵だから、頼りになる存在だったんだと思います」

 なるほど。農業の村だったから、オオカミが神様になったというのもありそうですね。

「そうですよ。農作物を荒らす生き物も頑張って生きてるんですけど、人間にとっては、例えば害虫と呼ばれるような虫さんが作物を食べちゃうと困りますよね。だから、そういう虫さんを食べちゃう肉食の動物さんも、神様が遣わしてくれたんだって思ってたみたいです」

へー。例えば?

「諸説はあるんですけど、あたしはムカデさんなんかはそうだと思います。ほかにもネズミさん、カエルさん、クモさんなんかもそうだと思います」


 うわー、えー、とにかく天狼神社が、火山を鎮めたり農業を守ったリする神様のおはします神社だというのはお分かりいただけたと思います。

「はい。村人や、この地域の人々に寄り添って、人々とともに歩んできた神社だし、神様なんだって、自負してます」

マヤさん、そこブレないですよねー。だから、野菜を荒らす虫も含めて、動物にもさん付けするんですっけ?

「そう。あたしは立場上、動物さんたちと同じ位置にいるし、動物さんたちの中では食べる食べられるの関係はあっても、上下関係はないんです」

 うーん、ここまで来ると潔いですよね。えっと、ちなみにGは、どうですか?

「Gって、ゴキブリさんのこと? このはな村は寒いからいないじゃない? 東京ではたまに見ることあるけど、かんだり刺したりしないから別にいいかなーって思ってるよ」

えっ。そんなに冷静? 東京の家とかで出たりしません?

「家では会ったこと無いなぁ。母が言うには、掃除をしっかりすれば出なくなるっていうんだけど」

マヤさんのお母さん、家事とかやるとなったら徹底的にやりそーだもんねー。でも外で見つけたら?

「いなくなるまで見守るよ。お友達とかは大騒ぎするけど、こっちから何かしなければ静かにしててくれるよ、あの子たち」

マヤさん、肝が据わってるのか天然なのか、たまに分かんなくなる……。


 で、この犬、じゃなかった、このオオカミの着ぐるみが神社のマスコットなんですね?

「ぶー。わざと間違えたなー? オオカミさんだよって、ずっと言ってるのにー」

はーい、ごめんなさーい。こうやって、犬? と言ってイジるのが村でのお約束になってます。とはいえ言い改めないと話が進まないので、オオカミさんの着ぐるみについて、お聞きしていきますねー。

「お願いしまーす。ちなみに、着ぐるみじゃなくて、ぬいぐるみと呼んでくれたほうが、あたしはしっくり来るかなー」

あっそーか、そこもこだわりでしたねー。


 で、そのぬいぐるみについてなんですが。

「はい?」

とりあえず、暑くないですか? すっごく当たり前な疑問ですけど。

 「うーん、そんなでもないですよ。ここは東京よりずっと涼しいし」

いや、東京と比べるのは無茶かも……。だって何だかんだ言って、このはな村だって夏だし、昼間に太陽の下だと相当暑いだろうし、ぬいぐるみ着たら暑いのに変わりないと思う……。

 あ、これ言うの忘れてました。天狼神社は先日夏祭りを終えたばかりなんですが、お昼の一番暑いときにマヤさんがこのカッコで参拝者をお出迎えするんですよ。しかも日なたで。

 つらくないですか?

「なんで? 楽しいよ?」

でも、暑いでしょ?

「ちょっとは暑いけど、ちゃんと水分とか摂ってるから大丈夫だよ」

マヤさんって、ひ弱なのかタフなのか、分かんなくなることあるなー。

「タフじゃないよ? でも、ぬいぐるみの中にいると、なんか元気出るの。たぶん会いに来てくれたみんなと神様が力をくれてるからだと思う」

こういうことキラキラ目を光らせながら言うんだもんねー、計算無しの天使キャラなんですよねー。

 目は見えないけど。


 それでこのぬいぐるみ、何の素材で出来てるんですか?

