七話 天然ジゴロ―
さて、修羅場です。フェイトはどうなってしまうのか……
《うわー、修羅場ですよねこれ。生修羅場キター!》
《おいこら! 他人事だと思って。お前の加護のせいだろこれ》
《えー、何のことだかわかんないっすねぇー》
《とぼけんな堕女神! どうしてくれんだよこれ》
いやだー。まだ死にたくないー。ちなみに今は【マインドアップ】をかけて思考加速中だ。
《はぁ……自覚がないってのも恐ろしいですよね。ずっと黙って見てましたがあれは完全に響介さんが殺しにかかってましたよ。王女にひどい仕打ちをされた後、あんな優しい言葉をかけられたら誰でもコロっといっちゃいますって》
《え? そうなの? 確かに可哀想だなとは思ったけど》
《ということなので、自分の行動の責任は自分で取りましょうね。天然ジゴローさん》
《え、ちょっと待って? 行かないで女神様! カムバーック!》
それっきり念話は途切れた。チッ、逃げやがったかあの堕女神。
って、堕女神に悪態ついてる場合じゃなかった。このピンチを如何にして切り抜けるか、それを考えなければ……
……うん。無理だ。言い訳不可能だ。だいたいシルヴィアが今俺の部屋にいるって事自体が説明不能なんだよ。しかも下着姿で俺に抱きついているんだぞ。この状況から挽回する術はもない。詰んだ。もう絶対詰んだ。
そして俺はとうとう考えるのをやめた。【マインドアップ】も解けた。もうどうにでもなーれ。
「これはどういうことなのか説明してって言ってるんだけど?」
こ、怖い。怖いですディアナさん。なんか右の拳に魔力が集まって赤く輝いてるんですけど……。いつの間にそんな技覚えたんですか、ディアナさんパねーっす。
「これを見て分からないのか? 私は夜這いに来ただけだ。これからだったというのに良くも邪魔をしてくれたな」
うわー、シルヴィアさんもストレートに来ましたね。オブラートに包む気全くないじゃないっすか。
俺は今、完全に放心状態。多分口からエクトプラズムが出ていると思う。できるならこのまま幽体離脱して何処かに逃げて行きたい。
「よ、夜這いですって! 私のフェイトに何をするのよ。とにかく離れて!」
ディアナはシルヴィアを引き剥がそうと掴みかかるが、シルヴィアは頑として俺から離れない。
「ふん。自分の男を寝取られるのが悔しいか。ならば普段から優しくしておく事だな」
「余計なお世話よ!」
シルヴィアを引き剥がそうとするディアナ。必死に離れまいとしがみつくシルヴィア。それに振り回される俺。夢なら覚めて欲しい。
「ちょ、ちょっと。二人ともとりあえず落ち着いて」
「フェイト(あなた)は黙ってて!」
うひー、二人とも聞く耳持ってくれません。この騒ぎを聞きつけ部屋の前に人が集まって来た。
「うわっ! なんだこれ。ディアナと……あの女の人は誰だ? フェイト何があったんだ?」
「あらあら、フェイトも火遊びは程々にって母さん言ってたでしょ?」
「何これ? 修羅場? 修羅場なの? ディアナかまわないからそんな女殺っちゃいなさい!」
うわ、なんかギャラリーが勢揃いしてしまいました。母さんも母さんだが、フェリシアさんも焚き付けないで欲しい。
「母さん火遊びじゃないって。これは不可抗力だ。トリスタン、ボーっと見てないで早く助けろ!」
「助けろったって、これは無理だぜ。こえーよ」
……結局両者が息切れし、動きが止まるまでこの死のダンスは続くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「というわけなんだけど。皆理解してくれた?」
ディアナとシルヴィアが落ち着いた後、一階のリビングに移動して皆に事情を説明した。それはすべて包み隠さず、シルヴィアの了解も得て王女の命令の事まで話した。そうじゃないと俺の誤解が解けないし。
「なるほどな。有名になるというのも考えものだな」
トリスタンは腕組みしながらうんうんと頷く。こいつ、他人事だと思って。
「それにしても王女様がそんな人だったとはね。噂で聞くのとは全然違うわね。って、あ、ごめんねシルヴィアさん」
「いえ、良いのです。本当のことですから……」
フェリシアさんの率直な感想に応えるシルヴィア。ちなみにシルヴィアは下着姿ではなく、バスローブの様なものを羽織っている。
「それから、フェイト君。今回の件はいくら不可抗力だったとはいえ、油断しすぎよ? あなたはレーニアの英雄であり、今後さらなる出世が約束されている有力貴族様なのよ。それちゃんと自覚してるの?」
フェリシアさんの言うことは最もだ。俺も油断しすぎていた。
「う……そうですね。皆には迷惑をかけて申し訳ない。次から気を付けるよ」
「うん。素直でよろしい。多分ね、これからも他の貴族があの手この手で自分の娘なんかを送り込んでくると思うわ。だからね、もうさっさと公表しちゃいなさいよ」
「え? 公表?」
一体何を公表するんだ?
