期待
シリアス続き&少し短め。
俺は、魂の何割かを妖精とやらに奪われてしまっているらしい。それのせいで体調が良くない状態に陥っているとか。
「体調が良くない、で済んでいるのは、ご主人が微妙に人間とはズレた存在に変位していること、それから無自覚であっても魔力を制御する術を手に入れたからです。どちらかでも欠けていたら、昨日の時点で今より深刻になっていたでしょう」
マツリは俺の手を握りながらそう言ってくる。
「妖精があの場で悪さをしたのは、私にも一因があります。処罰なり追放なり、あとで対応して頂いて構いません。けど、ご主人の魂の一部を取り戻すまでは待っていて貰えますか」
もとより処罰なんてするつもりはない。こっちだって不用意によくわからない喧嘩を見に行こうと考えていたような気もするし、そもそも今生きているのだってマツリのおかげだ。
「ご主人、もしご主人が動けるようなら、少し出歩いて貰います。一部の妖精以外は建物の中に入ってこれないので。まあ、一部というには数が多いのですが。でも、今回の妖精は屋内に入ってこれない種類なので、ご主人の匂いを嗅ぎつけてもらう必要があります」
「昨日、俺が獣臭いと言われたのはそのせい、なのか?」
だとしたら、マツリには失礼なことを言ってしまったかもしれない。
「いえ、ご学友に言われたのならば恐らく私の匂いでしょう。妖精か、それに積極的にかかわるものにしか分からないような匂いですから。勿論、私達に関知することはできません」
妖精との遭遇自体も数える程度しかありませんからね、とマツリは付け加えて説明する。
「マツリ、さっき俺が俺が協力しない、と言っていたらどうしていた?」
「その時は、私の魂をご主人に託していましたね。他人の魂では、補うための量が本人のものよりも多く必要なので、私はそのまま消えてしまうかもしれません。獣帯から変位したばかりのバカシなので、もしかしたらケモノとしての死体は残るかもしれませんが」
確かめようがないですよね、とマツリは呟いた。
「それって、そのまま死んでしまうっていう事だよな? やっぱり、それは良くないな。いろいろ理解が追い付かないようなことを言われたりしたけれども、料理を作ってくれたりだとか、いろいろ準備してくれたのは助かったし、今の状況を改善しようといろいろ教えてくれたんだろう?」
こちらからそういったことのお礼がまだできていない。まだいてもらわないと困るのだ。
「じゃあ、決まりという事で?」
「ああ、マツリ。俺も動く……と言っても何をすればいいのかよくわからないが」
マツリは自信の両手を胸の前で合わせながら俺に告げる。
「簡単に言ってしまえば、囮ですよ、囮。屋外にいれば、自然と向こうから匂いを嗅ぎつけてくれますから。妖間になってるご主人からも、目視はできるかもしれませんね」
オブラートに包むこともなくストレートな表現をされた。さすがに躊躇が産まれてしまうが、そのくらいの事をやらないでどうするというのだ。マツリ達の方は妖精と戦闘することになるのかもしれない。
もし見つからなければ、マツリはこちらに魂の一部を渡してしまうだろう。そうすれば俺は助かるかもしれないが、マツリはいなくなってしまう。
「小さい方からの連絡です。近場に痕跡があるので、もしご主人が外に出れば、次は昼夜問わずに襲ってくるだろう、とのことです。ちょうどいいかもしれませんね」
たしかに、早いほうがいいのかもしれない。
「ご主人、外に出ましょう。さくっと終わらせてしまったほうがいいですしね」
マツリは俺と椅子を抱えるようにしながら、下宿先から出る。
夕方の日射しはほとんどなくなり、沈みかけの太陽が雲を赤く照らしている。
なんとなくそちらの方に目を向けた時、明らかに見られたという感覚に陥った。
太陽とは真逆の方向。玄関口でそれぞれ左右の方向になる、そちらにゆっくりと目を向ける。
何メートルか離れたそこにいたナニカは、妖精という呼び名から想像するようなモノとは全く違うような姿をしたもの。
赤い手品師のスーツを着たような、背の高いミイラがこちらを見ていた。
次回投稿は月曜日予定です。
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