「キホン、環境に優しいもので作ってますよ。昔は本物の毛皮を使ってたみたいな話も聞いた事あるけど、今はウレタンとかフリースとかで作ってて、ペットボトルとかの再生品の割合をどんどん高くしてますよ」

へぇー。ウレタンは着ぐるみでよく使うやつだよね?

「うん。ウレタンをいっぱい使うと、ふかふかで手ざわりも良くなるんだよ。ほら」

 お、あ、わぁー。いま、マヤさんの手に触らせてもらってるんですが、すっごい、もふもふです。わたしもお祭りには何度も行ってますけど、年々肌触りが良くなってる気がします。

 毛もすべすべで、みっちりで、滑らかですよね〜。ああ〜なんか気持ちいい。

「毛はフリースですよ。地肌のウレタンに一本一本植えてあって」

わー、手間かかってますねー。腕とかもウレタンなんですね。柔らかい。

「あたしの肌の手触りがしないように、厚手にしてるから。身体に触れたときに、ふわっとした方が気持ちいいでしょ?」

わかるー。特に手足は盛ってますよねー。

「うん、四本の足はおっきくてもふもふしたのが、一番かわいいと思うの」

あっそうか、これは手じゃなくて足なのか。でも胴体とかはウレタン少なめですよね。

「そうでもないよ? あたし痩せっぽちだから、これでもけっこう生地を厚くしてるもん」

えっ? ちょっと触っていい? あ、ホントだ。汎用の動物きぐるみとかだとトレーナーみたいな感じでダボってしてるのもあるけど、そうじゃないんですね。

「商店会のウサギさん的なぬいぐるみは、いろんな体型の人が着られるようにしないとだから。このオオカミさんは、あたし専用だからあたしの身体に合わせてるの」

 ねえー。すごい、ジャストフィットしてる。それにしても、いいなー。

「え? 何が?」

足、長くて。けっこう分厚くウレタン使ってるのに、この見た目の体型キープできるのすごいなって。

「えっと、褒められてる?」

当たり前ですよぉ。足は長いわボディはスリムだわ、女子の憧れをぬいぐるみ着てまで表現できてるの、まじすごいですよ?


 「やだぁ、もう、楓ちゃんってば、なんでそんなに人を褒めるの上手いの? あたしはぁ、言ったでしょ? 痩せっぽちなだけだってばぁ」

わたしが褒めるの上手いとかじゃないってば! 事実をそのまんま言うと、マヤさんを褒めたように聞こえるのっ!

「あわわ、それが褒めるの上手って事だよぉ。もう、身に余りすぎてうれしすぎて、おしっこ出ちゃいそう!」

……うれション? いくら犬、じゃなくて、オオカミだからってそれ言い過ぎだってば!

「いいもん! おしっこ出ちゃうのがオオカミっぽいんなら、出ちゃってもいいもん!」

いや、良くないってばーっ!


 まー、オオカミもイヌ科だから、うれションするかもだけど、この話はこれ以上掘り下げませんよ?

「はーい」

 で、さっきの話の続きしますと、やっぱりオオカミの顔がすんごく良くできてるんですよね。オオカミっぽくて、でも可愛くて。あと身体と顔のバランスが良くって、マスコットキャラクターにしては身体のスリムさに合わせて頭も小さめなんですよね。

「あ、うん。これは、あんまし大きくすると重くなっちゃうから。それでもかなり詰め物してるんですよ? こっちにはウレタンだけじゃなくてフリースとかの再生品も入れてるよ」

ほー。でもさりげなく言ってますけど、ようは小顔ってことですよね。色々詰め物してもそんなに頭が大きくならないっていうですね。

「そう、頭がちっちゃいからたくさん詰め物しなきゃだし、暑くて重くなっちゃうのが悩みでぇ」

はい、気づいてません。無意識のうちに小顔アピールしてます。

「ん? ごめん、聞こえなかった」

あ、特になーんも言ってないですよ。ぬいぐるみで小さな音は聞こえにくいの仕方ないですから。気にしなくていいですよ〜。


 ところで、わたし気になってたんですが、頭の中ってどうなってるんですか? 詰め物いっぱいってことは空洞じゃないんですよね?