「もう、フェイト君は本当にニブチンね。ディアナとの婚約に決まってるじゃない♡」
ああ、なるほどそういうことか。もう決まった人がいるという事を公にすれば、今回のような女を使った搦め手も減るかもしれないな。
「……分かりました。これ以上皆に心配と迷惑をかけるわけにもいかないですから、俺ももうそろそろ覚悟を決めなければなりませんね。明日さっそくディアナとの婚約について辺境伯と相談してみます」
「え? フェイト、本当に私でいいの?」
今更何を言ってるんですかディアナさん。いいも何もディアナしかいないっての。
「ディアナは俺が嫌?」
「ううん。嫌じゃない」
「なら、問題ないな。俺もディアナが奥さんになってくれると嬉しい」
ディアナは先程見せていた鬼の形相はすっかり影を潜め、モジモジ照れ照れモードに移行している。顔なんか耳まで真っ赤だ。
「はい! じゃあボクのことも公表して」
「え? エレーナもってまさか婚約のこと? それってありなのか?」
一度に二人も婚約者を発表するの?
「うーん。それはありね。正妻も居て、更に妾ポジションも埋まっているとなると、他の貴族はもう諦めて手を出してこないはずよ。うん、これはありだわ」
あ、いやフェリシアさん。そういうことじゃなくてですね。ディアナの親としてどうなのよって事なんですが? まあ、この人にはもう何を言ってもアカンかもしれん。
「一度に二人もって、ディアナはそれでいいのか?」
「うーん。正直フェイトを独り占めしたいって気持ちはあるんだけど……多分、フェイトはね。これから先もどんどん大きな存在になっていくと思うの。そんなフェイトを私一人だけで支えられる自信はないんだ……、だからエレーナも一緒に居てくれると安心かな」
二人で向かい合い固い握手を交わすディアナとエレーナ。
「ああ、良かったわ。一時はどうなるかと思ったけど、ディアナちゃんと、エレーナちゃんとの婚約が決まって母さん嬉しいわ。雨降って地固まるとはこの事ね」
ウインクしながら俺に微笑みかける母さん。本当にこれでよかったのだろうか……。まあ、俺としてはあの修羅場から無事生還できてよかったんだけど。
「エレーナも一緒にか……これハルベルトに相談したら絶対に『二人も三人も変わらないだろう、というわけでうちの娘もよろしく』ってなるよ」
「私はレティシアちゃんだったら別にいいかなぁ」
あ、そうでした。ディアナはレティシアとめちゃくちゃ仲が良かったんだった。
「お前すげーな。一度に三人も婚約なんて。俺には無理だぜ、気使いすぎて絶対ハゲるぞ」
トリスタン。そこまで言うなら俺にも考えがあるぞ。
「トリスタン安心しろ。お前にもいい人がいるかどうか辺境伯に相談してみるから」
「え? いや、フェイト余計なことはするなよ」
俺の思わぬ反撃に狼狽えるトリスタン。そんな俺達の和気あいあいとしたやり取りをじっと黙って眺めている人物がいる。……シルヴィアだ。
シルヴィアは幼い頃から王女の従者として厳しい訓練を受けてきたため、近い年の友人は居ない。唯一の話し相手はあのマイア王女のみ。そんなシルヴィアにとって、この光景は非常に眩しいものに見えた。
(私の存在意義、居場所はマイア王女の所にしか存在しない。でも、なんだろうこれは、あのディアナという娘がフェイトに寄り添った時に感じたこの胸を締め付けるような感覚は……。まさか私は本当に……)
このままハーレムルートまっしぐらになるのかどうか、まだはっきり決まってません(^_^;)
おかげさまでブクマ数100件突破しました。
ありがとうございます!