「うん。頭が固定できるようになってるよ。楓ちゃんがかぶってるのと、ほぼおんなしモデル」

ん? あ、ヘッドギアのこと?

「そうそう。革製のしっかりしたヘッドギアだと、なんか安心してかぶっていられるから」

 説明しますね。わたしは障がいを持ってるので転倒のリスクが高いんです。だから足に装具をつけて、さらに頭にはヘッドギアをかぶってます。ヘッドギアは最近軽い素材のも増えてるんですが、わたしは昔からある革製のごっつめのを今も使ってて、その方が安心感もあるし、障害者ですっていうのをまわりの人がすぐわかって接してくれる方が良いと思ってるんです。

「というか、楓ちゃんの会社のヘッドギアだよ? これ」

あ、そうなの? じゃあわたしたち、って、わっ。

「お揃いー! わーい、お友達ー!」

わわわ、もふもふの手でわたしの両手を握ってふりふり握手は、気持ちいいけど、手が暑いー!


 はあはあ。曲を掛けて落ち着きました。まさか両手を確保されちゃったがためにひじで卓操作するとは思いませんでしたけど。で、マヤさんも何とか落ち着かせました。マヤさん、落ち着いたところで食レポ行ってもいいですか?

「わぁ、行きましょ、やりましょ? 今日は、あたしが作ってきましたー」

 待ってました! マヤさんはお料理やお菓子作りの達人でもありますので、先週の食レポで登場しました、このはな村産のイチゴ「さくやひめ」と「ちるひめ」を使ったショートケーキを作ってきてくれました。ありがとうございま〜す!

「はい、こちらもありがとうございます。あたしたちの神社の神様にちなんだ名前のイチゴさんをPRするお手伝いが出来て嬉しいです。あ、楓ちゃん早速説明してもらっていい?」

 はーい、では説明します。さくやひめとちるひめは、夏の終わりから秋にかけての、国産イチゴの出荷が最も少なくなる時期に収穫できるよう開発されました。イチゴの本来の旬は春ですが、このはな村は夏でも涼しいので八月から九月にかけて実がなるように調整できます。それに加えて、このはな村の自然の特徴に合わせた改良を重ねたこの二品種が、今年から市場に出荷されることになりました。

 ちるひめは、先週のゲスト霧積優香さんが持ってきてくれました。今週はちるひめとさくやひめ、両方を楽しもうと思います。


 それでですね、この二つの品種なんですが、性質が大きく異なるんですよね? その性質にちなんで二人の神様の名前を付けたということなんですが、詳しいところはマヤさん、説明してもらっていいですか?

「もちろん。でもこれがまた失礼な話なんですよー? このはな村にちなんだ二人の神様の名前を使わせてほしいって頼みに来たんです、このイチゴさんたちを村の新名物にってことで、議員の人とか農業関係の団体とかの代表の人とかが」

 うん、わたしもちょっとは噂聞いてますけど、神様に対して失礼だったとかですよね?

「そう! 失礼千万だったの! だってさあ?」

……ぐぅ、きゅるきゅる。

 あ、お腹が……。えっと、わたし切り分けますんでその間にお話いいですか? ちゃんと聞いてますから。


 「あ、はい。それがですね、サクヤヒメ様とチルヒメ様は姉妹なんですけど、神話によると、ある神様のところに姉妹揃ってお嫁さんとして行くことになったんです。昔の話だから、一夫多妻なのはしょうがないんだけど……」

うん、それは分かります。

「でも、相手の神様が、チルヒメ様は要らない! とか言ってサクヤヒメ様とだけ結婚しちゃって! ひどいと思いません?」

 思います思います。わたしもそこまではお話知ってるけど。

「それで、なんでだと思います?」

うーん、なんでだろ。

「それがね? 顔がブサイクだから、って! ひどいと思わない? 姉妹を顔でえり好みとか、ありえないし! 当然姉妹のお父さんが激怒して、その神様に呪いをかけたんですけど?」

うん、まあ、自分の娘をディスられたら、そりゃお父さんも怒って当然だと思います。


 「でしょ? それでこのイチゴさんの話になるんだけど、さくやひめとちるひめって、見た目が明らかに違うじゃない?」

ですよね。円すい形みたくなってるのが?

「さくやひめ」

そして、こっちの、ゴツゴツしてるのが?

「ちるひめ。どう思う?」

 うーん、その神話にちなんだという経緯を知ってると区別しやすいけど、でも、悪意は感じますよね。

「でしょ? 神様も人間も、見た目で判断とか区別とかしないで欲しいもん。それって絶対おかしいと思うから。そこで今日は、もっと両方の良さを活かすような使い分けをしてきたの。食べてみて?

 あ、ありがとうございます。いただきまーす。


 ん。おおー! ケーキの上に聳え立つさくやひめを一口食べると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がります〜。そこでケーキの上にたっぷりと盛られたクリームを口の中に入れます。

 んんー! 甘い〜! もちろんこれ、このはな牛乳から作ったんですよね? ですよね〜。贅沢濃厚なミルクの風味とあっさりとした口触りと口の中に残らないさっぱりした味わいを全部持ってるカンペキな生クリームなんです〜。

 マヤさん、マヤさん! とっても美味しいです、このケーキ! 一緒に食べましょ? ね?

「あ、うん。でもそっか、楓ちゃんはてっぺんのイチゴさんを真っ先に食べちゃうタイプなんだね」

ん? うん、そうかも。イチゴは好きだし、あと、クリームって甘いから、そのあとにイチゴ食べると甘さが負けちゃうみたいな感じがして。わたしだけかもしんないですけど。

「うん、わかるよ。甘いものって順番変わると甘いものが甘く無くなったりするもんね」

そう、それです。あと、わたしは特に酸っぱいものに敏感なのかなって思います。

「楓ちゃんだけじゃないと思うよ、同じこと思う人。そしたら楓ちゃんさ、こっちの、ちるひめを食べてみて?」


 あ、はい。なんかその、ホールのケーキを取り囲むようにちるひめが置かれてて、とっても贅沢な感じがします。じゃあこの、ちるひめを一つ……。

 あれっ? あっまい! 超甘い! えっ、ケーキのイチゴって、こんなに甘いものだっけ?

「でしょ? それがこのケーキの秘密。で、このあとまたさくやひめを食べると分かるけど、あ、食べなくてもいいよ。酸っぱく感じるはずだから」

 ええー? でもこんなに味に差が出るだなんて……。


 「実はさくやひめは、形や色を揃えることに力を入れたイチゴさんで、甘さではちるひめに負けるんです。ちるひめは形が揃わないけど、その代わりとっても甘いんですよ」

へぇー。でもそっか、先週優香さんが持ってきてくれたちるひめ、とっても甘かったです。

「そう、さらに両方食べ比べると、ちるひめがとても甘いって感じるでしょ? だからケーキ屋さんにおすすめの使い分けかたは、上に乗せるのはさくやひめ、スポンジケーキのあいだに挟むのはちるひめ、って感じなんだって」


 もぐもぐ。曲の間に二人でケーキを食べ進めたんですが、マヤさんの説明どおりで、味が違いますね。好みはあると思いますが、さくやひめは酸味が多めなのと全体的に味が薄いのかな? 使い分けする理由がわかりますね。

 でもマヤさんは、心底納得はしてないんでしょ? この使い分けに。

「してるわけないよぉ、人とか動物とか食べ物とかを見た目で良い悪いとかいうの絶対おかしいって思うもん。女性の顔に良いも悪いも無いってば」

うん分かる。分かるけど、でも食べ物なら形を、人なら顔を気にするのってある意味宿命みたいのもあるし、あ、もちろん見た目で判断するのを全肯定はしないけど、でもなんだろ、好きな顔の基準って、ひとつじゃなくても良いって思いません?

「そう、それ! あのね、ちるひめ様ってイワナガヒメとも呼ばれるんだけど、岩みたいにゴツゴツした顔って意味が込められてるかもって思うの。でもそれって、古代日本の価値観に合わなかっただけなんじゃないかなあ。もしかすると、目鼻立ちがハッキリした、彫りの深い顔ってことだったのかもしれないって思う」

うん、そうかもしんないですね。カッコいい神様なのかも。だからかな、ちるひめは甘さが力強い感じがするし、歯ごたえもありますよね。さくやひめも美味しいけど、はかなげなところもあるというか、お口の中でふわっととろける感覚がありますね。

「うん、だから見た目よりも味で使い分けてほしいかな、あたし的には。どっちのイチゴさんも、神様のお名前をもらったイチゴさんだから、きっと美味しいイチゴさんとして、色んなところで活躍してくれると思うよ」

うん、わたしもそれを期待してます。


 板谷楓のスイートメイプルタイム、お開きの時間が迫ってまいりました。

 今週は天狼神社のマヤさんをゲストにお招きしました。スタジオ前にお集まりの皆さんはお気づきかもしれませんが、マヤさんの着ている着ぐるみって、着たままケーキが食べられるんです。外からは顔は見えないけど、よーく見るとオオカミの口の奥が開いてて、その中にマヤさんがいるんです。マヤさん、久しぶりに中を見せてもらっていいですか?

「いいよ。はいどうぞ」

わーい。久しぶりだなーこれ。マヤさんが中にいることはちょっと成長した子どもはみんな知ってるから、こうやって中をのぞいて遊ぶんです。しつれいしまーす。

 って、わわっ、暑っ! 今ちょっと頭をつっこんだだけで、ものすごーい熱気が伝わってきて、マヤさん、わたし中学くらいのときも何度か入れてもらいましたけど、すっごく暑くなってないです? 今のこのぬいぐるみって。

「あー、なってるかも。三年前にウィルス対策で機密性を高めたから。今はそこまてしなくても大丈夫ってわかったけど、あの頃は厳重警戒しようって感じだったじゃない? それでゴムを内側にコーティングしたよ。あ、天然ゴムはフェアトレード的で持続的な経営をしてる農場から仕入れてます」

わー、またしれっとすごいこと言うよねー、相変わらず。ゴムのコーティングって、通気性ゼロってことですよ?

「あっ、そうだね」、言われてみれば」

うわー、やっぱり気づいてなかったー! そのへんが天然オブ天然とマヤさんが呼ばれるゆえんでもあるんですけど。

 ともかく! 板谷楓のスイートメイプルタイム、お相手は板谷楓と、

「マヤでした」

 それではまた次回、ごきげんよう。


 マヤさん、ぬいぐるみの中って暑いのもだけど、汗とかのにおいがすごいよ?

「そうかも。あたし慣れたから気にならないけど、この子、洗えないから仕方ないよ」

うっわー……。

 今回登場の「マヤ」とは、作者の別作品『宗教上の理由』に登場した嬬恋真耶のことです。彼女はこのはな村の天狼神社で「神使」という立場を務めています。

 神使というのは、例えば稲荷社のキツネのように、神様に仕える動物のことを言います。ですが、このはな村では動物であるオオカミが神様になってしまったので人間がその役目を代行する、という設定にしています。

 ただ、その事実は公然の秘密といいますか、ほとんど村の人しか知らない設定にしてあります。神道における神使の定義から大きく外れてますから……。


 マヤという登場人物は、他の人がやるとあざとく見えることを天然のなせる技として誰もが納得しちゃう性格です。読み手の皆様がどう思われるかは分かりかねますが、作中の人々は天然キャラだと捉えています。

 先週登場した霧積優香と嬬恋真耶は同学年の友達です。楓は二年下の後輩になります。三人ともお互いをよく知っているから、ツッコんだりできるんですね。


 連日の猛暑で野菜が高騰しています。夏でもイチゴが収穫できるくらいの涼しいところに行きたい気分です。もっとも、物語の中だけでも涼しいところに行った気分になれるのは物語の作りを趣味とする者の特権かもしれませんね。

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